"昭和27年、戦争未亡人が開いた小さな店の50年" 第11話
壁の横に置かれた械
昭代の半ばを迎える頃、町の表はさらに劇な変貌を遂げていた。
造の平は姿を消し、コンクリート造りのビルやアパートが林し、通りの両脇には鮮やかな板がひしめきっていた。
そして何より、角のあちこちで、鈍いにる無質な鉄の箱――自販売が、が物顔で鎮座するようになっていた。
最初はコカ・コーラや瓶ジュースの械だった。
けれど、それから数も経たないうちに、本専売公社の主導によって、煙の自販売が急速に普及し始めたのだ。
私のにも、あるの午、公社の担当員が真しいパンフレットを携えてやってきた。
「神さん、どうでしょう。お宅のの壁際にも、最式の煙自販を台、設置してみませんか?」
提示された条件は、決して悪いものではなかった。
械の設置費用や気代の補助は公社側が負担し、私はただ毎朝、械のに煙を補充し、売を回収するだけでいいという。
けれど、私は即座に首を縦に振ることができなかった。
械が、文句も言わずに煙を売りさばいてくれるのだとしたら――私がこのさな窓の内側に座り、朝くから夜遅くまで枠をけて客を待つは、体どこに残されているのだろうか。
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自分のそのものが、代の波によって無用なものとして押し流されてしまうような、名状しがたい寂しさと恐怖が、胸を締めつけたのだ。
だが、私もすでに歳を過ぎていた。
若い頃のように、の底えのする窓に座り続けることは、々腰にこたえるようになっていた。夜のまで窓をけて待つ体力も、確実に削り取られていた。
悩みに悩んだ末、私は妥協案として、の引き戸のすぐ脇の肩に、型の自販を台だけ置くことを決断した。
設置事のの夕方、業者のによって据え付けられた械は、像していたよりも遥かに威圧のある鉄の塊だった。
おを投入に入れ、欲しい銘柄のボタンを押し込む。
ガタン、ゴトン。
々しい属音とともに、取りしのゴムの蓋を押しげて、ハイライトの箱が滑り落ちてくる。
が言葉を交わす余など、そこにはミリたりともしなかった。
「へえ、神さんのとこも、とうとう械を入れたのかい。便利になっていいねえ」
通りかかった所の奥さんが、物珍しそうにボタンを眺めて言った。
「これで、私なんかいなくても商売ができるようになっちゃいましたよ」
私が自嘲気に笑うと、奥さんは「何言ってるんだい、そんなわけないだろ」と笑いばしてくれた。
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けれど、現実は残酷だった。
械が稼働し始めてからというもの、特に夜の窓の客は、目に見えてのいていった。
かつてなら、夜遅くに窓をトントンと慮がちに叩いて、
「母さん、まだいてるかい? すまないねえ、残業で本もなくなっちまってさ」
と申し訳なさそうにをげていた常連の員たちが、今や窓に見向きもせず、無言のまま自販のにち、銭を放り込んでちっていくのだ。
私は閉ざされた窓の内側の暗がりから、灯のに照らされた彼らの丸まった背を、ただじっと見つめる夜が増えていった。
客のを煩わせず、私のを煩わせることもない。
夜でも、砂りののでも、文句ひとつ言わずに正確に煙を吐きす鉄の箱。
便利になるということは、とが触れうためのさな隙を、ひとつずつ削り落としていくことなのだろうか――。
指先をるたい隙をじながら、私はそんな物いに耽ることがくなった。
けれど――完全に窓からの温もりが消えってしまったわけではなかった。
朝のが差し込む帯になれば、相変わらず窓をガラリとけて顔を覗かせる々がいた。
「母さん、円切を枚おくれ」
「はい、いつもありがとうございます」
「話、ちょっと借りるよ」
「どうぞどうぞ、受話器をげてからね」
「ねえ母さん、この辺りに最越してきた、の棟梁のはどこだい?」
「ああ、それなら本目のをに曲がって、突き当たりの青い根のですよ」
械には、切を売ることも、案内をすることもできない。
何より――ただ言、誰かと声を交わしたくてたまらない孤独な魂を、温めることなど逆ちしてもできないのだ。
あるの夕暮れ、腰の曲がった常連の爺さんが、自販を素通りしてわざわざ私の窓のにち寄った。
「ピース、つ」
「お爺さん、表の械にも入ってますよ」
私がからかうように言うと、爺さんはフンとを鳴らし、しわがれた声で言い放った。
「あんなたい鉄の箱と、誰が気の愚痴を言いえるかい。俺はね、母さんの元気な顔を見に来てるんだよ」
その言を聞いた瞬、私の胸の奥に澱のように溜まっていた寂しさが、の陽だまりのようにすうっと溶けっていった。
商品をただ売るだけなら、械の方が遥かに優秀だ。
計算を違えない。疲れて居眠りをすることもない。邪をひいて寝込むこともない。
けれど、
「今も寒いですねえ」
「お孫さんは、邪治りましたかい?」
「腰の具はどうですか」
そんな、何のにもならない無駄話の温もりを求めて、はこのさな窓のにを運んでくれるのだ。
私はいつのにか、ただ煙を売るためだけに窓をけているのではなくなっていた。
この町の々に、「私は今も、元気でここに座っていますよ」とらせるために、毎朝枠を持ちげているのだと、く実するようになっていた。
その頃、学を無事に卒業した息子の勇は、京のメーカーに就職を果たしていた。
そして、社会になって目の、受話器の向こうから、照れくさそうに弾んだ声で報告してきた。
『母さん、いうちにさ……結婚したいとってるを、連れて帰りたいんだけど』
学にきたいと言われたあのよりも、私の臓は激しくねがった。
「な、何を作ればいいんだい? 都会のお嬢さんなんだろう? うちみたいな田舎の粗末なで、にうものがあるかい?」
『何言ってるんだよ、母さんのいつもの庭料理でいいんだよ』
『いつものって、煮しめとか、切り干し根とかかい? 若いお嬢さんがそんななものぶわけないじゃないか!』
『ぶよ。あいつ、母さんの田舎のをすごく楽しみにしてるんだからさ』
迎えた初対面の、やってきたのは、きな瞳で実によく笑う、仕てのいいワンピースを着たるい女性だった。
座敷にがる、ふと舗の販売窓を見つめた彼女は、目を輝かせて歓声をげた。
「お義母さん! このおの窓、とってもさくて、おとぎ話にてくるみたいでいですね!」
私は呆気に取られ、それから照れくささに顔を真っ赤にした。
未がをすすり、き延びるためだけに壁をくり抜いて作った、あの無骨で古い枠の窓を――「い」と褒めてくれたなど、私のののでただのもいなかったからだ。
見慣れすぎて、活の垢が染み付いた古びた窓が、しい族の澄んだ瞳を通じて、まるで誇らしい勲章のように輝いて見えた。
やがて、孫がまれた。
休みが訪れるたび、勇のがさな男の子のを引いて、この古いへ帰省してくるようになった。
かつて勇がそうしていたように、さなさな柔らかい指先が、ガラスケースの内側をペタペタと触り、窓の枠からさなのを覗かせる。
はへへと容赦なく流れていく。
けれど、かつてした景が、しずつ形を変えながら、再び私の目のに巡り戻ってくる。
その命の連鎖の温もりに触れるたび、私はこのさな窓を守り続けてきて本当に良かったと、の底から神仏に謝するのだった。
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