"シャッターを切らなかった日" 第15話
同じを通るたち
、岩崎さんからの請け仲が集まる会へ誘われた。
「カメラは持ってくるな。話だけ聞け」
集まったのは。作業の男もいれば、普段着の男もいた。仕事の話は、僕には半分もわからなかった。配管の修理、夜勤の交代、械が止まったときの連絡先。誰かが話すたび、別の誰かが「それはうちと違う」と言った。
やがて、写真展の話になった。
「を悪く言うなら、あいつらの写真を撮らせるな」
が言った。
「悪く言うんじゃなくて、起きたことを示してるんだろ」
岩崎さんが返す。
「おはに帰っても平気だから言える。うちは子どもがいる」
「俺にもいる」
声がきくなりかけたとき、父がをいた。僕は父が来ていることに驚いていた。では会の話を言もしていなかったからだ。
「航は、の責任を消す写真は撮ってない」
全員が父を見た。
「だからといって、俺らを責める写真ばかりでもない。見てから文句を言えばいい」
父は僕の方を向かなかった。僕も、父の言葉に甘えてはいけないとった。写真展の説がすべて正しいとは限らないし、誰かが傷つく能性も消えない。
僕が入ると、話が瞬止まった。のへ何が伝わるかわからないからだろう。僕はカメラを持っていないことを示し、メモも取らないと約束した。
広告
岩崎さんが「ここで聞いた話を、そのまま記事にするためじゃない」と説すると、ようやく湯みが回ってきた。信頼は、こちらが「信じてください」と言うだけではまれない。
会が終わったあと、の男が僕を呼び止めた。
「写真にはたくない。でも、これだけはいてくれ」
男はポケットから折りたたんだをした。そこには、請けの仕事を辞めたに計がどうなるか、ごとの支が細かくかれていた。
「数字は載せるな。俺のがわかる」
「じゃあ、何を残せば」
「仕事を辞めれば済むと、簡単に言わないでくれってことだ」
僕はを返した。
「名をさず、そういてもいいですか」
男はうなずいたが、すぐに付けした。
「がしたことを、なかったことにするためじゃないぞ」
会をた男たちは、それぞれ違う方向へ帰っていった。自転に乗るも、徒歩で坂をるもいた。僕は、そのろ姿を撮らなかった。の話をしただとられるだけで困るがいるからだ。僕が何も撮らないのを見て、岩崎さんはさくうなずいた。「今は、それでいい」と言った。
僕は何度も同じ言葉を聞いているようで、しずつ違うを受け取っていた。誰もが、自分の暮らしを誰かの主張の材料にされたくなかったのだ。
へ帰ると、父が縁側にいた。
「今のこと、母さんには話すな」
「どうして」
「配するからだ」
僕は首を振った。
「それは父さんが決めることじゃないよ。母さんにも聞く権利がある」
父はしばらく僕を見たあと、苦笑した。
「写真のことになると、えらそうになったな」
「父さんが、俺の写真を撮るなって言ったから」
「そうだったな」
翌朝、父は母に会のことを話した。母は驚かなかった。ただ、「仕事を失うような無茶はしないで」と言い、それから「でも、黙っているだけもつらいね」と続けた。
父は返事をせず、弁当を受け取った。
へ向かうには、毎朝同じを通るたちがいた。その全員が同じ考えであるはずがない。僕はその当たりのことを、ようやく自分の言葉で言えるようになっていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第20話
死んだ母を名乗る女
母を亡くして二年。三十歳の浅沼美咲は、空き家となった実家を片付けている最中、郵便配達員から思いがけない言葉を告げられる。「先月もお母様にお会いしましたよ」。亡くなったはずの母を名乗り、郵便物を受け取っている女がいるというのだ。家の中に残された生活の痕跡、天井裏から聞こえる不審な物音、そして母宛てに繰り返し届く現金書留。兄とともに調べ始めた美咲は、疎遠だった叔母の影と、母の遺産をめぐる不穏な思惑に気づく。死者の名を使ってまで隠そうとした秘密とは。真相|親子関係2.3万字5 20 -
完結第12話
消えた路地の矢印
昭和39年、東京オリンピックを目前に控え、東京の街は急速に姿を変えていた。23歳の標識職人・黒田俊も、新しい道路の案内板を作る仕事に追われていた。ところが工事によって古い路地が封鎖され、診療所へ通う老人や商店の人々が行き場を失い始める。立ち退きを迫られる活版所の親子、変わり続ける迂回路、そして正しいはずの標識に迷わされる人々。時代|歴史|昭和|真相|修羅場2.8万字5 31 -
完結第12話
朝霧湯、最後の暖簾
昭和48年の暮れ。信州の小さな銭湯「朝霧湯」は、石油危機による灯油不足で休業の危機に追い込まれていた。主人の島田正一は、わずかに残った燃料と娘の進学費用を前に、店を閉める決断を迫られる。だが、風呂のない長屋に暮らす老人たちにとって、朝霧湯は欠かせない場所だった。妻の澄子や娘の千絵、商売敵だった銭湯の主人までが動き出すなか、正一は最後の一度だけ湯を沸かすことを考え始める。家族の暮らしを守るか、長年通い続けた客を迎えるか。昭和の町に生きた人々の葛藤と温もりを描く物語。時代|歴史|昭和|第二の人生|介護2.5万字5 158 -
完結第12話
昭和46年、三日で逃げ帰った兄と消された就職記録
昭和46年、十五歳の正男は集団就職で東京へ向かった。しかし三日後、傷だらけで村に戻り、母に「家族を捨てるのか」と責められて家を追われる。それから26年。妹の美枝は、駅の記念展示を準備する中で、兄と一緒に旅立った少年三人の就職先が書き換えられた写真を発見する。約束された工場に入っていなかった少年たち、燃やされた契約書、口を閉ざす大人たち。なぜ兄は、次の就職列車を止めようとしたのか。長く「逃げ帰り」と呼ばれた帰郷の理由を、妹が追い始める。時代|歴史|昭和|絶縁|親子関係2.7万字5 221