"消えた路地の矢印" 第3話
活字のさ
枝活版所のは、の事現よりもきな音がしていた。
属の活字を並べる音、を揃える音、印刷が定の隔で吐きすい振。壁には注文票が何枚も貼られ、机の端には納期を過ぎた請求がねられていた。入から見える範囲だけでも、ここが単なる古いではないことはわかった。
枝源治は、俊を見ても歓迎しなかった。
「標識が、今度は何をしに来た」
「の様子をりたくて」
「のことなら、を作るに聞けばいい。俺はを刷っている」
源治はそう言いながら、械の脇に置かれたい束を持ちげた。商の納品伝票、医院の診察券、町の部品ラベル。どれも同じきさではなく、質もも違っていた。
「この町のは、板だけで商売しているんじゃない。納品がなければ品物を渡せない。伝票がなければ代を請求できない。さなでも、毎何かを刷っている。うちは、その仕事を引き受けてきた」
「移転先は決まっているんですか」
「決まっているように見えるか」
源治は奥の壁を指した。そこには、移転先候補の取り図が貼られていた。今の活版所より狭く、械を全部置くことはできない。の度もわからず、気の容量も調べなければならない。何より、移転には運送費と休業が必だった。
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「械はい。活字はもっとい。印刷をかすなら、を補して、平を取り直す。移した翌から同じ速さで刷れるとうかね。注文を断れば、次から仕事は来なくなる」
源治の娘、直子が帳簿を抱えて奥からてきた。27歳。髪をろで束ね、指先には鉛のがく付いていた。
「父は、ち退きに反対しているだけじゃありません。移転費用の見積もりが、補償の話より先に来たんです。どこまで補償されるのか、休業の注文をどうするのか、まだ決まっていません」
「役所のは説に来たんじゃないんですか」
「来ました。が必な理由も、期も聞きました。でも、説を聞いたからといって、すぐに械を運べるわけではありません」
直子の声は落ち着いていた。鳴るよりも、何度も説してきたの疲れが滲んでいた。
源治は、活版所の奥にある古い柱をで叩いた。
「ここは、俺が父親から引き継いだ所だ。だが、いだけで残したいわけじゃない。ここで仕事ができるから、職を雇える。ここに客が来るから、急ぎの注文を受けられる。所を失えば、械だけ残っても商売にはならん」
奥の作業台では、職の森田が黙って活字を揃えていた。移転先が決まらない、彼は何度も別の印刷所を探そうかと考えたらしい。には幼い子供がいて、料が途切れるわけにはいかなかった。
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「親方が所を守りたいのはわかります。でも、移転が引いて仕事が止まれば、僕は待っていられません」
森田は俊に聞こえるか聞こえないかの声で言った。源治は聞こえていたはずだが、振り返らなかった。
俊は、を残すか壊すかという話のに、別の選択があることをった。所を失うことと、そこで働くの暮らしが終わることは、本来、同じであってはいけない。けれど、移転先が狭ければ仕事は減り、仕事が減れば雇えるも減る。の変更は、壁や舗装だけでなく、誰かの料にも届いていた。
奥の作業台では、職の森田が黙って活字を揃えていた。移転先が決まらない、彼は何度も別の印刷所を探そうかと考えたらしい。には幼い子供がいて、料が途切れるわけにはいかなかった。
「親方が所を守りたいのはわかります。でも、移転が引いて仕事が止まれば、僕は待っていられません」
森田は俊に聞こえるか聞こえないかの声で言った。源治は聞こえていたはずだが、振り返らなかった。
俊は、を残すか壊すかという話のに、別の選択があることをった。所を失うことと、そこで働くの暮らしが終わることは、本来、同じであってはいけない。けれど、移転先が狭ければ仕事は減り、仕事が減れば雇えるも減る。の変更は、壁や舗装だけでなく、誰かの料にも届いていた。
俊は、初めて源治の言葉を理解しかけた。を残せと言っているのではない。を消すなら、そのの暮らしがどう続くのか、具体な答えをしてほしいと言っているのだ。
「でも、が狭いのも事実です」
俊が言うと、源治は彼を見た。
「っている。事のとき、消防が入れなかった。荷がすれ違えず、荷物を何度もろした。俺だって、広いが必ないとは言っていない」
「それなら」
「を広げることと、そこにいるを無することは、同じじゃないだろう」
その言葉に、俊は返す言葉を見つけられなかった。
ので、子供たちがり抜けた。直子が声をかける。
「らないで。向こうは事よ」
子供たちは歩幅を緩めたが、すぐに角を曲がって見えなくなった。彼らにとって、このは学へのであり、友達のへくであり、のに軒を選んで歩くでもあった。
俊は入に戻り、板を見げた。枝活版所の板は、主が若い頃に自分で塗ったものだという。文字はし歪んでいたが、くからでも読めた。
「この板も、すんですか」
「が塞がれれば、ここに掲げるはなくなる」
源治はく答えた。
「ただ、捨てる気はない。移転先に持っていく。あの板がしい所に似うかどうかは、ってみないとわからんがな」
俊は、板の端に残った古い釘穴を見た。
何度も塗り直された跡があり、文字のには、の主が使っていたらしいさな印が残っていた。
その夜、俊は会社の宿舎で、仕事用の図を机に広げた。は、細いの線で描かれている。診療所も、活版所も、青果も、さな記号ひとつで済まされていた。
俊は鉛を持ち、図の余にさな印を描きした。診療所の入。荷が曲がれない角。段差のある所。のにが溜まるのくぼみ。
正しい図を作るつもりだった。
だが、描き終えた線は、役所から渡された図よりも、ずっと込み入っていた。
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