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"手取り23万円の俺、旅館で妻が「お嬢様」と呼ばれた" 第5話

古い旅館ので

は、穏やかに、しかし確実に積みなっていった。

結が学へがり、也を「お父さん」と初めて呼んでくれたの夜、也は台所で、声を殺して泣いた。彩佳はその背を抱きしめ、は暗い部でを取りって笑いった。

検の費用がなり、也の当てが減額された苦しい期もあった。それでも、毎千円の旅積だけは度としてをつけなかった。也は吸い続けていた煙を断ち、彩佳はパートのシフトを増やした。結は空き缶に「りょこうに」とマジックでき、伝いをして貰った円玉をコツコツと貯め始めた。

そして、結婚から丸を迎えた、の終わりの曜のことだった。

夕の肉じゃがを囲んでいた、学の「族の歴史」という宿題を抱えた結が、ふと箸を止めて彩佳に尋ねた。

『お母さんって、子供の頃どこにんでたの?』

彩佳は瞬だけ驚いたように目を見張り、それから湯気の向こうで懐かしそうに微笑んだ。

『のくにある、きな旅館よ』

也は箸を止めた。彩佳が実のことを「きな旅館」と表現したのは、会ってから初めてのことだった。

その夜、結が眠りについた、彩佳は座卓のに正座し、也に向きった。

「也さん。今の結婚記、で旅にかない?」

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「えっ……本当にいいのか? ちょうど先の料で、座が万になったところなんだ」

「ってる。也さん、通帳を記帳した夜、ずっと嬉しそうに眺めてたもの。……それでね、き先は私に決めさせてほしいの。私が予約するから」

「彩佳がきたいところなら、どこだっていいよ。任せる」

彩佳は堵したように息をついたが、その瞳の奥には、な決を秘めた者の微かな緊張が宿っていた。

翌、也は机の引きしから冊の通帳と、結の円玉の缶、そして父の形見であるパンフレットを取りした。にわたって並んだ「入 5,000」の記録。結の缶には、千百円分の円玉が入っていた。

『じゃあ、この写真も持っていこうよ。お父さんのお父さんも、緒に温泉にけるように』

結が、父のトラックので撮られた古い族写真を指差して言った。に途切れてしまった父との約束が、娘の無邪気な言によって、今まさに果たされようとしていた。

彩佳が予約したのは、泊付きで、子供、締めて万千円のプランだった。取り万円の也にとって、目眩のするような額だったが、必に守り抜いてきた万円の通帳からろした万円の札束を胸ポケットに収めた、誇らしさこそあれ、惜しいという気持ちは微も湧かなかった。

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の終わりの、抜けるようにれ渡った曜。

也の運転するい軽ワゴンは、速をへとひたり、あいの細い本へと分け入っていった。助席の彩佳は、カーナビを見ることなく、次に現れるカーブや分かれを正確に指示していく。

午し、川沿いにち並ぶ温泉の最奥に、その所は現れた。

鬱蒼とした杉を背負い、黒りするな本瓦葺きの。太い欅の柱には、の文字で『楼』とく刻まれた板が掲げられていた。

「……っ!」

也はわずブレーキを踏み込んだ。

テレビの旅番組で見たことがある。創業百を超え、歴代の文豪や政財界のがお忍びで訪れるという、本屈指の老舗最級旅館だった。

「彩佳……ここ、テレビでやってた旅館じゃないか? 俺たちなんかが泊まっていい所なのか?」

「丈夫よ。ちゃんと正規の料で予約してあるから」

彩佳は微笑んだが、その指先は膝ののハンドバッグをくなるほどく握りしめていた。

寄せに軽ワゴンを滑り込ませると、格子戸が静かにき、から濃紺の着物を着た髪混じりの男性が歩みてきた。背筋が定規のようにまっすぐ伸びた、気品漂う佇まいの物だった。

その男性は、助席からりった彩佳の顔を見るなり、を止めた。

目を見き、息を呑み、次の瞬、面に膝をつかんばかりの々とした礼を取った。

「お嬢様……! お帰りなさいませ!」

く、い沈黙が玄関先に落ちた。

男の肩が、刻みに震えている。

也はがを疑い、固まったままろを振り返った。しかし、背には自分たちのオンボロのい軽ワゴンがまっているだけで、には誰の姿もない。

「え……? お嬢様……?」

横につ結が、也のジャンパーの裾をぎゅっと掴み、丸い目をパチパチさせていた。

彩佳はハンドバッグを抱きしめたまま、そのから歩もけずにいた。そのきな瞳から、粒の涙がポロポロと零れ落ち、舗装された寄せの砂利を濡らしていく。

「也さん……ごめんなさい」

震える声で、彩佳が呟いた。

「ずっと……話せなくて、本当にごめんなさい。ここ……私の、実なの」

あいの気が、也の頬を鋭く撫でていった。

取り万円のトラック運転が、爪にを灯すようにして貯めてきた万円の旅。

その終着点で、也の全くらなかった「族の真実」の扉が、音をててかれようとしていた。

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