"午前3時、警察から「夫を迎えに」――私は独身なのに" 第3話
の歳を越えて
い鉄の扉が、軋む音をててゆっくりとかれました。
警察署の保護のは、たい蛍灯のにく照らされていました。 部の央には、事務机とパイプ子が並んでいました。
その番奥の席に、の物が背を丸めて座っていました。
につけているのは、と油で黒ずんだ、ボロボロの作業着でした。 肩のあたりはほつれ、所々が引き裂かれていました。
隙から覗く肌には、痛々しい擦り傷と、無数の古い傷の痕が残っていました。 全体に痩せこけており、作業着のからでも背骨の形が浮きているのが分かりました。
「こちらの方です」 案内してくれた警察官が、静かに声を落としました。
私はを踏みそうとしましたが、鉛のように先がく固まっていました。 歩ずつ、濡れた靴音を忍ばせながら、その背へとづいていきました。
私の音に気づいたのか、その物の肩がかすかに震えました。
ゆっくりと、きしむようなきでそのが振り返りました。
煤で汚れた頬。 伸び放題の無精髭に覆われた顎。 ひどく荒れて血の滲んだ唇。
しかし、その奥にある瞳が私を捉えました。 澄んだ、い琥珀の瞳でした。
世界のすべての音が、瞬でから消えりました。 吸い込んだ息が喉の奥で凍りつき、吐きせなくなりました。
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のあのから、にまで見続けてきた顔でした。 どんなに歳が過ぎても、見違うはずのない目元でした。
「蓮……さん……?」
私の唇から、空気のような頼りない音がこぼれ落ちました。
男の瞳が、驚きと激しい揺にきく見かれました。 焦点の定まらなかった瞳に、みるみるうちに粒の涙が盛りがっていきました。
震えるで、男は机の端をく掴みました。 ちがろうとしましたが力が入らず、をもつれさせました。
それでも懸命に顔をげ、私をまっすぐ見つめ返したのです。
乾ききった唇が、わななきながらかれました。 途切れ途切れのかすれた声が、内に響きました。
「美桜……」
その呼び声を聞いた瞬、私の臓が激しくねがりました。 私をその名で呼ぶときの、優しさを帯びた独特の響きでした。
「美桜……約束のに、けなくて……本当に、ごめん……」
男の目から溢れした涙が、煤けた頬を伝ってこぼれ落ちました。
その言が、私の胸の奥くを貫きました。
のあの、私たちは翌朝に婚姻届をす約束をしていました。 区役所の庁にわせてでこうと、夜に帳を見ながら笑いっていたのです。
しかしその夜、私の乗るが爆破テロの標となりました。
炎に包まれそうになった私を、蓮さんは迷わず抱きかかえました。
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ドアを蹴破り、私を全な歩へと力任せに突きばしたのです。
『美桜、きろ!』
それが、蓮さんが私に残した最の言葉でした。
炎したはガードレールを突き破り、のへと転落していきました。 激しい黒煙がちり、真の波がすべてをみ込みました。
引きげられた内には、蓮さんの姿はありませんでした。 の潮流は速く、確率はゼロだと告げられ、遺骨のないまま認定がされたのです。
私がき残ってしまった罪悪に、毎夜苛まれ続けてきました。 群がる男たちからの求婚を、を閉ざして拒み続けてきました。
その孤独なのすべてが、目のの男の言で崩れりました。
本物でした。 目のにっているのは、違いなく条蓮さんでした。
私の両膝から、突如としてすべての力が抜け落ちました。
のに両膝から崩れ落ちました。 両で顔を覆い、喉の奥から激しい嗚咽が込みげました。
「蓮さん……蓮さんなのね……!」
の奥底に押し込めていた絶望と涙が、激流となって溢れしました。
「きて……きていてくれたのね……神様……!」
私は子どものように声を張りげて泣き崩れました。 警察官たちも息を呑み、静かに見守るしかありませんでした。
警察官のが、そっと私の隣にしゃがみ込みました。 袋をしたのに、古い真鍮のペンダントがありました。
「神堂さん、これをお返しします。倒れていたから、決してそうとしなかったものです」
震えるで、私はそのペンダントを受け取りました。
表面には無数の傷と、落ちない煤がこびりついていました。 留め具をけると、さく折りたたまれたが現れました。
血とにまみれ、端が擦り切れたを慎に広げました。
そこには、の私がいた文字が残っていました。 夫の欄には「条蓮」、妻の欄には「神堂美桜」。 提されることのなかった、あの婚姻届の控えでした。
反対側には、の私たちが並んで微笑む写真が収められていました。
蓮さんは、このペンダントを肌さず持っていてくれたのです。 記憶を失いかけていたはずのが、これだけを抱きしめ続けていたのです。
私はちがり、ふらつくで蓮さんの元へ歩み寄りました。 と油の匂いにまみれた体を、両腕でく抱きしめました。
蓮さんの体は驚くほど骨ばっており、凍りついていました。 しかし、胸の奥からは確かに力い鼓が伝わってきました。
きていました。 蓮さんは確かに、私の腕ので息をしていました。
「美桜……温かいな……」
蓮さんはかすれた声で呟き、両腕を私の背に回そうとしました。 骨と皮ばかりになったが、私のコートを々しく掴みました。
「ずっと探していたんだ……この名と、この笑顔を……」
蓮さんの声は次第に々しく、途切れがちになりました。 その瞬、蓮さんの体がぐらりときく揺れました。
私の肩に全体がかかり、激しい咳き込みが漏れました。
「蓮さん……!?」
私が支えようとしましたが、蓮さんの瞳からが急速に失われていきました。 青ざめていた唇が気に変わり、全の力が完全に抜けました。
「いけません、識が途絶えました!」 警察官が叫び、保護の扉が勢いよくけ放たれました。
救急隊員たちがストレッチャーを押して崩れ込んできました。
「血圧、体温も危険な準です! 湾岸央病院へ至急搬送します!」
切迫した指示がび交い、蓮さんの体が担架へ移されました。 その腕がわになった瞬、私は息を呑みました。
首には、期縛られていたようない拘束痕が刻まれていたのです。 皮膚は赤く爛れ、化膿した傷が痛々しく残っていました。
単なる漂流や事故の遺症ではありませんでした。 誰かがこのを傷つけ、過酷な所に閉じ込めていたかぬ証拠でした。
凍りついていた激しいりが、胸の奥底で炎となってちりました。
「私も救急に同乗します!」
私の凛とした声に、救急隊員は力く頷きました。 「わかりました、急いで乗り込んでください!」
のへびすと、サイレンの甲い音が夜のを切り裂くように鳴り響きました。
蓮さんは、のを超えて私の元へ帰ってきてくれました。 もう度と、このをしはしません。
どのような悪が蓮さんを奪っていたのか、必ず暴きしてみせる。 私は微かに呼吸する蓮さんのを握りしめ、固くに誓いました。
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