みかん小説
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"昭和27年、戦争未亡人が開いた小さな店の50年" 第12話

また値段ががった

昭から平成へと元号が改まる、煙を取り巻く世の向きは、それまでとは比べものにならないほど急速に険しいものへと変わっていった。

健康増や受喫煙といった言葉がテレビのニュースで毎のようにび交い、駅のホームや病院の待から、皿が次々と撤されていった。

そして何より――煙の価格改定が、まるで事のように頻繁にわれるようになった。

「母さん……また値げかい?」

値げ初の朝、定価表を見げた馴染みの客たちは、判で押したように同じ困惑の表を浮かべた。

「ええ、また国が決めたんですよ。今度は箱あたり円もがっちゃいました」

「くなったなあ……! 俺が若い頃は、百円玉ひとつで箱買えてお釣りが来たのによ」

「まったくですねえ。私も帳面をき直すのが苦労ですよ」

「もう、これをにきっぱり禁煙するよ。体にも悪いし、財布が持ちゃしねえ!」

そう息巻いて帰っていった客が、翌朝の半には、何わぬ顔で窓のにっているのだ。

「あれ? お兄さん、昨『きっぱりやめる』って宣言したばかりじゃないですか」

私が悪くからかうと、その男はを掻いてけなそうに笑うのだった。

「……やめるのは、からにするよ。今は、仕事の踏ん切りがつかねえんだ」

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そしてその次のも来る。

「今が本当の吸い納めだ!」

またその次のも来る。

「来週の曜から、絶対に禁煙する!」

そんな滑稽でおしい言い訳を、私はこの半世紀の、何千回とにしてきた。

男たちにとって、煙というものは単なる嗜好品ではなく、理尽な労働や過酷な現実と折りいをつけるための、なくてはならないの杖なのだということを、私は誰よりも理解していた。

けれど――そんなお馴染みのやり取りを何も続けていた常連客の姿が、あるを境に、ふつりと途絶えてしまうことがあった。

、。

週、。

毎朝決まった刻に現れていたあの音が聞こえない。

胸騒ぎを覚えて所のに尋ねてみると、「ああ、あそこの旦さん、先週急に脳卒で倒れて入院されたそうだよ」という返事が返ってくる。

そして数ヶが過ぎたあるの夕暮れ、見覚えのある若い男性が、黒い喪章を腕に巻いてのにち止まるのだ。

「母さん……親父が、先週くなりました」

「……そうでしたか……」

私はそれ以、気の利いた言葉をかけることができなかった。

族でもない。親戚でもない。

本名すら、名字しからない柄だった。

けれど、毎朝窓を押しげればそこにち、もの、笑顔を交わしってきた切なの連れだったのだ。

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そのがいなくなっただけで、通りの景の真んに、ぽっかりと埋めることのできないたい穴が空いたような喪失に襲われた。

をく続けるということは、そうした無数の別れを、誰よりも静かに見送り続けるということでもあった。

かつて若々しい取りでっていた青が、髪の混じった初老の紳士になる。

背広を着て忙しそうに駅へ急いでいた会社員が、定を迎えて杖をつきながら散歩に訪れるようになる。

いつも夫婦仲良く並んで買いに来ていたお婆さんが、あるからたったで、寂しそうに銭を握りしめてやってくるようになる。

「あの、最とんと見かけなくなったねえ」

「施設に入られたそうですよ」

「そうかい……寂しくなるねえ」

そんな会話を交わすたび、私は代の針が確実にみ、自分の肉体もまた、容赦なく老いの坂をっていることをいらされた。

鏡を覗き込めば、あの歳で板を掲げたの面などどこにもなく、髪は全体を覆い、目元や元にはい皺が幾にも刻み込まれていた。

朝から晩までちっぱなしでいることが耐えがたい苦痛になり、窓の内側には、勇が初任で買ってくれた頑丈な肘掛け子を据え置くようになった。

以なら夜のまでけていた窓も、を回る頃にはガラガラと音をててめに閉めるようになった。

それでも――朝の半が訪れれば、痛む膝をさすりながら起きがり、私は必ず窓を押しげた。

半世紀にわたって染み付いた、体の芯の掟だった。

この窓をけ放たなければ、私のは始まらないのだ。

「母さん、まだ元気に番やってるねえ!」

散歩の途にち寄った古参の客が、目を細めて声をかけてくれる。

「そちらこそ、まだ毎朝歩いていらっしゃるじゃないですか」

「あっはっは! ここが閉まっちまったら、俺の毎の散歩の張りいがなくなっちまうよ」

「表の自販で買えばいいじゃないですか」

「何を言ってるんだい。械に『今も元気かい?』って話しかけたら、それこそがおかしくなったとわれちまうだろうが」

その言葉を聞くたび、私の胸の奥に、言葉にならない温かい誇りが満ちていった。

効率と速度ばかりが持て囃される代ので、私のこのさく古びた窓は、町の々が互いの命の無事を確かめうための、ささやかな灯台であり続けていたのだ。

私はもう、活費を稼ぐためだけに窓をけているのではなかった。

窓のにやってくる無数の隣たちに向けて、

「私は今も、変わらずここにきていますよ」

「あなたも今も、無事にきていてくれて良かった」

その無言のメッセージを交わしうために、私は毎朝、枠を持ちげ続けていたのだ。

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