"受話器の向こうの春" 第1話
たいと台所のすみっこ
昭、。
とはいっても、まだまだのたいのことでした。
神戸のの片隅にある古い造の台所で、歳の女がさく丸まっていました。
女の名は、ハルといいます。
ハルが物つくかつかないかのころ、実の母は流り病でくなっていました。
そのを追うようにして、幼い弟と妹も相次いで息を引き取りました。
やがてにやってきたしい継母は、ハルをどうしてもがることができませんでした。
たい線。
わざと音をてて置かれる茶碗。
居所を失ったハルは、学をるころにはを追いされ、い親戚のを転々とすることになりました。
どこへっても、自分は邪魔者でした。
「またが増えたねえ」
「いつまで置いとかなあかんのやろ」
すりガラスの引き戸の向こうから、叔父や叔母のひそひそ話が聞こえてきます。
そのたびに、ハルは布団のでをぎゅっと塞ぎました。
敷かせてもらっているいせんべい布団でさえ、自分のものとはえません。
ご飯をべるときも、お茶碗の底に残った米粒をじっと見つめ、ただ息を潜めていました。
(このままじゃ、あかん)
誰にも頼らず、自分のでご飯をべていけるを探さなければならない。
そうに決めて、の貼りや聞の隅っこを毎のように探しました。
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そんなあるのことです。
の掲示板のでを止めたハルの目に、枚の張りがび込んできました。
「神戸話局 女子話交換募集」
当の話は、今のようにボタンを押せばすぐ相につながるものではありません。
受話器を持ちげると、まず話局の交換がます。
相の番号を聞き取り、いコードをで操作して、回線の穴に直接差し込んでつなぐのです。
すべてが「の」と「の声」でわれていた代でした。
誰でもなれる仕事ではありませんでした。
厳しい記試験があり、の良さや滑舌を試される適性検査があります。
格したも、数かにわたる過酷な訓練が待っていました。
(これや……これしかない)
ハルは胸をく押さえました。
ここに入ることができれば、お料がもらえる。
誰の顔もうかがわずにきていける。
そのの夜、親戚ののかりが消えたあと、ハルは台所の片隅のたい板のに座り込みました。
元を照らすのは、暗い裸球のわずかなだけです。
ハルは古の裏に数字をき並べ、さな声で何度も練習しました。
「、、、……番ですね」
「、、〇、……〇番ですね」
相の言った数字を瞬に聞き取り、淀みなく復唱するための練習でした。
「夜にブツブツと、気の悪い子やねえ」
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便所に起きてきた叔母が、通りすがりに嫌を投げつけてきました。
ハルは「すみません」とをげてさくなりましたが、音がざかると、すぐに練習を再しました。
指先はかじかんで覚がありませんでした。
板ののたさが、の裏から骨の髄まで染み込んできます。
それでも、やめるわけにはいきませんでした。
ここを逃したら、自分にはもうく所がないのです。
(お母ちゃん、見ててな。うち、絶対に受かってみせるから)
試験当は、鉛の曇り空でした。
講堂には、なりのきちんとした女学の娘さんたちが勢集まっていました。
着慣れた絣の着物を着たハルは、自分がひどく違いな気がして肩をすくめました。
けれど、試験官のにったとき、ハルは真っ直ぐにを見つめました。
受話器から流れてくるの数字。
ハルはを澄まし、音も乱れることなく復唱しました。
毎晩、台所の隅で震えながら覚えた数字が、すらすらとをついててきたのです。
数週、親戚のに枚のハガキが届きました。
「格」の文字を見た瞬、ハルの目から粒の涙がこぼれ落ちました。
畳のに落ちた涙が、乾いた井にじんわりと染み込んでいきました。
居所のなかった歳の女のが、この、静かにき始めたのでした。
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