"75万円を借りに来た私に、銀行が告げた65億円の秘密" 第1話
万円を借りに来ただけだった
「お客様、あなたには約億円の資産があります」
の応接で、支の島さんはそう言った。
冗談を言っているようには見えなかった。私は膝のに置いた事業計画を見ろし、が分からないまま、もう度だけ聞き返した。
「千百万円、ではなくて?」
「いいえ」
「では……億千万円?」
島さんは静かに首を横に振った。
「億円です」
個のに、空調のい音だけが響いた。
私は元の事業計画に線を落とした。そこには、私が何もかけて計算した現実な数字がびっしりと並んでいる。
駅から分のさな舗。古の業用ミシン台。保証、賃、気代、糸や布、ファスナーなどの材料費、それに半分の運転資。
私は、商の直しで働いてきた。
主のさんは歳で、膝を悪くしている。来のでを閉めると言われた、私は初めて、自分でを持ちたいとった。
きなはいらない。
古くてもいい。
ミシンが台置けて、作業台がつあれば分だった。
そのために必な額をつずつ計算し、自分の貯を差し引いた。
どうしてもりなかったのが万円だった。
だから私は今、万円を借りるために、このへ来たのである。
それなのに、億円。
広告
「何かの違いです」
ようやく声がた。
「私は会社員でも経営者でもありません。直しので働いているだけです。株も買ったことがありませんし、投資だってしたことがありません」
「承しています」
「だったら、億円持っているが万円を借りに来るといますか?」
自分でもし失礼な言い方になっているのが分かった。
だが島さんはらなかった。
「私も最初はそういました」
そう言って、机のの類に指を置いた。
「ですから、先ほど本部の担当部署へ確認しました。田牧様。、現所、ご提示いただいた本確認類。すべて致しています」
島さんはさらに続けた。
「そして、お母様の田奈様。かにくなられた島直子様のお名も、記録と致しています」
母と直子おばちゃん。
そのの名を聞いた瞬、背にたいものがった。
母はにくなった。
父は私が幼い頃にをたきりで、顔もほとんど覚えていない。母は昼は事務の仕事をし、活が苦しい期には夜の清掃の仕事まで増やして、私を学までかせてくれた。
値引きシールの付いた材を選び、のでもい自転に乗って駅までくだった。
気を消し忘れると、
「円を笑うは、円に泣くよ」
そう言って、笑いながら消しにった。
広告
直子おばちゃんも似たようなだった。
独で、会計事務の仕事をしていた。困ったには助けてくれたが、無条件でおを渡すようなではない。
「自分でできるところまでやって、それでもりないところを言いなさい」
それが癖だった。
そんなと、億円という数字がどうしても結びつかなかった。
「母にも、直子おばちゃんにも、そんなおはありませんでした」
「その認識は違っていません」
私は顔をげた。
「じゃあ、何なんですか」
島さんは度、息をえた。
「億円が普通預として入っているわけではありません」
「え?」
「田様を最終受益者とする信託財産がしているのです」
聞き慣れない言葉だった。
「信託?」
「現、債券、投資商品、それから非会社の株式です」
私はわずを乗りした。
「会社の株って……何の会社ですか?」
「それについては、から詳しくご説することができません。信託を管理している法律事務所から正式な連絡があります」
島さんは枚のを差しした。
そこには法律事務所の名と、担当者の連絡先だけが印刷されていた。
枚なのに、指に乗せた瞬、妙にくじた。
「受け取らなかったら、どうなりますか」
「権利が消えるわけではありません」
島さんは静かに答えた。
「田様がごじなかっただけで、その財産は以からしていたものです」
私はしばらく何も言えなかった。
やがて、自分の事業計画に線を戻した。
「では……万円の融資は?」
島さんは初めてし困った顔をした。
「現の状況では、通常の事業融資としてそのまま審査をめるのは難しいです。先に信託財産の確認と理が必になります」
億円あるせいで、万円が借りられない。
そんな馬鹿みたいな話があるだろうか。
をると、昼のい差しが目に刺さった。
駅まで分のを歩きながら、私は何度も鞄のを確かめた。
事業計画には、賃、気代、材料費が並んでいる。
私が理解できる数字だった。
その隣には、億円につながっているらしい、たった枚の。
に帰り、狭い台所の子に座った。
を杯んだ。
たいが喉を通っていく覚だけが、朝までの私と変わらなかった。
「億……」
でにした。
わず笑いそうになった。
でも、すぐに笑えなくなった。
もし本当にそんな財産があったのなら、なぜ母はあんなに働いたのか。
なぜ直子おばちゃんは何も言わなかったのか。
そして何より、私のらないところで、誰が何のために億円もの財産を私の名につなげたのか。
翌、その答えを聞きにった私は、自分の母親について最初のきな秘密をらされることになる。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
朝霧湯、最後の暖簾
昭和48年の暮れ。信州の小さな銭湯「朝霧湯」は、石油危機による灯油不足で休業の危機に追い込まれていた。主人の島田正一は、わずかに残った燃料と娘の進学費用を前に、店を閉める決断を迫られる。だが、風呂のない長屋に暮らす老人たちにとって、朝霧湯は欠かせない場所だった。妻の澄子や娘の千絵、商売敵だった銭湯の主人までが動き出すなか、正一は最後の一度だけ湯を沸かすことを考え始める。家族の暮らしを守るか、長年通い続けた客を迎えるか。昭和の町に生きた人々の葛藤と温もりを描く物語。時代|歴史|昭和|第二の人生|介護2.5万字5 9 -
完結第10話
手取り23万円の俺、旅館で妻が「お嬢様」と呼ばれた
手取り月23万円のトラック運転手・中村和也は、妻の彩佳と娘の結衣を何よりも大切にしていた。幼い頃、亡き父と交わした温泉旅行の約束を果たすため、毎月五千円を五年間積み立て、ようやく三十万円を貯める。結婚記念日に彩佳が選んだのは、山奥に佇む名門旅館「月影楼」。質素な暮らしの自分たちには場違いに思えたが、玄関に到着した途端、従業員が彩佳に深々と頭を下げた。「お嬢様、お帰りなさいませ」。妻が長年隠してきた過去とは何なのか。家族への愛と、思いがけない運命の再会を描く物語。人生逆転|夫婦|第二の人生|親子関係2.4万字5 239 -
完結第12話
昭和46年、三日で逃げ帰った兄と消された就職記録
昭和46年、十五歳の正男は集団就職で東京へ向かった。しかし三日後、傷だらけで村に戻り、母に「家族を捨てるのか」と責められて家を追われる。それから26年。妹の美枝は、駅の記念展示を準備する中で、兄と一緒に旅立った少年三人の就職先が書き換えられた写真を発見する。約束された工場に入っていなかった少年たち、燃やされた契約書、口を閉ざす大人たち。なぜ兄は、次の就職列車を止めようとしたのか。長く「逃げ帰り」と呼ばれた帰郷の理由を、妹が追い始める。時代|歴史|昭和|絶縁|親子関係2.7万字5 103 -
完結第13話
昭和32年、町中が機を止めた日に織り続けた73歳の女
昭和32年、越前の織物町。工賃の値下げに抗議して女たちが一斉に機を止めるなか、73歳の坂井ヨシだけが織り続けていた。ぜんそくを患う孫の薬代を稼ぐためだった。しかし、納めた布の工賃は一方的に減らされ、仲間からは「裏切り者」と見なされてしまう。さらに急ぎの注文を引き受けたヨシは、傷ついた指と返せない手付金に追い詰められていく。家族を守るために働くことが、なぜ仲間を苦しめるのか。時代|歴史|昭和|第二の人生|絶縁2.8万字5 41 -
完結第14話
50人ドタキャンで廃業寸前、そこへ現れた意外な客
父から受け継いだ居酒屋「二鉄」を守るため、会社を辞めた32歳のテツ。廃業寸前の店に舞い込んだのは、元同僚・真治からの50人貸切予約だった。ところが宴会開始30分前、真治は突然の全員キャンセルを告げ、支払いまで拒否する。大量の料理を前に途方に暮れるテツ。そのとき、「今から50人入れますか?」と一人の青年が駆け込んできた。職場逆転|裡切られた|怒り|金銭問題|修羅場1.7万字5 852 -
完結第20話
一年後の請求書
脱サラして念願の自家焙煎カフェを開いた橘鉄。しかし、店にはコーヒー一杯だけで毎日11時間も居座り、ゲームに没頭する大学生・日向明がいた。注意しても屁理屈を並べ、SNSでの炎上までちらつかせる始末。困り果てた鉄は、ある日「コーヒー一杯で終日ゲームし放題」という新サービスを始める。大喜びで年間契約にサインした明だったが、その契約には思いもよらない条件が隠されていた。一年間、何も言わずに見守り続けた店主が、ついに動き出す。怒り|真実|修羅場2.0万字5 442 -
完結第18話
時給1111円で高齢者5人を雇った結果
父から受け継いだラーメン店が、大手チェーンに客を奪われ閉店寸前。店主の赤坂明のもとへ、職を失った高齢者五人が「働かせてくれないか」と訪ねてきた。明は時給1111円で全員を採用する。すると、元工場勤務、教師、タクシー運転手など、五人が長年培ってきた経験が思いがけない力を発揮し、店は少しずつ活気を取り戻していく。しかし、その変化を面白く思わない競合店の店長が、次々と妨害を仕掛け始める。感動|職場逆転|人生逆転|金銭問題2.1万字5 662 -
完結第15話
110億円を相続した妻を捨てた夫――30億円の誤算
亡き叔父から110億円もの遺産を相続した美桜は、経営難に苦しむ夫・達也を救おうと、書類を抱えて帰宅する。ところが家の中から聞こえてきたのは、姑と夫が自分を追い出し、裕福な社長令嬢との再婚を企む会話だった。持参金5000万円に目がくらんだ夫は、慰謝料も財産分与も払わず離婚を迫る。美桜は静かに離婚届へ署名し、家を後にする。しかし、夫の会社を長年支えてきた30億円の信用枠には、本人さえ知らない重大な秘密があった嫁姑|夫婦|相続|金銭問題2.4万字5 751 -
完結第20話
5000万円の新居に義両親が無断で引っ越し――夫の嘘
実家の両親から五千万円の援助を受け、念願の新居を購入した。夫の健太とは親との同居をしないと約束し、二人だけの新生活を始めるはずだった。ところが引っ越し当日、義両親のベッドやタンスを積んだトラックが突然到着する。「今日から俺の親も住む。親孝行は当然だろ」と言い放つ夫。彩佳の同意もなく進められていた同居計画には、夫が隠してきた嘘があった。人生逆転|裡切られた|嫁姑|夫婦|相続|金銭問題|修羅場2.3万字5 809