"消えた路地の矢印" 第2話
図の
翌朝、俊は古い板をすため、の入へ向かった。
脚をてて釘を抜こうとしたとき、背からさな声がした。
「すみません。野先のところは、こちらでよろしいんでしょうか」
振り向くと、70歳い女性が、呂敷包みを両で抱えてっていた。いの着の袖は擦り切れ、片方の履の緒がしい布で結び直されている。
「診療所ですか。ここを入って、です」
俊が板を指すと、女性はほっとした顔をした。
「よかった。先週までは、表の角に板があったのに。今朝来たら、が変わってしまって」
「まだ事ですから。診療所はこの先です」
女性は礼を言ってへ入った。俊が作業に戻ろうとした直、事両がバックしてきた。運転が警笛を鳴らし、作業員が女性を呼び止める。の半分は資材置きになっていて、通り抜けられなくなっていた。
「おばあさん、そっちは通れませんよ。戻ってください」
女性は困った顔で引き返してきた。
「では、どちらへけば……」
俊は事図面を見た。しい診療所への案内は、幹線側に設置することになっている。そこへ回れば、の反対側にて、横断歩を渡り、さらにつ角を曲がる。図では数本の線で済むが、のいにはいだった。
「僕が案内します」
俊は女性の呂敷を持とうとしたが、女性は首を振った。
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「薬をもらいにくだけですから。自分で持てます」
彼女の歩幅にわせ、俊は事柵のへ回った。型トラックがを塞ぎ、横断歩のには砂を積んだ輪が置かれている。女性は度ち止まり、息をえた。
「いつもなら、角を曲がればすぐだったんですよ。主がきていた頃は、ここで豆腐を買って、それから先のところへったものです」
「ご主も、このくに?」
「ええ。あのの奥で印刷の仕事をしていました。枝さんのところです。主がくなってからも、先だけはずっと診てくださって」
俊は、呂敷のから薬帳が覗いているのに気づいた。女性の元を確かめながら、ようやく診療所へ着いたとき、計の針は予定より15分んでいた。
診療所の入では、護婦の野寺が患者の名を呼んでいた。俊が事を話すと、彼女は申し訳なさそうにをげた。
「昨も、を違えて遅れて来た方がいました。これから事がめば、もっと増えるでしょうね」
診療所の奥から、の野医師がてきた。60代半ばの、痩せた男だった。
「が広くなるのは必なことですよ。救急が入れないでは、助けられる命も助けられない。数、このくで事があったとき、消防がに入れず、ホースを何本もつないだそうです」
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野は窓のを見た。しいの向こうでは、作業員たちが面にい線を引いている。
「ただ、が変わると、今までを覚えていたほど迷うんです。図を見慣れたばかりではありませんから」
俊は、仕事用の図面をいた。しい標識の位置は正確だった。診療所の名も、距も、矢印の向きも違っていない。だが、その標識が案内するには、歩の切れ目も、段差も、事両の入もかれていなかった。
「このを、歩いて来るのための案内はないんですか」
野は、し考えてから答えた。
「役所の図には、が載っています。けれど、患者さんが実際にどこでを止めるかまでは、載っていませんね」
野は診療所の棚から、古い往診鞄を取りした。以は、急な呼びしがあると、彼自がを抜けて患者のへ向かったという。広いができれば往診も入りやすくなるだろう。しかし、患者のがかられた所にあれば、最は自分ので歩くしかない。医師の話を聞きながら、俊はの入だけをえても、の終わりまではわないのだとった。
その言葉が、俊の胸に残った。
女性は診察を終えたあと、受付で「次はどこを歩けばいいのか」と何度も確認していたという。野寺は、彼女が毎週同じ曜に通ってくることをっていた。
今までなら、の入で顔見りに挨拶し、豆腐の角を曲がれば診療所へ着いた。順を覚えていないのではない。覚えていたが、突然使えなくなったのだ。
俊は、をらないだけが迷うのではないと理解した。むしろ、く同じを使ってきたほど、変わったことに気づくのが遅れる。標識は、らないにしいを教えるだけでなく、っていたが変わったことをらせる役目も持っていた。
会社へ戻ると、杉はした板の数を確認していた。俊は、診療所までの迂回について話した。女性が迷ったこと、資材置きでが塞がれていたこと、横断歩までのに障害物があったこと。
杉は黙って聞き、最に図面を閉じた。
「現の便はわかる。だが、うちが作るのは標識だ。事の都で変わるを、勝に案内するわけにはいかん」
「勝にではなく、確認してから描けば」
「誰が確認する。どこまで確認する。事故が起きたら誰が責任を取る」
俊は言葉を失った。
杉の言うことも、正しかった。案内は親切だけでは済まない。違った矢印ひとつで、を危険な所へ誘導することもある。
そのの夕方、俊はの入にった。古い板はまだ残っていたが、には撤予定を示す赤い札が貼られていた。
「、取りします」
自分で貼った札なのに、俊はそれを剥がしたくなった。
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