"母ちゃんへの三千円" 第11話
始発の急と握りしめた切符
夜がけるの午、田区の町の角は、鉛の静寂に包まれていた。
階の畳では、吉雄がほとんど眠れぬまま、充血した目で支度をえていた。万の端に置かれたリンゴ箱から、着替えとぬぐいをさな革鞄に乱暴に詰め込む。指先が寒さのせいか、それとも恐怖のせいか、刻みに震えて止まらなかった。
『ハハ タオレタ スグ カエレ』
昨夜届いた報の、カタカナ数文字のたい印字が、まぶたの裏に焼き付いてれない。
(母ちゃん、なねえでくれ……頼むから、俺が着くまできててくれ……)
ので何度もそう叫びながら、学の着に腕を通した。
きしむ階段を忍びでりると、の台所にぼんやりとかりが灯っていた。
暗い裸球のにっていたのは、掛け姿のおかみさんだった。ちる湯気の向こうで、いおにぎりをアルミ箔に包んでいる。その横のさな丸子には、すでに作業着を着込んだ親方が腕を組んで腰掛けていた。
「親方……おかみさん……」
吉雄がち尽くすと、親方が無言でちがった。
節くれったきなをポケットに突っ込み、枚のい切符と、い封筒を取りして吉雄の胸元へ突きした。
「野からる発の急『津軽』の切符だ。自由席だが、めに並べば座れる。
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それと……これを持ってけ」
吉雄はおずおずとい封筒を受け取った。ずっしりとしたみがある。を覗くと、聖徳太子の千円札が枚——万円ものが入っていた。
「お、親方! こんな、受け取れません! 俺、昨料もらったばかりだし、実にも送ったばかりで……!」
卒の僧のの倍以だ。さな町にとって、万円の現をぽんとすことがどれほどいことか、半帳簿の端っこを見てきた吉雄には痛いほど分かっていた。
「馬鹿野郎」
親方のく太い声が、に響いた。
「お袋さんが倒れたんだぞ。薬代だの入院費だの、田舎の病院だってタダじゃねえ。おが送った千円ぽっちでりるわけねえだろうが。……これは料の借りだ。お袋さんの顔を見て、落ち着いたら戻ってきて、旋盤回して体で返せ。分かったな」
親方はそれだけ言うと、照れ隠しのように顔を背け、吸いかけの煙にをつけた。
おかみさんが、まだいおにぎりの包みと、筒を吉雄の革鞄に押し込んでくれた。
「吉雄ちゃん、これでべなさい。しっかりしなきゃ駄目だよ。あんたは坂本の男なんだからね。お母さんをさせてあげるんだよ」
「……はい! 親方、おかみさん、ありがとうございます!」
吉雄はに膝をつき、額が叩きに触れるほどくをげた。
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表にると、耕平さんと武夫さんがので待っていた。
「吉雄、野まで送ってやる。荷台に乗れ」
耕平さんが実用自転のペダルにをかけ、招きした。
吉雄は耕平さんの背にしがみつき、朝番のたいのを駅へと疾した。
京浜線にび乗り、野駅に着いたのは半過ぎだった。
巨なドーム状の井を持つ野駅のコンコースは、朝からきな荷物を抱えた々でごった返していた。番線ホームへ駆け込むと、青森きの急『津軽』が、蒸気をシューシューと吹きしながら発を待っていた。
「吉雄、しっかりな! お袋さんのこと、祈ってるからな!」
改札の向こうでを振る耕平さんの姿を見届けると、吉雄は客のい座席に滑り込んだ。
午ちょうど。
ガタリと体が揺れ、い汽笛とともに列がへ向かってきした。
窓のを流れる京の並みは、オリンピックの狂を引きずったまま、急速にざかっていく。
吉雄は親方から渡された万円の封筒を胸ポケットのからく押さえ、祈るように目を閉じた。
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