"貧乏なふりで結婚挨拶へ――彼女の父に正体を見抜かれた" 第7話
神から逃げた
川を辞してから、希からの連絡は途絶えた。
私からもメッセージを送ることはできなかった。
何度もスマートフォンの画面をき、「謝りたい」「もう度だけ話を聞いてほしい」と打ち込んでは、送信できずに消した。
どんな言葉を並べても、それは自分がくこの苦痛から逃れたいだけの、利己な泣き言にえたからだ。
目の夜、希からいメッセージが届いた。
『曜、しだけ話せる?』
指定されたのは、以よくで訪れていた駅の静かな喫茶だった。
約束の分にに入り、奥の席でめていくをにして待っていると、通りに希が現れた。
装は以と変わらない落ち着いた装いだったが、私を見つめる瞳からは、あの無邪気で柔らかいが完全に消え失せていた。
「待たせてごめんね」
「ううん、俺がく来すぎただけだから」
向かいって座ったものの、苦しい沈黙が卓を支配した。
先にをいたのは、希の方だった。
「今はね、お父さんのことを話しておこうとって」
「宗郎さんの……?」
「うん。あの、お父さんが『柄なんてどうでもいい』って言ったでしょ」
「ああ……」
「お父さんもね、昔からあんな考え方だったわけじゃないの」
希には、歳の由紀という姉がいるのだという。
広告
数、川グループが事業拡の絶頂期にあった頃、宗郎は今よりも遥かに「川の格式」と「企業の連帯」に固執していた。
女の由紀が代半を迎えた、宗郎はある取引先グループの御曹司との政略結婚をく勧めた。柄も、学歴も、資産も申し分のない、世から見れば誰もが羨むような完璧な縁談だった。
「お姉ちゃんにはね、当、学代から付きっていた別の男性がいたの」
希は伏し目がちに語った。
「でも、お父さんの厳しい性格をっていたから、言いせなかった。のため、会社のため、両親を困らせたくないって……自分の本当の気持ちを押し殺して、お見い結婚を受け入れたのよ」
だが、その婚姻関係はわずか数で無残に破綻した。
名同士の過剰な期待、夫婦の埋めがたい価値観の相違、そして跡継ぎを巡る親族からの過酷なプレッシャー。
ともに擦り切れた由紀さんは体調を崩し、最終には逃げるように実へと戻ってきたのだという。
「婚が成した夜、お姉ちゃんがお父さんに向かって、泣き叫びながら言ったの」
希の声が、微かに震えた。
『私が誰ときていくかまで、会社の都で決めないで! 私のを何だとってるの!』って……」
私は息を呑み、言葉を失った。
「お父さん、そののことをね、今でもずっと悔やみ続けているのよ。
広告
自分は娘を幸せにするために最の条件をえてやったつもりだったのに、実際には娘のを殺してしまったんだって。……それ以来、私の結婚相については、柄や資産を条件にするのを絶対にやめるって決めたの。『希が好きになった相なら、まずのとして会う』って、約束してくれていたのよ」
胸の奥が、焼けるように痛かった。
私は川宗郎という物を、ただ「巨財閥の酷な総帥」という記号だけで捉えていたのだ。
『企業の会なのだから、どうせ娘の相を柄やで選別するに違いない』
『みすぼらしい男を見して追い払うに違いない』
そうやって勝に相を決めつけ、罠を仕掛けた。
それはまさに、自分が者からされることを最も忌み嫌っていたはずの、「肩きだけでを判断する」という為そのものだったのだ。
「俺……最だな」
私の絞りすような呟きに、希は何も言わなかった。
「宗郎さんを、川の板だけでしか見ていなかった。自分は『神』という名だけで見られるのが嫌だと言いながら、相のことは『川』という名だけで決めつけていたんだ……」
希はゆっくりとコーヒーカップにをつけ、それから静かに私を見つめた。
「優馬」
「うん」
「度、結婚の話はに戻したいの」
覚悟していた宣告だった。
それでも、胸の奥がたく沈んでいくのを止められなかった。
「……別れたい、ってことか?」
「まだ、分からない」
その曖昧な答えが、何よりもく響いた。
「今すぐ別れると決めたわけじゃない。でも、このまま何事もなかったみたいに話をにめることは、私にはできないわ」
「分かってる……」
「あなたが神のだから嫌だとか、騙されたからっているとか、そういう単純なことじゃないの」
希の瞳が、真っ直ぐに私を射抜く。
「私はね、あなたがどこの誰であってもよかったの。持ちの御曹司でも、本当に収百万円のしがない設計者でも、どこの馬の骨でも関係なかった。私はただ、神優馬というのを信じて、結婚したかったのよ」
その言葉が、どんな罵倒よりもく、私の魂を打ちのめした。
「だからこそ、私に嘘をついたまま、過から逃げたままで結婚してほしくないの」
「……」
「それとね、あなた自ので、お父さんの会社との関係をちゃんと理してきてほしいの」
「実と……?」
「継ぐとか継がないとか、縁を切るとか切らないとか、そんな極端な択じゃなくてね」
希は静かに、けれどい志を込めて言った。
「神とどう向きうのか。持っている株をどう責任を持って扱うのか。そして、お父さんとこれからどういう関係を築いていきたいのか。
……逃げるために距を置くのと、自分の志で考えて距を決めるのは、全く違うとうのよ」
宗郎に突きつけられた言葉と、まったく同じだった。
「あなたが本当に何者であるのか、誰かのせいにするんじゃなくて、自分自で決めてきて」
希はそう言い残すと、伝票をに取って席をった。
「それができたら、もう度、話をしましょう」
婚約は、保留となった。
喫茶をる際、希はさく「じゃあね」とだけ呟いた。
決定な決別ではない。だが、次があるという保証もどこにもない。
ホームに佇みながら、私は何も避けて通り続けてきた、ある所の景を脳裏にい描いていた。
京都に聳えつ、神グループ本社ビル。
そして、そこに君臨する、私の実の父親の頑なな横顔。
逃げるのをやめるのだとしたら。
私が最初に向きわなければならない相は、世界でただ、あの男しかいなかった。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
倒産寸前の事務所が雇った、子連れ清掃員の正体
倒産寸前の「桐生デザイン事務所」に、五歳の娘を連れた清掃員志望の女性・高瀬さち子が現れた。履歴書には、東大大学院修了、一級建築士、大手設計事務所の元チーフという驚くべき経歴。しかし彼女は、二度と設計の仕事には戻らないと言い張る。娘の何気ない一言をきっかけに、事務所に小さな転機が訪れるが、さち子は図面に触れることさえ恐れていた。彼女が三年前に失ったものとは何なのか。そして、過去の事故に隠された真実とは。再起をかけた小さな事務所の逆転劇が始まる。職場逆転|人生逆転|第二の人生1.6万字5 46 -
完結第20話
60日間見舞いゼロの夫、退院した妻に600万円を要求
突然の心臓病で緊急手術を受け、生死の境をさまよった美桜。六十日間の入院中、夫も義母も義妹も一度として見舞いに来なかった。届くのは、義母への月六百万円の送金を催促する連絡ばかり。家族だと信じて尽くしてきた美桜は、ついに夫との決別を決意する。しかし剛田家の人々は、美桜の本当の素性も、自分たちの会社や豪邸が誰によって支えられているのかも知らなかった。兄弟姉妹|嫁姑|夫婦|金銭問題2.4万字5 23 -
完結第15話
50万円で嫁がされた私、6年後に見た父の姿
昭和63年、教師になることを夢見ていた19歳の藤崎千春は、父が受け取った50万円の結納金と引き換えに、東北の山村へ嫁がされる。進学を諦め、過酷な農作業に追われる毎日。ところが、段ボールの底に隠していた受験参考書を義母に見つけられた日、千春の運命は思いがけない方向へ動き始める。夫と義父母の支えで夢を取り戻した千春は、6年後、教師となって実家へ帰る。しかし庭先で目にしたのは、かつて自分の進学を許さなかった父の、信じられない姿だった。第二の人生|親子関係|金銭問題2.4万字5 436 -
完結第20話
朝八時までのヒーロー弁当
工場の門前で40年間、社員たちに弁当を作り続けてきた正夫としず子。ところが、新しい社員食堂の開設を機に、部長から突然取引を打ち切られてしまう。売れ残る弁当、痛む膝、減り続ける売上。店を閉める覚悟をした二人だったが、ある日、古くからの常連が昼食の注文にやって来る。それをきっかけに、店先には再び社員たちの姿が増え始めた。一方、工場では思いがけない問題が起ころうとしていた。感動|真実|裡の顔|金銭問題4.5万字5 322 -
完結第17話
忘れたコートが教えてくれたこと
結婚式まであと3週間。高橋ゆいは婚約者・博人の実家に忘れたコートを取りに戻り、衝撃的な会話を耳にする。食卓に広げられていたのは、祖母から相続した自分のマンションを、博人の実家が営む会社の追加担保にする計画書だった。しかも本人への説明は「婚姻後1週間」の予定。14人の従業員を守るためだと訴える婚約者の母と、すべてを知りながら黙っていた博人。人生逆転|裡切られた|夫婦|真相|修羅場2.0万字5 413 -
完結第22話
「祖母が危篤」と10万円を求めた夫の大嘘
双子を出産してわずか3週間。看護師の雪乃は、夫の幸一から「祖母が危篤だから10万円ほしい」と頼まれる。ところが本人に電話すると、83歳の松江は畑仕事の真っ最中。「またあの子は私を死にかけにしたのかい」と呆れた声を上げた。夫の嘘をきっかけに、雪乃は生活費の口座から多額の貯金が消えていることに気づく。祖父母と孫|夫婦|第二の人生2.8万字5 635 -
完結第15話
3年眠った財閥社長を叩き起こした3歳の道士
3年間、意識不明のまま眠り続けていた財閥総帥・陸晏蕭。医師たちが命を諦めかけた瞬間、病室に飛び込んできたのは、峨眉山で修行した3歳の天才道士・沈兮兮だった。少女の強烈な平手打ちで奇跡的に目覚めた晏蕭は、彼女が自分の娘だと知って愕然とする。しかし兮兮は「パパなんていらない!」と完全拒絶。占いや不思議な術で周囲を驚かせる少女に、冷徹だった父親も少しずつ心を動かされていく。やがて3年前の事故に隠された陰謀と、少女が山を下りた本当の理由が浮かび上がり……。人生逆転|祖父母と孫2.1万字5 288