"結婚初夜、義母を助けた私を殴った夫の誤算" 第1話
結婚初夜
私は仕事では旧姓の佐藤を使っている。
名は直美。歳。正調査を専にする公認会計士として、複雑な帳簿の奥に隠れたの流れを追うのが仕事だった。企業の飾や横領なら、数字を積みげれば嘘は見えてくる。けれど、が族ので見せる嘘だけは、あの夜まで見抜けていなかった。
夫になった翔太とは付きっていた。歳で、族経営の産会社を率いる若社。私の仕事を尊し、「自しているところが好きだ」と何度も言ってくれた。
週回、護術の稽古へ通っていることもっていた。それを嫌がるどころか、「直美らしい」と笑っていたほどだ。だから私は、古い価値観はあっても、きちんとした裕福な庭へ嫁ぐのだとっていた。
披宴は横浜の格式ある料亭で盛にわれた。
義父の正典は、取引先や元の力者へ翔太を紹介して回り、会の空気まで自分のもののように扱っていた。声を荒らげるわけではない。それでも、正典がづくだけで周囲がし姿勢を正す。そういうだった。
義母の恵子さんは親族席で静かに微笑んでいた。
今えば、祝いの杯を持つがさく震えていた。首元の詰まった着物を着て、化粧もいつもより濃かった。けれど私は、の疲れのせいだとしか考えなかった。
広告
付が変わる頃、私たちは族全員で泊まるために用された神奈川県内のきな敷へ移した。正典が週末のために借りたで、翌朝は遅い朝を囲もうとく勧められていた。
私と翔太は階の寝へ入り、ようやくで笑い続けるが終わったことに堵した。
翔太がシャワーへ入り、私は携帯話を充しようと鞄をいた。ところが充器がない。披宴の荷物と緒に、階の広へ置いた袋に入れたままだといした。
私は着を羽織り、静かな廊へた。
磨かれたのはたく、音が妙に響いた。階段をりると、広の扉のから細いが漏れている。正典が寝るの酒でもんでいるのだろうとった。
ところが取っへを伸ばした瞬、息を詰まらせるような声が聞こえた。
続いて、具に何かがぶつかる鈍い音。
私は扉を押しけた。
恵子さんが子の端へ押さえつけられていた。
その首には、正典の両がかかっていた。
「やめて!」
考えるより先に体がいた。
私は正典へ駆け寄り、恵子さんから引きした。正典は数歩よろめき、ガラス張りの飾り棚へ背をぶつける。恵子さんはへ崩れ、喉を押さえながら必に息を吸った。
顔は青ざめ、目には恐怖が張りついていた。
「恵子さん、息できますか?」
広告
返事はなかった。
その、階段を駆けりる音がした。
翔太だった。
シャツのを留めるもなかったらしく、息を切らして広へ入ってくる。私は夫なら父親を止めるとった。母親を助け、救急を呼んでくれるとった。
「翔太、救急を――」
言い終えるに、平が頬へんだ。
瞬、何が起きたのか分からなかった。
顔が横へ向き、遅れてい痛みが広がった。
翔太は母親を見ようともせず、私を睨んだ。
「余計なことにをすな」
「……何?」
「おも今からのだ。見て見ぬふりを覚えろ」
してきた男が、その言で私のから消えた。
目のにいるのは、夫ではなかった。
暴力を振るう父親を守るために、妻を殴る男だった。
翔太はさらに私の肩へを伸ばし、部から押しそうとした。
私はその腕を受け止めた。
護術で繰り返し教わったのは、相を痛めつけることではない。危険かられ、自分と守るべきの全を確保することだった。
掴まれたをし、関節を制して体勢を崩す。
ほんの数秒だった。
翔太は声をげ、膝からへ崩れた。
を胸へ抱えたまま、顔を歪めている。でったが、差し指、指、薬指の本を骨折していた。
私はそれ以何もしなかった。
翔太を避け、恵子さんのところへ戻った。
「てますか」
恵子さんはさく頷いた。
私は肩を貸し、玄関まで連れていった。正典がろから何か鳴っていたが、度も振り返らなかった。
の助席へ恵子さんを座らせる。
震えるでシートベルトを締める首元には、すでに赤黒い跡が浮かび始めていた。
「直美さん……ごめんなさい」
かすれた声だった。
「謝らないでください。病院へきます」
エンジンをかけた。
をた瞬、バックミラーので巨な敷がざかっていった。
数、私はあのの員になった。
そして今、そのから義母を連れて逃げている。
結婚は終わった。
それだけは、もうはっきり分かっていた。
けれど本当に恐ろしかったのは――。
あの夜の暴力が、に隠されていたものの、ほんの入にすぎなかったことだった。
広告
おすすめ作品
-
完結第25話
母との同居後、妻が倒れた――医師が私だけ呼んだ理由
父を亡くした春樹は、一人暮らしの母・節子を心配し、妻の夏美と三人で暮らし始める。家事も母の通院もこなす妻を見て、同居はうまくいっていると思っていた。ところがある朝、夏美が突然倒れ、救急搬送される。医師に一人だけ呼ばれた春樹は、妻の体に起きていた異変を知らされる。変更された婦人科の予約、開かれなかった白い封筒、妻に任せきりだった家の用事。自分は家族を守っているつもりだったのに、何を見落としていたのか。人生逆転|嫁姑|夫婦|親子関係3.1万字5 10 -
完結第16話
75万円を借りに来た私に、銀行が告げた65億円の秘密
十四年間、洋服直しの仕事を続けてきた石田牧は、自分の店を開くため、不足する75万円を借りに銀行を訪れた。ところが支店長から告げられたのは、自分に約65億円の信託財産があるという信じがたい事実だった。亡き母は大手物流会社の創業家の娘だったという。なぜ母は貧しい暮らしを選び、巨額の財産を隠し続けたのか。戸惑う牧の前に、初対面の叔父が現れ、21億円で株式を買い取ると申し出る。突然手にした財産の裏には、家族が長年隠してきた秘密と思惑があった。真実|第二の人生|親子関係|金銭問題2.3万字5 456 -
完結第15話
50万円で嫁がされた私、6年後に見た父の姿
昭和63年、教師になることを夢見ていた19歳の藤崎千春は、父が受け取った50万円の結納金と引き換えに、東北の山村へ嫁がされる。進学を諦め、過酷な農作業に追われる毎日。ところが、段ボールの底に隠していた受験参考書を義母に見つけられた日、千春の運命は思いがけない方向へ動き始める。夫と義父母の支えで夢を取り戻した千春は、6年後、教師となって実家へ帰る。しかし庭先で目にしたのは、かつて自分の進学を許さなかった父の、信じられない姿だった。第二の人生|親子関係|金銭問題2.4万字5 0 -
完結第20話
父の死後、姉に追い出された私が嫁いだ農家の秘密
五年間、父の介護を一人で担ってきた三十三歳の美咲。ところが父の死後、二人の姉は遺産の独占を企て、美咲に実家から出ていくよう迫った。失意の中、美咲は交際相手の米農家・宮田大輔との結婚を決意する。しかし嫁ぎ先には七千二百万円もの借金があり、姉たちからも貧乏農家の嫁だと嘲笑される。それでも夫と田んぼを守ろうと決めた美咲に、大輔は「明日、俺の仕事場を見てほしい」と告げる。翌朝、連れていかれた巨大な倉庫で、美咲は思いもよらない光景を目にする――。夫婦|相続|絶縁|親子関係2.6万字5 16 -
完結第20話
死んだ母を名乗る女
母を亡くして二年。三十歳の浅沼美咲は、空き家となった実家を片付けている最中、郵便配達員から思いがけない言葉を告げられる。「先月もお母様にお会いしましたよ」。亡くなったはずの母を名乗り、郵便物を受け取っている女がいるというのだ。家の中に残された生活の痕跡、天井裏から聞こえる不審な物音、そして母宛てに繰り返し届く現金書留。兄とともに調べ始めた美咲は、疎遠だった叔母の影と、母の遺産をめぐる不穏な思惑に気づく。死者の名を使ってまで隠そうとした秘密とは。真相|親子関係2.3万字5 97 -
完結第12話
朝霧湯、最後の暖簾
昭和48年の暮れ。信州の小さな銭湯「朝霧湯」は、石油危機による灯油不足で休業の危機に追い込まれていた。主人の島田正一は、わずかに残った燃料と娘の進学費用を前に、店を閉める決断を迫られる。だが、風呂のない長屋に暮らす老人たちにとって、朝霧湯は欠かせない場所だった。妻の澄子や娘の千絵、商売敵だった銭湯の主人までが動き出すなか、正一は最後の一度だけ湯を沸かすことを考え始める。家族の暮らしを守るか、長年通い続けた客を迎えるか。昭和の町に生きた人々の葛藤と温もりを描く物語。時代|歴史|昭和|第二の人生|介護2.5万字5 159 -
完結第10話
手取り23万円の俺、旅館で妻が「お嬢様」と呼ばれた
手取り月23万円のトラック運転手・中村和也は、妻の彩佳と娘の結衣を何よりも大切にしていた。幼い頃、亡き父と交わした温泉旅行の約束を果たすため、毎月五千円を五年間積み立て、ようやく三十万円を貯める。結婚記念日に彩佳が選んだのは、山奥に佇む名門旅館「月影楼」。質素な暮らしの自分たちには場違いに思えたが、玄関に到着した途端、従業員が彩佳に深々と頭を下げた。「お嬢様、お帰りなさいませ」。妻が長年隠してきた過去とは何なのか。家族への愛と、思いがけない運命の再会を描く物語。人生逆転|夫婦|第二の人生|親子関係2.4万字5 1506 -
完結第12話
昭和46年、三日で逃げ帰った兄と消された就職記録
昭和46年、十五歳の正男は集団就職で東京へ向かった。しかし三日後、傷だらけで村に戻り、母に「家族を捨てるのか」と責められて家を追われる。それから26年。妹の美枝は、駅の記念展示を準備する中で、兄と一緒に旅立った少年三人の就職先が書き換えられた写真を発見する。約束された工場に入っていなかった少年たち、燃やされた契約書、口を閉ざす大人たち。なぜ兄は、次の就職列車を止めようとしたのか。長く「逃げ帰り」と呼ばれた帰郷の理由を、妹が追い始める。時代|歴史|昭和|絶縁|親子関係2.7万字5 222