"認知症の父を選んだ私を捨てた夫、5年後の再会" 第10話
「俺の嫁は社だぞ」
「さやさん」
私が声をかけると、ロビーのソファのそばにっていた女性が、パッと表をるくして振り返った。
「あ、都子さん! もういらしてたんですね」
「ごめんなさい、ちょっとが空いててく着いちゃって」
「私たちもちょうど着いたところです。ほら律くん、ママ来たよ」
さやさんの元に隠れていた男の子が、弾かれたように顔をげた。
「ママーー!」
いを懸命にかして駆け寄ってくる。私は膝をついて、び込んできたさな体をしっかりと抱き止めた。
その様子をすぐろで見ていた郎が、目を見いたままのように固まっていた。
「……ま、ママ?」
「ええ、そうだけど」
郎の線が、私の腕のにいる律と、私の顔のを狂ったように往復する。
「そのガキ……おの子供なのかよ!?」
「そうよ。うちの息子の律」
「嘘だろ……? だって、あいつは……」
郎は震える指先で、呆然とさやさんを指さした。
「あっちの女の子供じゃないのかよ!?」
失礼極まりない物言いに、さやさんがきょとんとして目を丸くした。
「えっ、違いますよ。私は今、義姉がホテルの壇でお話しする、律くんを預かる約束をしていただけですけど……」
「ぎ、義姉……!?」
郎の裏返った声が、静かなロビーに響き渡った。
私は律のを撫でながら、ゆっくりとちがった。
「さやさんは、私の今の夫の妹よ」
広告
「い、妹……? 再婚……したってことか?」
「そうよ。何かおかしなことある?」
さっきまで「俺の方が勝ち組だ」と言わんばかりに胸を張っていた男が、今や幽霊でも見たかのように青ざめている。
「おが再婚……? だって、親父さんの介護にかかりきりだったんだろ!? まともに働きにもられないような女が、いつ誰とりうんだよ!」
「介護をしているは、しいと会って幸せになっちゃいけないの?」
「そういうこと言ってんじゃねえよ!」
「じゃあどういうこと?」
正論を突きつけられ、郎はぐうの音もない様子でごもった。
張り詰めた空気を察したさやさんが、怪訝そうに眉をひそめて私たちを見比べる。
「あの……お、おりいなんですか?」
「ええ。この、私の元夫」
「えっ!?」
さやさんの瞳に、ハッとしたが宿った。
夫を通じて、の婚の経緯はある程度に入っていたのだろう。
「あ……もしかしてお義父さんの病気が分かったときに、都子さんを追いしたっていう……」
「そう。その元夫の郎さん」
「おい、余計なことペラペラ喋るんじゃねえよ!」
郎の顔が、今度は気に屈辱で真っ赤に沸騰した。
「昔の蒸し返してんじゃねえ!」
「昔のことね。たったのことだけど」
私は至って穏やかに返した。
鳴り散らしたい衝など微も湧かなかった。昔なら、彼に否定されるたびに傷つき、悔し涙を流していたけれど、今の私にとって郎の評価など端のほどの価値もなかったからだ。
広告
それよりも、ひとつだけ黒つけておきたいことがあった。
「ねえ、郎さん」
「……何だよ」
「さっき、あそこにいるさやさんのこと、『俺の今の嫁だ』って自してたわよね」
郎の喉仏が、ひくりときくした。
さやさんが「はあ!?」と声をげて目を剥く。
「私が……このの奥さん!? 気持ち悪いこと言わないでください!」
「いや、それは……その……」
「しかも、『若くて綺麗な女社の嫁』だって豪語してたわよね」
「社!?」
さやさんは瞬ぽかんとした、耐えきれないといった様子で吹きした。
「私、ただのしがない保育士ですよ! どこをどう見たら会社の社に見えるんですか?」
郎の顔面が、赤から、からへと目まぐるしく変わっていく。
「ち、ちょっと見栄張っただけだろ……! たまたま子供連れて歩いてるのが見えたから……!」
「自分の妻かどうかなんて、見栄で嘘をつくレベルじゃないでしょうに」
呆れ果ててため息をつくと、郎は逆ギレするように私を睨みつけてきた。
「うるせえな! ちょっとした冗談だろ! おに関係ないだろ!」
その、さやさんがおかしそうに笑いながら、助け舟のようにをいた。
「そもそも、社っていうなら私じゃなくて、目のにいる都子さんの方じゃないですか」
郎のきが、完全に止した。
首の骨がきしむような緩さで、線が私へと戻ってくる。
「……は? 何言ってんだ……?」
「都子さんは『宅配キッチンひまわり』の代表取締役ですよ。今の交流会だって、域包括ケアの先事例として基調講演に招かれてるんですから」
郎の顔から、さっと血の気が引いていくのが分かった。
「おが……社……? 嘘だろ……」
「嘘じゃないわよ」
私が静かに頷くと、郎はロビーの線を集めるほどの絶叫をげた。
「ありえねええええええっ!!!」
。
「おみたいな無能がなんかやれるわけがない」とあざ笑った男が。
いま、理解能の現実に打ちのめされ、膝をがくがくと震わせていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第18話
結婚初夜、義母を助けた私を殴った夫の誤算
結婚初夜、夫の実家で義父が義母の首を絞める現場を目撃した公認会計士の直美。助けようとした彼女を、信じていた夫・翔太は平手打ちし、「見て見ぬふりを覚えろ」と命じた。直美は義母を病院へ運ぶが、夫一家は弁護士と金の力を使い、彼女の口を封じようと動き始める。そんな中、義母が密かに託していた記憶装置が見つかった。嫁姑|絶縁|親子関係|介護4.8万字5 221 -
完結第25話
母との同居後、妻が倒れた――医師が私だけ呼んだ理由
父を亡くした春樹は、一人暮らしの母・節子を心配し、妻の夏美と三人で暮らし始める。家事も母の通院もこなす妻を見て、同居はうまくいっていると思っていた。ところがある朝、夏美が突然倒れ、救急搬送される。医師に一人だけ呼ばれた春樹は、妻の体に起きていた異変を知らされる。変更された婦人科の予約、開かれなかった白い封筒、妻に任せきりだった家の用事。自分は家族を守っているつもりだったのに、何を見落としていたのか。人生逆転|嫁姑|夫婦|親子関係3.1万字5 288 -
完結第20話
60日間見舞いゼロの夫、退院した妻に600万円を要求
突然の心臓病で緊急手術を受け、生死の境をさまよった美桜。六十日間の入院中、夫も義母も義妹も一度として見舞いに来なかった。届くのは、義母への月六百万円の送金を催促する連絡ばかり。家族だと信じて尽くしてきた美桜は、ついに夫との決別を決意する。しかし剛田家の人々は、美桜の本当の素性も、自分たちの会社や豪邸が誰によって支えられているのかも知らなかった。兄弟姉妹|嫁姑|夫婦|金銭問題2.4万字5 90 -
完結第20話
父の死後、姉に追い出された私が嫁いだ農家の秘密
五年間、父の介護を一人で担ってきた三十三歳の美咲。ところが父の死後、二人の姉は遺産の独占を企て、美咲に実家から出ていくよう迫った。失意の中、美咲は交際相手の米農家・宮田大輔との結婚を決意する。しかし嫁ぎ先には七千二百万円もの借金があり、姉たちからも貧乏農家の嫁だと嘲笑される。それでも夫と田んぼを守ろうと決めた美咲に、大輔は「明日、俺の仕事場を見てほしい」と告げる。翌朝、連れていかれた巨大な倉庫で、美咲は思いもよらない光景を目にする――。夫婦|相続|絶縁|親子関係2.6万字5 516 -
完結第17話
忘れたコートが教えてくれたこと
結婚式まであと3週間。高橋ゆいは婚約者・博人の実家に忘れたコートを取りに戻り、衝撃的な会話を耳にする。食卓に広げられていたのは、祖母から相続した自分のマンションを、博人の実家が営む会社の追加担保にする計画書だった。しかも本人への説明は「婚姻後1週間」の予定。14人の従業員を守るためだと訴える婚約者の母と、すべてを知りながら黙っていた博人。人生逆転|裡切られた|夫婦|真相|修羅場2.0万字5 419 -
完結第22話
「祖母が危篤」と10万円を求めた夫の大嘘
双子を出産してわずか3週間。看護師の雪乃は、夫の幸一から「祖母が危篤だから10万円ほしい」と頼まれる。ところが本人に電話すると、83歳の松江は畑仕事の真っ最中。「またあの子は私を死にかけにしたのかい」と呆れた声を上げた。夫の嘘をきっかけに、雪乃は生活費の口座から多額の貯金が消えていることに気づく。祖父母と孫|夫婦|第二の人生2.8万字5 641 -
完結第10話
手取り23万円の俺、旅館で妻が「お嬢様」と呼ばれた
手取り月23万円のトラック運転手・中村和也は、妻の彩佳と娘の結衣を何よりも大切にしていた。幼い頃、亡き父と交わした温泉旅行の約束を果たすため、毎月五千円を五年間積み立て、ようやく三十万円を貯める。結婚記念日に彩佳が選んだのは、山奥に佇む名門旅館「月影楼」。質素な暮らしの自分たちには場違いに思えたが、玄関に到着した途端、従業員が彩佳に深々と頭を下げた。「お嬢様、お帰りなさいませ」。妻が長年隠してきた過去とは何なのか。家族への愛と、思いがけない運命の再会を描く物語。人生逆転|夫婦|第二の人生|親子関係2.4万字5 1751 -
完結第20話
車椅子の妻を離島に置き去り――船上の夫が見たもの
交通事故で車椅子生活となった42歳の千紗。献身的だった夫・啓介は、4,800万円の賠償金が決まると態度を一変させ、通帳を渡すよう迫り始める。さらに千紗の知らないところで施設入居の手続きまで進めていた。そんなある日、夫は「旅行に行こう」と千紗を離島へ連れ出す。ところが帰りの船の予約は、夫一人分だけだった。携帯も財布も奪われ、島に取り残された千紗。しかし夫は、彼女が密かに続けていたリハビリと、車椅子の下に隠された小さな備えを知らなかった。夫の裏切りから始まる、人生を取り戻す逆転の物語。人生逆転|裡切られた|夫婦2.9万字5 981