"卒業写真の空いた席" 第2話
紹介状の宛先
へ向かうで、私は澄の学代をいしていた。彼女は運会のリレーで転んだ子の荷物を、競技が終わるまで緒に持っていた。目ちたがりではないが、目ので困っているを放っておけない子だった。成績がよくても、の事を盾にへ反抗することはなかった。だからこそ、私に向かって「全部渡さないで」と言ったのが、ただの満には聞こえなかった。
私は担任として、彼女の就職先を調べる義務があるのか、個な配で踏み込みすぎているのか、自分でも決められなかった。学が庭のの使いにをすことはできない。けれど、紹介状をいた教師として、らないふりをするのも違う。そう考えながら、解けのを踏んで歩いた。
翌朝、私は佐伯のへ向かった。解けがの端を流れ、田んぼにはまだい氷が残っていた。の煙突から煙はていたが、戸を叩いても返事がない。所の女性が、納の脇から顔をした。
「澄ちゃんのお母さんなら、駅へったよ。京へ送る荷物をしに」
「本はもうたんですか」
「夜の汽だって聞いたけどね。あの子、卒業式もられないんだって?」
私は答えられなかった。玄関の戸には、さな荷札が枚、釘に引っかかっていた。京の会社名と、寮の所がかれている。
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裏には、母親の字で「毎の料は、こちらへ」と別の所が記されていた。墨田区ではなく、川崎の個宅だった。
私は荷札をもう度確かめた。青葉縫製の寮は墨田区、坂商事は川崎。都内から通うにはすぎる距ではないが、同じ雇い主の所としては説がりない。母親がいた字は、慌てて付けしたようにがりだった。荷物の宛名は母親の字、裏の送先も同じ跡。誰かにかされたのではなく、自分で宛先を指定したのかもしれない。そううと、今度は母親が何をっているのかが気になった。
私は、卒業のを記録する台帳を持ち歩いていた。ひとりの徒が就職先を変えれば、学と職業定所に届ける決まりがある。けれど、澄の台帳には変更の記録がない。彼女が予定どおり青葉縫製へったなら、族の荷札に別の所がかれる理由は何だろう。
母親がいた「こちらへ」という言葉のには、何の説もなかった。受取の名も、どういうなのかもない。ただ所だけが残っている。私は計のしにするための送先だろうとった。けれど、なぜ川崎の個宅なのか。青葉縫製の寮かられた所なのか。疑問を並べるほど、あの朝、澄の話を聞き逃したことが悔やまれた。
母親がいた「こちらへ」
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という言葉のには、何の説もなかった。受取の名も、どういうなのかもない。ただ所だけが残っている。私は計のしにするための送先だろうとった。けれど、なぜ川崎の個宅なのか。青葉縫製の寮かられた所なのか。疑問を並べるほど、あの朝、澄の話を聞き逃したことが悔やまれた。
その所を見たとき、澄の言葉がに戻ってきた。母には全部渡さないでください。
駅の郵便局で、私は局員に事を尋ねた。もちろん、の送記録を見せてもらえるはずはない。ただ「このに京から何度か留が届いたことはありませんか」と聞いただけだった。
「所が分かっても、受取のことはお話できません」
局員は困った顔で答えた。私はそのとおりだとい、引きがった。かわりに、荷札にあった川崎の所を帳に写した。そこが何なのか、確かめる必があった。
郵便局をると、通り向こうの商で母親が買い物をしているのが見えた。私は声をかけようとしたが、彼女のには米の配券と、妹のしい靴があった。所のことを尋ねれば、また計の話になる。彼女が何をり、何をらないのか、私にはまだ分からなかった。
学へ戻ると、は職員で卒業証の箱を数えていた。
「佐伯の証はどうしますか」
「あとで母親に渡せばいい」
「就職先に送る方法もあります」
「本が卒業式になかったのは、庭の都だ。学が追いかける話ではない」
は箱のふたを閉めた。私は、追いかけるための理由を探しているのではなかった。なくとも、そう自分に言い聞かせた。
職員の隅では、律子が卒業式の練習用に借りたい袋を、ひとりで畳んでいた。澄と同じく、学を諦めて町の製材所に勤めることになっている。
「先、澄さんから何か聞いたんですか」
「どうしてそううの」
「昨、机のにこれがありました」
律子が差ししたのは、破れた封筒の切れ端だった。青葉縫製の社名が印刷され、裏面には寮の所がある。封筒の表には、鉛で「川崎の坂さんへ」とかれていた。
「坂さんって誰?」
「澄さんのお姉さんが京で働いていたころ、を預けていただそうです。お姉さんは、3に帰ってきたって聞いてました。でも、澄さんは『帰ってきてない』って」
律子は声を落とした。
澄には2つの姉、文子がいた。私がこのへ赴任したころには、すでに京で働いていた。族は「縁談があって、向こうで暮らしている」と話していた。賀状は毎届くと、母親が言っていた。私は疑ったことがなかった。
「文子さんのを見たの?」
「度だけ。澄さんが見せてくれました。
字が違うって言ってました」
を受け取ったの字と、本の字が違う。そんなことは、いくらでもある。けれど、澄が発に私へ言おうとしたことと、川崎の所と、帰っていないという姉の話が、ばらばらのままではいられなくなった。
私は職業定所へ話をかけた。交換に何度かつないでもらい、ようやく担当者がた。青葉縫製は、求票に載ったとおりの会社だった。ただ、寮の管理は「坂商事」という仲介業者がっているという。
「坂商事の所は川崎ですか」
話の向こうがし黙った。
「そこまでは、こちらの紹介類にはありませんね。会社の所は墨田区です」
紹介状の所と、母親がいた所が違う理由は分からない。それでも、坂商事という名だけは見つかった。
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