"忘れたコートが教えてくれたこと" 第9話
指輪といハンカチ
結婚式から届いていた解約費用について、藤さんは博側の事がきいことを踏まえ、負担割を話しうよう勧めた。
博はすぐに言った。
「俺が全部払う」
しかし私は首を横に振った。
「半分でいい」
「でも俺のせいだろ」
「だからこそです」
私は元の細を見た。
「全部払ってもらったら、私はあなたから何かを受け取ったまま終わることになる。自分の申し込み分まで含めて、私にも責任がある部分は払います」
「そんなの気にしなくていい」
「私は気にする」
もう、借りも恩も残したくなかった。
キャンセル費用を分け、私側の装キャンセル分なども理する。
額だけを見れば決してさくない。
それでも、議と惜しいとはわなかった。
自分のを取り戻すための費用だとえば、むしろいくらいだった。
次に、私はバッグからさなベルベットの箱をした。
婚約指輪だった。
あの夜、資計画の横へ置いたあと、博が返してきたものだ。
「これも返します」
博は箱を見つめた。
「俺からの気持ちだったんだ。持っててもいいだろ」
「受け取れません」
「売ってもいい」
「そういう問題じゃない」
私は彼のへ箱を押した。
「結婚の約束としてもらったものだから。約束がなくなった以、持っていたくありません」
さらに、袋を置いた。
広告
には、幸子さんからもらったいハンカチが入っている。
「これも」
博が息を呑んだ。
「母さんが……」
「式で使ってほしいと言われました。でも式はありません」
結婚式の週。
幸子さんは私を娘のようだと言って、これを渡した。
その数分、私がいなくなったとった部で、
私のマンションについて話していた。
いしただけで胸が痛んだが、それでももう泣くことはなかった。
細かな贈り物については、すべてを返却する必はないと藤さんが理してくれた。互いので贈った用品や消耗品まで精算する必はない。
残っている鍵や預かり物。
価な品。
結婚に直接関係するもの。
それだけを確認した。
最に、今の連絡について面を残すことになった。
必な費用の清算を終えたら、原則として互いに直接連絡しないこと。
私の産やそのの財産について、笠原側から請求や協力請をしないこと。
私も会社の内部事へ干渉しないこと。
それぞれが確認し、署名した。
に自分の名をいた瞬、肩からいものが落ちた。
ゆい。
結婚すれば名字が変わる予定だった。
でも、その予定はなくなった。
私の名は、そのままだった。
博も署名した。
藤さんが類を確認する。
「これで本の確認事項は終です」
私はちがった。
「ありがとうございました」
藤さんへをげる。
博はまだ子に座っていた。
私は最に度だけ彼を見た。
「さようなら」
彼は顔をげなかった。
「……ごめん」
さな声がした。
私は会議をた。
は夕暮れだった。
のがを揺らしている。
婚約指輪もない。
いハンカチもない。
博のの鍵もない。
バッグのに残っているのは、自分の財布と、自分のの鍵だけだった。
そのさが、
とてもよかった。
広告
おすすめ作品
-
完結第25話
母との同居後、妻が倒れた――医師が私だけ呼んだ理由
父を亡くした春樹は、一人暮らしの母・節子を心配し、妻の夏美と三人で暮らし始める。家事も母の通院もこなす妻を見て、同居はうまくいっていると思っていた。ところがある朝、夏美が突然倒れ、救急搬送される。医師に一人だけ呼ばれた春樹は、妻の体に起きていた異変を知らされる。変更された婦人科の予約、開かれなかった白い封筒、妻に任せきりだった家の用事。自分は家族を守っているつもりだったのに、何を見落としていたのか。人生逆転|嫁姑|夫婦|親子関係3.1万字5 28 -
完結第20話
父の死後、姉に追い出された私が嫁いだ農家の秘密
五年間、父の介護を一人で担ってきた三十三歳の美咲。ところが父の死後、二人の姉は遺産の独占を企て、美咲に実家から出ていくよう迫った。失意の中、美咲は交際相手の米農家・宮田大輔との結婚を決意する。しかし嫁ぎ先には七千二百万円もの借金があり、姉たちからも貧乏農家の嫁だと嘲笑される。それでも夫と田んぼを守ろうと決めた美咲に、大輔は「明日、俺の仕事場を見てほしい」と告げる。翌朝、連れていかれた巨大な倉庫で、美咲は思いもよらない光景を目にする――。夫婦|相続|絶縁|親子関係2.6万字5 65 -
完結第22話
「祖母が危篤」と10万円を求めた夫の大嘘
双子を出産してわずか3週間。看護師の雪乃は、夫の幸一から「祖母が危篤だから10万円ほしい」と頼まれる。ところが本人に電話すると、83歳の松江は畑仕事の真っ最中。「またあの子は私を死にかけにしたのかい」と呆れた声を上げた。夫の嘘をきっかけに、雪乃は生活費の口座から多額の貯金が消えていることに気づく。祖父母と孫|夫婦|第二の人生2.8万字5 163 -
完結第15話
3年眠った財閥社長を叩き起こした3歳の道士
3年間、意識不明のまま眠り続けていた財閥総帥・陸晏蕭。医師たちが命を諦めかけた瞬間、病室に飛び込んできたのは、峨眉山で修行した3歳の天才道士・沈兮兮だった。少女の強烈な平手打ちで奇跡的に目覚めた晏蕭は、彼女が自分の娘だと知って愕然とする。しかし兮兮は「パパなんていらない!」と完全拒絶。占いや不思議な術で周囲を驚かせる少女に、冷徹だった父親も少しずつ心を動かされていく。やがて3年前の事故に隠された陰謀と、少女が山を下りた本当の理由が浮かび上がり……。人生逆転|祖父母と孫2.1万字5 89 -
完結第20話
死んだ母を名乗る女
母を亡くして二年。三十歳の浅沼美咲は、空き家となった実家を片付けている最中、郵便配達員から思いがけない言葉を告げられる。「先月もお母様にお会いしましたよ」。亡くなったはずの母を名乗り、郵便物を受け取っている女がいるというのだ。家の中に残された生活の痕跡、天井裏から聞こえる不審な物音、そして母宛てに繰り返し届く現金書留。兄とともに調べ始めた美咲は、疎遠だった叔母の影と、母の遺産をめぐる不穏な思惑に気づく。死者の名を使ってまで隠そうとした秘密とは。真相|親子関係2.3万字5 246 -
完結第20話
シャッターを切らなかった日
昭和46年、水俣。写真館で働く17歳の村瀬航一は、町の現実を新聞に伝えようと、仕立て屋の橋本夏枝にカメラを向ける。しかし、彼女から「撮らないで」と拒まれた後、以前撮った手の写真が本人の了承なく新聞に掲載されてしまう。その一枚は夏枝の仕事と暮らしに思わぬ影響を及ぼした。工場で働く父、被害を訴える住民、善意で支援する人々。それぞれの事情に触れるなかで、航一は問い始める。人の苦しみを伝えることと、その人の人生を勝手に語ることは、同じなのだろうか。激動の昭和を背景に、写真と人間の尊厳を描く物語。時代|歴史|昭和|真相2.7万字5 52 -
完結第12話
消えた路地の矢印
昭和39年、東京オリンピックを目前に控え、東京の街は急速に姿を変えていた。23歳の標識職人・黒田俊も、新しい道路の案内板を作る仕事に追われていた。ところが工事によって古い路地が封鎖され、診療所へ通う老人や商店の人々が行き場を失い始める。立ち退きを迫られる活版所の親子、変わり続ける迂回路、そして正しいはずの標識に迷わされる人々。時代|歴史|昭和|真相|修羅場2.8万字5 37 -
完結第10話
手取り23万円の俺、旅館で妻が「お嬢様」と呼ばれた
手取り月23万円のトラック運転手・中村和也は、妻の彩佳と娘の結衣を何よりも大切にしていた。幼い頃、亡き父と交わした温泉旅行の約束を果たすため、毎月五千円を五年間積み立て、ようやく三十万円を貯める。結婚記念日に彩佳が選んだのは、山奥に佇む名門旅館「月影楼」。質素な暮らしの自分たちには場違いに思えたが、玄関に到着した途端、従業員が彩佳に深々と頭を下げた。「お嬢様、お帰りなさいませ」。妻が長年隠してきた過去とは何なのか。家族への愛と、思いがけない運命の再会を描く物語。人生逆転|夫婦|第二の人生|親子関係2.4万字5 1516