"五歳の母ちゃん" 第3話
らないはずの記憶
女の子は、母のことをりすぎていた。
母が好きだった茶の種類。父と初めて会った喫茶。俺が学の入学式で転んで、ランドセルをだらけにしたこと。楓がまれるに、母が買っておいた黄い毛糸の子のことまで、次々に話した。
「そんなの、どこかで聞いたんだろ」
俺はできるだけたく言った。そうでもしなければ、目のの女の子を母だと信じてしまいそうだった。
「誰から聞いたの?」
「それは……」
「シンジ、あんたはさい頃、母ちゃんのろをずっとついて歩いてたよ。買い物にくときも、洗濯物を干すときも。楓がまれてからは、お兄ちゃんらしくしなきゃってしてたね」
俺は返す言葉を失った。
母がくなったのは、楓がまれてもない頃だ。俺はまだ学で、母の記憶は鮮やかなようで、い返すと細かいところはしずつぼやけている。母と過ごしたを、誰かに話したこともほとんどなかった。
「ねえ、シンジ。お腹すいた。何かある?」
女の子は台所をのぞき込んだ。
「勝にのものをべるな」
「もう、そんな言い方しないの。子どもなんだから、ちゃんとべさせてあげなきゃ」
そう言いながら、彼女は蔵庫をけようとした。俺は慌ててにつ。
「君は子どもだろ。俺の母親じゃない」
「そうね。今はこの子の体を借りてるんだもの」
広告
その言葉に、俺はわず楓を見た。楓は女の子の袖をつまみ、配そうにしている。
「ねえ、母ちゃん。本当にずっと緒にいてくれる?」
女の子は楓を抱き寄せた。
「もちろん。今度は、ちゃんとそばにいるよ」
「でも、楓。お母さんはくなったんだよ」
俺が言うと、楓は顔を曇らせた。
「お兄ちゃんは、母ちゃんが嫌なの?」
「そうじゃない。だけど、母ちゃんは……」
「分かってるよ。シンジは昔から、寂しいって言うのが苦だったものね」
女の子の言葉に、胸の奥がざわついた。
夕方、俺は美咲に話をした。保育園で女の子が母親だと言いしたことについて、何かっているのか聞いた。
「名はリサちゃんです。最、転園してきた子ですよ。お母さんとは暮らしていなくて、お父さんが仕事で忙しいみたいです」
「庭の事は?」
「詳しくは聞いてないです。でも、普通の歳の子ですよ。楓ちゃんのお母さんだなんて、遊びのつもりじゃないかな」
俺もそういたかった。
話を切ると、リサは楓と緒にのを眺めていた。楓が作ったものを褒め、し曲がった根を丁寧に直している。
「母ちゃん、このおうち、私が作ったの」
「にできたね。シンジが伝ってくれたの?」
「うん!」
「そう。お兄ちゃん、昔から先が器用だったものね」
その声は、俺のっている母の声ではなかった。それでも、母が隣にいるような気がして、が揺れた。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
腎臓をあげた私に離婚届――夫の隣には若い女
三歳の娘を育てる裕子は、重い腎臓病になった夫・英司を救うため、自分の腎臓を一つ提供した。ところが手術後、体調を崩した裕子を待っていたのは、夫からの暴言と冷たい仕打ちだった。やがて英司は、若い女との新生活を理由に離婚届を突きつけ、娘まで奪おうとする。そんな裕子の味方になったのは、意外にも義母だった。命を救ってくれた妻を平然と捨てようとする夫。すべてを失いかけた裕子は、娘と自分の人生を守るため、反撃を決意する。夫婦|真実|裏の顔|真相|第二の人生1.4万字5 108 -
完結第12話
新婚旅行に便乗する義母を空港に残した結果
新婚旅行で大阪へ向かうみちると健二。ところが、何かと二人の予定に入りたがる義母・恵子が「私の航空券も買って!」と空港から電話をかけてきた。何度断っても諦めない義母を避け、二人は夜行バスで出発。これで夫婦水入らずの旅行になるはずだった。しかし恵子は、二人の荷物に目をつけ、とんでもない方法で後を追おうとする。さらに健二の友人・圭司の借金騒動まで絡み、大阪では思いもよらない珍事件が発生。暴走する義母と、それに振り回される人々のドタバタコメディ。嫁姑|夫婦|真相1.3万字5 140 -
完結第16話
午前3時、警察から「夫を迎えに」――私は独身なのに
神堂グループを率いる美桜のもとに、午前3時、警察から奇妙な電話が入る。「ご主人を迎えに来てください」。しかし、美桜は一度も結婚したことがなかった。保護された男性が持っていたのは、5年前の爆発事故で亡くなったはずの婚約者・一条蓮との婚姻届の控え。半信半疑で警察署へ駆けつけた美桜は、信じられない光景を目にする。空白の5年間に何があったのか。そして、なぜ今になって彼が現れたのか。かつての事故をめぐる疑惑と、身近な人物の隠された思惑が、少しずつ明らかになっていく。夫婦|裏の顔|真相2.7万字5 214 -
完結第12話
竹林の向こうの白衣
八歳のティアラは、重い喘息を理由に山奥の療養施設へ預けられた。だが本当の理由は、両親が天才と呼ばれる兄の教育に専念するためだった。家族に忘れられた少女を支えたのは、施設の人々と小児科医の竹之内先生。やがて彼女は自分の名前を変え、医師になる道を選ぶ。努力の末に脳神経外科医となった洋子は、ある冬の深夜、救急搬送された患者と向き合うことに。かつて自分を置き去りにした家族との思いがけない再会が、彼女の人生を大きく揺さぶり始める。兄弟姉妹|真相|絶縁|親子関係1.7万字5 109 -
完結第12話
結婚式に来ないと怒鳴る義母→義父「もう会場にいるぞ?」
母の美容院を継いだ誠は、医師の新と結婚して三年。夫婦仲は良好だったが、医者一家の義母からは学歴や職業を理由に見下され、嫌がらせを受け続けていた。そんな中、義弟の陸が看護師のかな子と結婚することに。義母は二人の豪華な披露宴を自慢し、誠への嫌味をますます強めていく。そして迎えた結婚式当日。朝早くから会場にいた誠のもとへ、義母から突然の怒鳴り電話がかかってきた。しかし、義父が電話を代わった瞬間、思いがけない事実が浮かび上がる。嫁姑|夫婦|真実|裏の顔1.6万字5 232 -
完結第10話
出産3日目、1億円の入金直後に夫が離婚届
娘を出産してわずか三日。病室で体を休めていた立花玲奈の口座に、父から譲り受けた株式の特別配当金、一億円が振り込まれた。その直後、見舞いに来た夫・直樹が突然離婚届を差し出す。しかも、財産分与として五千万円を要求し、自分の会社への融資継続まで求めてきた。夫の本性を知った玲奈は、追加融資と家族カードを止め、離婚に向けた準備を始める。ところが、カードの利用明細を調べると、身に覚えのない高級ホテルや宝飾店への支払いが次々と見つかり……。夫婦|真相|親子関係1.8万字5 146 -
完結第10話
正月の高級焼肉、嫁の席だけ外した義母の誤算
結婚して六年、藤森美代は毎年正月になると、夫の実家で親戚たちの世話を押しつけられていた。集合写真にさえ入れてもらえず、いつも一人だけ台所で過ごしてきた。今年は赤坂の高級焼肉店で集まると聞き、ようやく皆と食事ができると思っていたのだが、出発直前、義母から「嫁の分は予約してない」と告げられる。怒った夫はその場で帰宅を決意。ところが、二人が帰った途端、義母と義姉は思いがけない事態に追い込まれる。高級焼肉の予約に隠されていた、二人の本当の狙いとは……。兄弟姉妹|嫁姑|夫婦|ATM扱い1.7万字5 800