"受話器の向こうの春" 第9話
瓦礫のの形たち
朝のが照らししたのは、昨までの神戸のではありませんでした。
見渡す限り、どこまでも続くの焦。
ち並んでいたはずの美しい館も、々が暮らしていた造のも、すべてが焼き払われていました。
黒焦げになった柱や赤く錆びたトタン板が、墓標のように突き刺さっているだけです。
のあちこちからい煙がゆらゆらとちり、を突く異様な焦げ臭さがに乗って漂ってきました。
「……嘘やろ……」
ハルの隣で、子先輩が呆然と呟きました。
港のクレーンも、のっていた通りも、夜にして消えっていました。
何万という々が暮らしていたが、たった数の炎によって、完全に沈黙してしまったのです。
は引き寄せられるようにして段をり、変わり果てたのへとを踏み入れました。
まだ面からは気がちっており、靴底を通しての裏がくじられます。
崩れ落ちた壁をよけ、散乱する瓦礫を跨ぎながら歩いていたハルのが、突然、ピタリと止まりました。
「……あ……」
声がませんでした。
の脇、半分焼け崩れた塀の根元に、何かが転がっていました。
ひとつやふたつではありません。
、……数え切れないほどの黒い塊が、折りなるようにして倒れていたのです。
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ハルはそのにち尽くし、まじまじとその景を見つめました。
あまりの景に、脳が激しい拒絶反応を起こしていました。
目のにあるものが、きたであったという現実を、歳のがどうしても受け入れることができなかったのです。
「……先輩」
ハルはかすれた声で、子先輩の袖を引きました。
「なんで……なんでこんなところに、お形さんがぎょうさん落ちてるんやろ……」
それは、恐ろしい防本能でした。
があり、があるその塊を「」だと認めてしまったら、今すぐ発狂してしまいそうだったからこその、魂の呟きでした。
子先輩は何も言いませんでした。
ただ、ハルの肩を抱き寄せ、その界を遮るようにして自分の胸元へ引き寄せました。
先輩の掌が、ガタガタと激しく震えているのが、布越しにハルの背へと伝わってきました。
ふと見ると、その黒い塊の向こうに、見覚えのあるものが落ちていました。
焼け焦げた染めのモンペの切れ端。
そして、そのくに転がっていたのは、話局の交換が首からげる、属製のさな名札でした。
ハルは息を呑みました。
名札の煤を指でそっと拭うと、そこには、昨まで休憩で「爆弾が落ちたらどうなるんやろ」と震えていた、あの同期のヨシちゃんの名が刻まれていました。
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「ヨシ……ちゃん……?」
声が震え、から力が抜け落ちて、ハルはそのにへたり込みました。
んでも、交換台をれるな。
あの司の言葉に従い、逃げ遅れて炎に巻かれてしまった同僚たち。
もし、子先輩が自分の腕を引っ張って逃げてくれなければ、自分も違いなく、あの交換台のでこの「形」のひとつになっていたはずでした。
なぜ自分はきているのか。
なぜヨシちゃんがんで、自分が息をしているのか。
たい罪悪が、氷の刃のようにハルの臓を突き刺しました。
涙すらませんでした。
ただ、え切った瓦礫のにをつき、さく震えることしかできませんでした。
どれほどの、そうしていたでしょうか。
やがて、子先輩が静かにハルのにしゃがみ込みました。
先輩の顔は煤と涙でぐしゃぐしゃでしたが、その瞳の奥には、確かなが戻っていました。
「ハルちゃん」
先輩のかすれた声が、静かに響きました。
「……局へ、戻ろう」
ハルは驚いて顔をげました。
「え……? 局へ……? でも、あそこも燃えてしもてるんじゃ……」
「わからん。でも、もし燃え残っとったら……線を、つなぐがおらんようになる」
先輩はちがり、煙のち込めるの向こうを指差しました。
「病院も、警察も、族を探すたちも……話がつながらんかったら、助かる命も助からんようになる。
うちらは、き残ったんや。
き残ったうちらが、線をつつながなあかんのよ」
子先輩の言葉は、震えていました。
けれど、そのはしっかりとを踏みしめていました。
ハルは自分の汚れた両を見つめました。
赤ぎれだらけで、傷の痕がついた、さな歳の。
けれど、このは、誰かと誰かの声をつなぐことができるでした。
ハルは涙を拭い、力く頷きました。
「はい……きましょう、先輩」
はしっかりとを握りい、まだ煙のくすぶる瓦礫のを、話局へ向かって歩歩、歩き始めたのでした。
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