"昭和27年、戦争未亡人が開いた小さな店の50年" 第17話
板をす
窓を完全に閉ざした翌朝、私は息子とで、舗の片付けに取り掛かった。
「母さん、この空箱のはどうする? もういらないだろ、捨てちゃうよ」
「だめだよ、その箱は残しておくれ」
「は空っぽだよ?」
「いいんだよ。勇が昔、宿題を広げてた机なんだから」
「……あ、これ、あのの箱だったのか」
勇は気まずそうにのを擦り、そっと部の隅へと置き直した。
半世紀の歳が堆積した棚の奥からは、懐かしい代の遺物が次々と顔をした。
古い定価表の片。
使わなくなったきの帳面。
銭、銭の代の記切の空き箱。
そして、棚の隙の埃のから、の丸くなった本のい鉛が転がりてきた。
「おい、これ……俺が学のに使ってた鉛じゃないか?」
「よく残ってたねえ」
「母さん、掃除サボってたんじゃないの?」
「何を言うんだい、隅々まで磨いてたから見つかったんじゃないか」
で顔を見わせ、埃にまみれながら笑いった。
昼、いよいよ表の板をすが訪れた。
、に晒され、の烈に焼かれ続けた杉の板。
「たばこ」の朱の文字はすっかり褪せ、の肌はに変して細かなひび割れがっていた。
勇が脚に登り、ドライバーで錆びついたネジを本ずつ緩めていく。
ギギギと嫌な軋み音をてて、最のネジが抜けた。
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「母さん、落ちるよ! で支えてて!」
「分かってるよ、無理するんじゃないよ」
で抱え込むようにして、板を面へとろした。
腕のに抱きとめた瞬、私はわず息を呑んだ。
半世紀のみが詰まっているはずのその板は、拍子抜けするほどに軽く、乾いた匂いを放っていた。
「これ……どうする? 粗ゴミにすかい?」
勇の問いかけに、私はすぐには答えられなかった。
世から見れば、ただの煤けた廃材に過ぎないだろう。
けれど、歳で未となり、絶望の淵で震えていた私に、きる誇りを与えてくれた最初の旗印だったのだ。
「とりあえず……物置の奥に取っておいておくれ」
「やっぱりな」
勇は笑しそうに笑った。
「絶対にそう言うとってたよ」
板のされたがの壁には、角く焼けの残った、汚れた壁がぽっかりと顔を覗かせていた。
そこに板があったことを示す、壁のの空。
それはどこか、い旅を終えたの錨の跡のようにも見えた。
翌朝、目が覚めたのは、やはりいつもの分だった。
かけて体の骨の髄まで染み付いた習慣は、そう簡単に抜け落ちるものではなかった。
起きがり、洗面所で顔を洗い、やかんで湯を沸かしてお茶を淹れる。
そして無識のうちに、が勝に舗のあった畳へと向かっていた。
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窓枠ので、ハッとに返ってが止まった。
「……ああ、そうだった。もう、けなくていいんだ」
声にして呟いた瞬、のが自然なほど静まり返っていることに気づいた。
窓はある。
けれど、枠はりたまま、鍵が固くかけられている。
窓の向こうの通りを、台の自転がチリンとベルを鳴らしてり抜けていく。
誰かの革靴の音が、ざかっていく。
昨までなら、窓をけて顔をし、「おはようございます!」と声をかけていただった。
けれど今朝は、誰もこの窓を見げようとはしない。
寂しい、とった。
胸の真んを、たいが吹き抜けていくような空虚があった。
けれど――それは決して、嫌な寂しさではなかった。
私は肘掛け子を窓のすぐそばまで引き寄せ、腰をろして、閉ざされたガラス越しに通りをぼんやりと眺めた。
客の気配を伺うこともなく、釣銭の配をすることもなく、ただ純粋なの隠居として、町の朝の景を眺めたのは、これがまれて初めてのことだった。
通勤のが歩いていく。
自が排気ガスを吐いてっていく。
ランドセルを背負った子どもたちが、ふざけいながら駆けていく。
私のがなくなっても、板がされても――町は何事もなかったかのように、当たりの力さで呼吸し、へへといていた。
それでいいのだと、私はった。
私のの役目は、昨で無事に終わったのだ。
町が私のを追ってち止まる必など、どこにもないのだから。
昼過ぎ、ガラガラと玄関の引き戸がく音がした。
見にくと、あの常連の隠居爺さんが、持ち無汰そうににっていた。
「本当に……閉まっちまったんだな」
「当たりでしょう、昨で終わりだって言ったじゃないですか」
「朝起きて散歩にたんだがよ、どうにも調子が狂っちまってさ。母さん、退屈してにそうになってるんじゃないかとって見に来てやったんだよ」
「ふふっ、まだを閉めて目ですよ。退屈する暇もありませんよ」
「そうかい。じゃあ、の朝もまた様子を見に来てやるからな」
「もう来なくていいですよ、お茶代を取りますよ」
で、声をわせて笑いった。
窓を閉ざしても、板をしても――この町と私のに結ばれた温かな絆までが、消えってしまったわけではなかったのだ。
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