みかん小説
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"昭和27年、戦争未亡人が開いた小さな店の50年" 第7話

窓の向こうのたち

毎朝、決まった刻に窓を押しげると、決まった顔ぶれが、決まった取りでやってきた。

分には、駅の紡績へ向かう自転の集団。

分には、国鉄の始発に乗り込む背広姿の通勤客。

を回る頃には、夜勤を終えて目を真っ赤にした鉄所の男たち。

「おはよう」

「おはようございます。今もえますね」

毎のように顔をわせ、気の愚痴を言いい、銭を受け渡しているのに、お互いに相の素性も名すららない客がたくさんいた。

けれど私は、彼らがどの銘柄を好むのか、何をきっかけに嫌を変えるのかを、誰よりも正確にっていた。

がっても絶対に傘を差そうとしない。

の料を過ぎた直だけ、奮発して箱まとめて買っていく。

そして末がづくと、決まって申し訳なさそうに線を落として、

「今は……箱でしとくよ」

と銭を差しす。

たった尺方の枠の窓を隔てているだけなのに、その向こう側には、名もなき井の々の暮らしの営みと、楽のさざ波が、にとるように透けて見えていた。

所にむ隠居の爺さんは、毎朝決まって半にやってきて、円の煙を箱買った、必ず窓枠に肘をついて分ほど世話をしていくのが課だった。

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川のかさが減っただの。

裏のの飼い犬の吠えがうるさくて眠れなかっただの。

今のは空梅になりそうだだの。

話のは、いつだって取るにらないのないことばかりだった。

忙しい朝の帯、私が片にうなずいて相槌を打っていても、爺さんは気にするでもなく、煙を本くわえて満そうに煙を吐きすのだった。

「じゃあな、母さん。またも来るよ」

そう言って、猫背の背を丸めて帰っていく。そして本当に、翌朝の半には寸分の狂いもなく現れるのだった。

またあるは、案内の窓として宝された。

「母さん、あの角の先にあった乾物は、どこへ移転したかってるかい?」

「ああ、あそこなら丁目の通り沿いに装しましたよ」

「郵便局の鈴さんのは、このでってるかい?」

「鈴さんなら、この先の板塀の角をに折れて、軒目の黒いですよ」

いつのにか私は、町内の並みとの血縁関係を、誰よりも克にのに叩き込んでいた。

煙のさな窓は、らずらずのうちに、町と町、ととを結びつけるさな交差点のような役割を果たしていたのだ。

夕暮れになると、所の子どもたちも集まってきた。

もちろん、煙を買いに来るわけではない。

「母ちゃん、赤話、円で何分話せるの?」

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「内なら、ベルが鳴るまで結構くお話しできるよ。お母さんに話かい?」

「うん、お使いが遅くなるって言わなきゃられるから」

「円玉、握りしめて落とすんじゃないよ」

の盛りの猛暑のには、真っ黒に焼けした子どもたちが、のい軒のにへたり込んで涼んでいた。

「あぢー……もう歩けないよ」

「そんなとこで転がってないで、くおに帰りなさい」

「喉乾いたー、けないー」

「まったく、しょうがないねえ。井戸のでやした麦茶があるから、杯んでいきな」

「わーい、ありがとう!」

勇と同じ学に通う顔なじみばかりだったから、自分の息子が世話になっているお返しのつもりで、私は惜しみなくたいお茶を振るった。

あるの夕方、学学とおぼしき女の子が、わあわあ声をげて泣きながら窓へ駆け込んできた。

見れば、膝僧を派に擦りむいて、赤黒い血がに混ざって痛々しく流れ落ちていた。

「どうしたんだい、派にやっちゃったねえ」

「につまずいて……転んだの……痛いよお……」

「よしよし、いちゃ駄目だよ。今、綺麗なを持ってくるからね」

私は奥の台所から桶と清潔な晒し布を持ってきて、に女の子を座らせ、傷のを丁寧に洗い流して赤チンを塗ってやった。

「はどこのおだい? お母さんはいるかい?」

「うん……裏の通りの、染物の……」

「そうかい、歩けそうにないなら、母ちゃんがおぶって送っていってあげようか」

「ううん……もう泣かないから、ひとりで歩ける」

女の子はをすすりながらちがり、ぺこりとをげてトぼトぼと帰っていった。

翌の午、その子の母親が、等なぬぐいに包んだ林檎を抱えて、恐縮した面持ちで窓へお礼にやってきた。

「昨は本当にありがとうございました。うちの娘が怪をして泣きついたそうで……ろくな当てもできずに、ご迷惑をおかけしました」

「いいえ、とんでもないですよ。通りに面したなんですから、困ったはお互い様です。たいした傷にならなくて本当に良かったですね」

「いえ、本当に助かりました。これ、実から送ってきた林檎ですから、どうぞ坊やと召しがってくださいな」

そんな温かなやり取りが、歳をねるごとに、町のあちこちで自然と結ばれていった。

をくの私は、商売というものを「品物を渡して、その対価としておを受け取るだけの乾いた所」だとい込んでいた。

けれど、現実はまるで違っていた。

さな窓を枚けて、そこに毎座っているだけで、は挨拶を落としていく。

困ったことがあれば相談にち寄り、嬉しいことがあれば報告をしていく。

「うちの娘に、ようやく良い縁談が決まりましてね」

「まあ、それはおめでとうございます! あんなにさかったお嬢さんがねえ」

「初孫がまれたんだよ、男の子さ!」

「おめでとうございます! じいちゃん似の男になるといいですね」

何もの、私は見らぬ々のの慶弔の言葉を、この窓のカウンター越しに聞き続けてきた。

私の方もまた、

「うちの勇が、今度の通信簿で算数で褒められましてねえ」

などと、息子の成を客に自するようになっていた。

夫を戦争で失ったあのから、私はずっと、「このたい世ので、息子ときり、爪にを灯して孤無援できていかなければならない」と肩肘を張り続けていた。

けれど、窓をけて町に向きってみれば、本当は最初からきりなどではなかったのだ。

毎、窓のにってくれる誰かがいた。

名もらぬまま、ただ顔をわせて笑いうだけで、胸の奥の孤独を溶かしてくれる無数の隣たちがいた。

そのささやかなの温もりこそが、私と勇を、この戦の荒波から守り育ててくれた何よりの防壁だったのだ。

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