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"二十通の辞表" 第3話

夜の調理との腫れた指

が吹き始めたの夜。

仕込みの終わった綾瀬楼の調理は、ひんやりとした静寂に包まれていた。

社での経理作業を終えた私が、見回りのために勝の廊を歩いていると、厨の片隅から、押し殺したようなすすり泣きの声が聞こえてきた。

暗いかりの、まな板のにうずくまるようにしゃがみ込んでいたのは、入社目の見習い調理師・佐藤健太だった。まだ歳の、料理に対して誰よりも真っ直ぐな瞳をした青だ。

「佐藤君……? こんなまで、どうしたの?」

私が声をかけると、佐藤君はびくっと肩をねげ、慌てての袖で目元を拭った。

「あ……若女将! す、すみません! すぐに片付けますから……!」

ちがろうとした佐藤君の元がおぼつかず、よろりとをついた。その元を見た瞬、私はわず息を呑んだ。

彼の両の差し指と親指の皮がボロボロに剥け、豆が潰れて真っ赤に腫れがっていたのだ。

調理台のには、削り器と、巨な麻袋に入った量の鰹節が積みになっていた。

「これ……どうしたの、その」

私が首を取ると、佐藤君は痛みに顔を歪めながら、悔しそうに唇を噛み締めた。

「……総料理から、の朝までに、汁用の鰹節をキロ分、すべて作業で削っておけって命じられたんです。

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『削り器なんぞ使うな、の覚で削らなきゃ良い汁はねえ』って……。でも、もう指が痺れて、力が入らなくて……」

キロの削り。

それは、熟練の職であっても丸かかる労働であり、見習いへの指導などではなく、単なる悪質な虐待だった。

「総料理たちは……夕方の仕込みが終わったら、自分たちだけさっさと馴染みのクラブへみにってしまって……。残った僕たち若い見習いにだけ、すべての片付けとの仕込みを押し付けるんです」

佐藤君の瞳から、粒の涙がポロポロとこぼれ落ち、まな板を濡らした。

「それだけじゃありません……。僕、見ちゃったんです。総料理が、のおで仕入れた最級の黒毛牛や然の老を、自分の発泡スチロール箱に詰めて自宅へ持ち帰っているところを……。入りの『黒産』っていう業者から、裏で分い茶封筒を受け取っているところも……」

佐藤君は震える両で顔を覆い、しゃがみ込んだ。

「悔しいんです……。僕、先代の旦様の料理にして、ここに入社したんです。それなのに、あのたちは旦様が切に守ってきた伝統のをどんどんめて、い調料で誤魔化して……! 真面目にやろうとする僕たちを殴って笑うんです……! 僕、もう限界かもしれません……」

絞りすような青の叫びが、夜の厨に痛々しく響き渡った。

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私は佐藤君のに静かにしゃがみ込み、バッグから温かいお茶の保温ボトルを取りして、彼ののひらに握らせた。

「佐藤君。痛かったね。……よく、今まで耐えてくれたわ」

「若女将……」

私は佐藤君の腫れがったをそっと包み込み、その真っ直ぐな瞳を逃げずに見つめた。

「料理をからして、お客様のために汗を流す真面目なが踏みにじられるようななんて、私は絶対に許さない。先代が命を懸けて守ってきた綾瀬楼のを、私利私欲のために汚すを、このままにしておくつもりはないわ」

私の揺るぎない声に、佐藤君は息を呑んだ。

「あとしだけ、私を信じて耐えてくれる? あなたのような若い料理が、胸を張って本物の料理を作れる所を、私が必ず取り戻すから」

佐藤君は溢れる涙を拭い、力く頷いた。

「はい……! 若女将、信じます……!」

その夜から、私の本格な調査が始まった。

夜、施錠した社に籠もり、過分の仕入れ伝票、棚卸し表、納品、そして黒岩が贔屓にしている産卸『黒産』との取引細を、文字ずつ徹底に照していった。

帳簿の表面は、見するときれいに辻褄がわされていた。しかし、材の相と歩留まりを熟している私の目を誤魔化すことはできなかった。

特等品の真昆布を発注したことにして帳簿に記載し、実際には等検の端材を納品させて、差額の現を黒岩がキックバックとして受け取る。

さらに、しない級魚の仕入れを偽装した架空発注。

その被害総額は、過だけで千万円くに達していた。

それだけではない。黒岩のパソコンの通信履歴を部の専業者に解析させた結果、綾瀬楼が百守り続けてきたの『秘伝の割り』と『煮物汁の調比率』のデータを、ライバル関係にあるチェーンへ千万円で売りばそうと交渉していた々しいメールの控えまで見つかったのだ。

私はを押し殺し、徹にその事実を学ノートに記録していった。付、額、関与した業者、座の履歴。

そのノートが冊目に達した、の夜空が々とけ始めていた。

すべてを終わらせるための証拠は、完全に揃った。

あとは、彼ら自が自ら罠へとび込んでくる瞬を待つだけだった。

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