みかん小説
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"認知症の父を選んだ私を捨てた夫、5年後の再会" 第1話

ぶりの再会

「……都子、だよな?」

ホテルのロビーを歩いていたとき、ふいに背から声をかけられた。

介護事業者向けの交流会が始まるまで、まだ分ほどある。しく着きすぎてしまったといながら、受付の案内板を探していたところだった。

を止め、振り返る。数歩先にっていたのは、の男だった。

頬はげっそりとこけ、ずいぶんと痩せている。肩幅のっていないスーツが浮き、額のえ際も退していた。顔も冴えない。どこかで見たような気はするものの、瞬、本気で誰なのかいせなかった。

「ええと……どちら様でしたっけ」

「は? 何言ってんだよ。俺だよ、俺。郎」

男の引きつった顔と、その名。

そこでようやく、記憶の奥にある輪郭と目のの男がなった。

、私に婚届を突きつけてきた元夫だった。

「郎さん……?」

「やっと分かったか。元旦の顔まで忘れちまったのかよ」

忘れたわけではなかった。

ただ、私のっている郎は、もっと肉付きがよく、髪もなりもやたらと気にする男だったのだ。同いのはずなのに、目のの彼は歳以も老け込んで見えた。

けれど、をいた瞬の棘のある物言いは、としも変わっていなかった。

「それにしても、おもずいぶん老けたな」

「郎さんも、のこと言えないとうけど」

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「うるさいな。俺のことはいいんだよ」

やっぱり、昔のままだ。

自分が痛いところを突かれるとすぐにるくせに、には平気で無慮な言葉をぶつけてくる。

郎は私をからまで値踏みするように眺めると、急に得げな笑いを浮かべた。

「で? あれからどうしてんだよ。親父さんの介護、まだやってんのか?」

「……どうしてって?」

「を畳んだのはってるぞ。会社のくだったからな。あんな状態じゃ続けられるわけないし、おだって介護にかかりきりで、まともに働けやしないだろ」

「どうして私が働いてないって決めつけるの?」

「決まってんだろ。認症の寄り抱えて仕事なんてできるわけがない。夜にふらふら徘徊したり、さっき言ったことも忘れちまうんだからな」

その言葉に、胸の奥が微かにざらついた。

の郎は、認症のことなど何もらなかったはずだ。父が診断を受けたときも、「そのうち何も分からなくなるんだろ」「さっさと施設に入れちまえばいい」と吐き捨てるように言っていた男だった。

それなのに今のぶりには、妙に々しい実がこもっている。

「……詳しいのね」

「何がだよ」

「認症のこと」

郎の線が、ほんの瞬だけ宙を泳いだ。

「テレビでいくらでもやってるだろ。そんなことより、どうせ毎カツカツで暮らしてんだろ? まあ、俺は違うけどな」

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今度は何を言いすのかとえば、郎は顎の先でロビーの奥を指してみせた。

そこには、代半ばほどの落ち着いた女性が、さな男の子のを引いてっていた。質なとろみ素材のブラウスに、形のきれいな紺のパンツ。ずり落ちそうになった男の子のリュックをそっと直してやりながら、柔らかく微笑みかけている。

郎が、勝ち誇ったように端を吊りげた。

「ほら、あそこにいるだろ」

「ええ」

「あれ、俺の今の嫁」

「……そうなの?」

「ああ、再婚したんだ。子供もできた」

郎の声が、誇示するように段ときくなる。

「しかもあいつ、会社の社なんだぜ? 若くて綺麗で、仕事もバリバリできる。おと違って完璧だろ」

私は郎の顔と、向こうにいる女性をまじまじと見比べた。

女性はこちらの線に気づいたようで、控えめにぺこりとをげてくれた。

「へえ、そうなんだ」

「何だよその反応。信じられないのか?」

「別に」

「本当に、あのときおと別れて正解だったよ」

と、本当になにも変わっていない。

を見し、自分が優位にっていないと気が済まないところも。のき方を、自分のちっぽけな物差しだけで測ろうとするところも。

でも、今の私はもう、あの頃の私ではなかった。

「そう。じゃあ今はすごく幸せなのね」

「当たりだろ。若くて綺麗な社の嫁に子供までいてさ。

おとはもう、む世界が違うんだよ」

「そうかしら」

「あ?」

私はふっと息を抜いて笑った。

郎が「今の妻」だと言い張ったその女性の名を、私はよくっている。

何度も緒に事をした。

にだって遊びに来たことがある。

それどころか今、この交流会で私が登壇している、あの子の面倒を見てもらう約束をしていた。

だから、郎の言葉が真っ赤な嘘だということは、最初から筒抜けだった。

「じゃあ、ご本に確かめてみましょうか」

「は……?」

私が迷わず歩きすと、郎の横を通り過ぎたところで慌てた声が追ってきた。

「お、おい! 待てよ!」

「どうして?」

「いや……わざわざ本に聞くようなことじゃないだろ!」

さっきまでの尊な態度は、あっというに散していた。

引き止めるをすり抜け、私はそのまま女性のもとへとを運んだ。

「さやさん」

「あ、都子さん。もういらしてたんですね」

背で、郎が息を呑む気配がはっきりと伝わってきた。

。

父のそばにいることを選んだ私を、郎は「自分のをドブに捨てた女」とあざ笑った。

その私が、こので何を失い、何をに入れたのか。

そしてなぜ、元夫のほうがこんなにも擦り切れた顔をしているのか。

それを話すには、計の針をしだけ巻き戻さなければならない。

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