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"二十通の辞表" 第1話

老舗料亭の広にう枚の片

の夕暮れ、創業百の歴史を誇る老舗料亭『綾瀬楼』の広には、張り詰めた糸のような異様な静寂が満ちていた。

のには、急逝した先代社——私の祖父である綾瀬惣郎がしたの掛け軸が静かに掛かっている。政財界の鎮や文化にされ、格式いおもてなしのとして伝統を紡いできたこの所で、いま、品性のかけらもない品な声が響き渡った。

「こんな卒の娘の指図で、誰が包丁を握れるかってんだ! 俺たちのベテラン板全員、今限りでこのを辞めさせてもらう!」

気を帯びた声を張りげたのは、く厨の頂点に君臨してきた総料理・黒岩だった。代半ばの肥満した体を揺らし、酒焼けした赤ら顔に酷な笑みを貼り付けている。

黒岩はの胸ポケットからい封筒を荒々しく引き抜くと、私の目のの漆塗りの座卓へと叩きつけた。パシィンと甲い乾いた音が、静まり返った広に無作法に響く。

それを図にしたかのように、黒岩のろに列していたの板たちが、嘲笑交じりに次々と懐から封筒を取りし、私の元へ投げ捨てていった。

バサバサと音をてて積みがっていく、枚もの退職届。

「はうちの創業百周を記する宴会だ。

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政財界のトップや企業の役員が百も集まるれ台なんだろ? 料理ゼロの調理で、せいぜい泣きっ面晒してどうにかしてみろ!」

黒岩の取り巻きである煮方の男が、品にゲラゲラと笑い声をげた。

「おいおい、に。今頃になって事のさに気づいて、腰を抜かして声もねえのかよ」

「お嬢ちゃん、おままごとの社ごっこはこれで終わりだ。世らずの卒女が、名料亭の簾を守れるわけがねえんだよ」

板たちの刺すようなたい線が、斉に私へと注がれる。彼らにとって、歳の若さで跡を継いだ私は、ただの世らずで扱いやすいお飾りの娘に過ぎなかったのだ。

の百周記宴会は、綾瀬楼にとって絶対に失敗が許されない最の局面だった。ここで料理がせなければ、創業以来百にわたって築きげてきた信用は晩でに堕ち、額の違約と損害賠償では即破滅に追い込まれる。

だからこそ彼らは、このの夕方という、逃げも代役の配も完全に塞がれた最悪のタイミングを狙い澄まして、クーデターを仕掛けてきたのだ。

「……総料理」

私はく息を吸い込み、畳のに散らばった枚の封筒へと線を落とした。

「の宴会には、先代の頃からお世話になっている切なお客様が百名もお見えになります。

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いま皆様に抜けられては、切なお席にお料理をおしすることができなくなってしまいますが」

私の落ち着いた声音に、黒岩は勝ち誇ったようにの穴を膨らませた。

「分かってんじゃねえか! 困るだろ? を潰したくねえだろ? だったら話は簡単だ。今すぐそのでを擦りつけて、俺たち全員に座して謝れ!」

黒岩は私の先へと太い指を突きつけた。

「これまでの気なしを詫びて、今の経営も仕入れも、料理に関わるすべての権限をこの俺に任すると誓え! 料も全員今の倍に引きげろ! そうすりゃ、の宴会だけは腕を振るって助けてやってもいいぜ?」

周りの板たちからも「そうだ、座しろ!」「女のくせに調子に乗るからだ!」と野卑な歓声ががった。

男社会の調理で功序列にあぐらをかき、若を鳴り散らして甘い汁を吸い続けてきた男たちの、醜い本性が剥きしになっていた。彼らは、私が恐怖に震えて泣き崩れ、元にすがりついて許しを乞う姿を確信していたのだ。

しかし、私の胸ので湧きがっていたのは、恐怖でも絶望でもなかった。

半、ずっと耐え忍びながら待ち望んでいた瞬が、向こうからび込んできたのだという、澄み切った確信だった。

私は着物の乱れをそっと直し、すっと背筋を伸ばした。

そして、ゆっくりと顔をげ、黒岩の濁った瞳を正面から見据えて、穏やかに微笑んでみせた。

「分かりました。皆様のお気持ち、そして覚悟は、確かにこので受け取りました」

「あ……?」

黒岩の得げな笑みが、審そうにわずかに引きつった。

「お返事は、の朝にお伝えいたします。今夜はどうぞ、ごゆっくりお休みくださいませ」

「……へっ、がりやがって!」

黒岩は忌々しそうに舌打ちをすると、肩をらせて踵を返した。

「どうせ夜になったら、泣きべそかいて話で縋り付いてくるに決まってる! くぞ、野郎ども! 今夜は祝いだ、パーッとみにくぞ!」

どやどやと品な音をてて、の板たちが広からっていった。

静まり返った広には、散乱した枚の辞表と、静かに座り続ける私だけが残された。

誰もらなかったのだ。

この枚の辞表こそが、彼ら自のに決定な引導を渡し、翌朝の綾瀬楼に代未聞の奇跡を呼び寄せる引きになるということを。

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