"最後の伝書鳩" 第5話
の裏
油を包むが濡れて、結び目がうまく締まらなかった。関は布で指を拭き、もう度やり直した。鳥の脚へ結び終えると、筒が羽に引っかからないか確認する。さな失敗ひとつで、命が届かなくなる。
の裏へ図をく、関は何度も鉛を止めた。正確にけば敵にも読める。曖昧にすれば救援隊が迷う。形の名を使わず、川の曲がり方や岩の形を目印にしたのは、現を歩いた者なら分かると考えたからだった。
彼は最に、報告をへかざした。裏面の文字は表の印刷を透かしていたが、読み取れないほどではない。を折れば隠せる。だが、折ったまま誰にも読まれなければ、いたがなくなる。関は折り目をつけず、油で包むことにした。
関は、の名をく順番を名簿にわせた。から順に、所属と階級を確かめていく。川原軍曹の名をいた、彼は線がし曲がったことに気づき、を押さえ直した。
田島等兵の名の横には、関の記憶にある妹たちの顔が浮かんだ。岸の名には、焦がしたで作るという甘くない菓子の話がよみがえる。名はただの文字ではない。きながら、そのが戻ったにするはずだった話まで、に浮かんでしまう。
輪は、関が裏面に図をき終えるまで黙っていた。
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最の文を読み終えた、彼は報告用をすぐに畳まず、しばらく机に置いたままにした。
「誰かが読むとは限らんぞ」
「はい」
「読んでも、助けるとは限らん」
「はい」
「それでも名をいたのか」
関は、鉛を置いた。
「名まで消えるのは、嫌でした」
輪は、報告をす刻を没までと定めた。
それまでに全員が峠の向こうへ移し、通信所も撤収する。鳩をばすなら、そのに決めなければならなかった。
関は、から聞こえた銃声のを考え続けた。最初の発は川原たちの図だった。の発と発は違う。敵が聞きつけて模倣したのか。川原たちが図を変えたのか。それとも別の部隊がづいているのか。
輪は、すぐにかなかった。
「確かなものがない」
彼はそう言った。
「確かめにくにはがない」
「なら、鳩をばせばいいんです」
「羽しかいない」
「だからこそです」
輪は険しい目を向けた。
「羽しかいないから、軽々しく使えない」
関は黙った。
佐伯は無線の部品を布で拭いていた。受信は瞬だけ雑音のに声を拾ったが、すぐ途切れた。若い兵が「第分隊かもしれません」と言ったものの、佐伯は首を振った。
「誰の声か分からん。期待だけで判断するな」
そのの夕方、担架で運ばれていた兵士のが息を引き取った。兵は、残った薬を分けるために仲の胸ポケットを探った。
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所持品からてきたのは、さな族写真だった。
関は、その写真を見ないようにした。
自分の報告にこうとしているのにも、誰かの父親や兄がいる。名をつずつけば、そのことがはっきりする。数だけなら「名未帰還」で済む。名をけば、誰かがその名を呼ぶことになる。
が沈みかけた頃、の向こうから布が揺れた。
い布ではなかった。川原が持っていた、濃い茶の背嚢の覆いだった。岩から度だけ現れ、すぐに引っ込んだ。
関は、目を凝らした。
その、布はもうてこなかった。
「見たか」
輪が尋ねた。
「はい」
「敵の偵察かもしれん」
「川原軍曹が使っていた布です」
「確かか」
「はい」
輪はしばらくを見つめていた。やがて図を折り、報告の表面を確認した。
「正面には、命令どおりの数をけ。裏には、未帰還者の名と位置だけをく」
「の図も」
「それが本当に図だと確かめられるか」
関は答えを探した。
「確かめられません」
「なら、くな」
輪の声はかった。
関は報告を見つめた。名簿には、第分隊の名が並んでいる。彼らが戻らなければ、この名は次第にれ、やがて数字に置き換わるだろう。
「名だけでもかせてください」
輪は目を閉じた。
「おがいたと分かる形で残せ。責任を誰かに押しつけるな」
「分かりました」
関は鉛を裏返した。
まず、位置をいた。カヤンの側、つに割れた岩壁の。次に、へ入るを記した。輪が示した炭焼きを通り、枯れ沢を度渡る。敵の見張りがいる尾根は避ける。
最に、の名をずついた。
川原軍曹。
田島等兵。
岸等兵。
宮本等兵。
関のは、最の名のところで止まった。
報告には、もうく所がなかった。彼はの余をし回して、い文を添えた。
「を確認できずとも、未帰還の名を戦者の数に含めないでください。私は命令にない記載をしました。責任は関清が負います」
輪は、その文を読んだ。
「それを裏にく必はない」
「で、誰がいたか分かるようにします」
「名を残すなら、表にけばいい」
「表には、残せないと言われました」
輪は何も言い返さなかった。
関はを折り、油で包んだ。トキの脚に結ぶさな筒へ入れる。鳩の胸は、籠ので静かにしていた。
空は暗くなり始めていた。はまったが、から吹きろすはい。
「ばすのか」
輪が尋ねた。
関は、鳩籠の戸にをかけた。
「はい」
「戻らなかったら」
「報告は届きません」
「敵に落とされたら」
「位置をられます」
「それでもか」
関はトキを抱きげた。鳥の体温が、濡れた袋越しに伝わってくる。
「が、まだ帰っていません」
輪は止めなかった。
関はの方へ向き、腕を伸ばした。
トキは度、彼の指をつついた。
それから、のへびった。
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