みかん小説
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"大正、子守奉公の少女" 第5話

歳の切符

京へく話は、私が返事をするにんでいった。奉公先の奥さんは「女の仕事なら、子守りより覚えることがいよ」と言い、兄は「おはがいからやれる」と励ました。父から届いたには、都会で儀を覚えるのもよいことだとかれていた。

誰も私を嫌って送りすわけではない。それでも、私が帰りたいかどうかを尋ねるはいなかった。

歳になっていた。私はそれまで、をれることに慣れたつもりでいた。荷物をさくまとめ、言われた所へき、そこの決まりを覚える。それだけなら、初めての奉公のよりずっとにできる。

だが京へ向かう汽に乗るの夜、眠れずにいると、分の奉公賃のことがに浮かんだ。私が働いて得たは族の暮らしに回り、私の元にはほとんど残らなかった。次のも、同じように過ぎるのだろうか。

汽に乗る、私は母から渡されたさな包みをいた。には乾かした豆と、継ぎを当てた拭いが入っていた。母は「京では何でもがかかるだろうから」と言っていた。包みをくと、豆の匂いに故郷の台所が浮かんだ。私はしだけべ、残りをしまった。

いつべ終わっても、故郷の匂いまで消えるわけではないと分かっていたのに、惜しかった。

兄は駅まで送ってくれた。

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私が汽の窓からを乗りすと、兄は「らないことは聞け。分かったふりをするな」と言った。私はうなずいたが、のでは別のことを考えていた。これまで私は、分からないと答えると叱られるのが怖くて、何でも「はい」と言ってきた。

京でそれをやめられるだろうか。

汽がきすと、兄の姿はすぐに見えなくなった。窓には畑と並みが流れ、駅に着くたびにらない言葉が聞こえた。隣に座った女のが「どこへくの」と尋ねたので、私は「青です」と答えた。

「あら、いいところへ奉公にくのね」と言われ、なぜいいところなのか分からないままをげた。らない町の名だけが、先に私のく末を決めているようだった。

京へ着いてから最初に困ったのは、を尋ねることだった。の流れに押され、荷物を抱えたままち尽くした。ようやくくのにを見せると、そのは指で方向を教えてくれた。

私は礼を言い、何度も振り返りながら歩いた。兄がいてくれた宛名がなければ、敷へ着くこともできなかった。いつか自分でき先をけるようになりたい。そのいを、私は胸のへしまった。

京のは、ももかった。敷のにたどり着いたとき、私は柱のさを見げた。庭はの畑のように広くはないのに、は形よく刈り込まれ、玄関のまで磨かれている。

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迎えにた女は私の元を見て、まず履物の汚れを指摘した。

それから「ここでは勝に台所へ入らないこと」と教えた。

初めての夕飯は、台所の隅でほかの女と緒にべた。噌汁にはく切った根が浮いていて、私はいつもの癖できく音をててすすった。隣の女が肘でそっと私をつつき、「ここでは静かにね」と囁いた。

赤ん坊の泣き声ばかり聞いていたころには考えもしなかった決まりが、このにはいくつもあった。

翌朝、女は私に盆を持たせた。湯呑みの向き、膳の置き方、廊の歩き方。ひとつ違えるたびにを止められ、やり直しになった。私は何度も謝ったが、女は「謝るより覚えなさい」と言った。

その言い方は厳しかったものの、違えた理由を教えてくれるに会ったのは久しぶりだった。

夕方、敷の奥で女主が客に話す声が聞こえた。「しく来た子は、田舎からだけれど、働き者だそうよ」。私は台所で布巾を絞りながら、胸の奥がし温かくなるのをじた。働き者。

その言葉ひとつを頼りに、また別のできていくのだとった。けれど、そのに落ち着くに、次の敷から私を望む話が来ることを、まだらなかった。

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