"最後の伝書鳩" 第10話
鳥籠のない
関は、の板をすに毎朝、庭の餌箱を見た。鳥が来ることはなかったが、箱の底にはがたまらないようさな穴をけてあった。帰る所を用しても、戻るかどうかは相が決める。父から教わったことを、彼は今も忘れていなかった。
戦、関は何度かので、鳥籠の戸をけた。鳥がびつと、空の向こうではなくへ向かっていく。のの関は、それを止めることができない。目を覚ますたび、彼は枕元のをみ、父の餌箱が庭にあることを確かめた。
妻は、彼が戦の話を避けていることに気づいていた。けれど、無理に聞かなかった。ある晩、関が「鳩は帰る所をっている」と呟いた、妻は「帰る所が分からなくなったら、誰かが教えてくれるよ」と返した。関はその言葉を、い忘れなかった。
関の父がくなったのは、彼が戦へているだった。母から届いたには、鳩舎の世話をする者がいなくなり、残った鳥を所へ譲ったとかれていた。関はそのを何度も読み返したが、返事はせなかった。
帰郷したに、母は息子の軍を見て泣かなかった。を脱がせ、破れた袖を繕い、卓に温かい飯を置いた。戦で何があったか尋ねる代わりに、「鳩は全部いなくなったよ」と伝えた。
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関は、父が使っていた餌箱を捨てられなかった。の底には、何もにいた「トキ」の文字がく残っていた。あのトキではなく、別の鳩につけた名だったかもしれない。それでも彼は、箱を洗って庭の隅へ置いた。
自転を始めてからも、客の子どもが先で鳩を追いかけると、関は「追うな。帰るを見失う」と声をかけた。子どもはが分からず笑って逃げていく。関は、そのろ姿を見ながら、戦のをいしていた。
川原からのが途絶えたも、関は所録を捨てなかった。いつかの誰かが、あの報告の話を聞きに来るかもしれないとっていた。
終戦からが過ぎた頃、関は故郷へ戻った。
の裏にあった鳩舎は、空襲で半分焼けていた。父は戦争にくなり、残った鳩もほとんどいなくなっていた。関は壊れた板をし、使えそうなものだけを庭の隅へ積んだ。
母は、息子が戻ったことをんだが、関の戦での話を聞こうとはしなかった。
「帰ってきたんだから、もういいよ」
それだけ言って、卓に噌汁を置いた。
関はさな運送会社で働き始めた。夜になると、に鳩の絵を描くことがあった。描き終えると、すぐに破って捨てた。
ある、郵便で通のが届いた。
差は川原だった。便箋にはい況と、会いたいという言葉がかれていた。
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関は返事をき、は数かに町の堂で会った。
川原は、戦にいた頃より痩せていた。腕は完全にはがらず、のには痛むという。
「おの処分、まだ納得していない」
席につくなり川原は言った。
「もう終わったことです」
「俺たちの名は、記録に残ったのか」
「分かりません」
「本部の記録に、分の名が残っているかどうかだ」
関は、答えられなかった。
あのをにした者が、裏側まで読んだかどうか。名をき写したか、破り捨てたか。彼はらない。
「俺は、あのおを責めた」
川原が茶をんだ。
「助けに来た隊が敵に見つかれば、だけでなく、もっとくがぬ。そう考えていた。おが勝に鳩をばしたと聞いて、腹がった」
「当然だといます」
「だが、の裏に名があった。それを見た、あのまま消えてしまうのが怖かったんだとった」
川原は窓のを見た。
「きて帰れたから、俺たちはそののことを話せる。帰れなかった者の名は、誰が覚えているんだろうな」
関は黙っていた。
川原は、最につだけ聞いた。
「鳩の名は何だった」
「トキです」
「そうか。トキか」
川原は、その名を何度かので繰り返した。
それから、は戦の話をしなくなった。
昭代に入ると、関は結婚し、子どもがまれた。運送会社を辞め、さな自転を始めた。
鳩舎は建て直さなかった。庭の隅には、父が使っていた古い餌箱だけが残った。
戦友会の案内が届くことはあったが、関はほとんど席しなかった。戦友たちのには、彼を見ると「報告を改ざんした伍」と冗談めかして言う者もいた。悪のない言い方だと分かっていても、関は笑えなかった。
「お父さん、鳩を飼ってたの?」
息子に尋ねられた、関は「昔な」とだけ答えた。
「どうしてやめたの」
「帰ってこない鳥もいるからだ」
息子は、それ以聞かなかった。
関は、トキのことをいすたび、あのの裏にいたの名をい浮かべた。彼らが全員戻ったことはっている。けれど、がどこへったのか、誰が保管したのかはらないままだった。
は過ぎた。
関の髪はくなり、川原からのも途絶えた。輪尉がくなったと聞いたのは、昭代の終わりだった。佐伯の消息は分からなかった。
戦争の話をするがなくなるにつれ、記録に残らなかったことは、初めからなかったことのようになっていった。
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