"二十通の辞表" 第14話
の息吹と受け継がれる包丁
黒岩派の追放から半が過ぎ、綾瀬楼には柔らかなの陽がり注いでいた。
庭の枝垂れ桜が淡いピンクのびらをほころばせ、清らかな錦鯉が泳ぐ池の面を揺らしている。
「汁の引き方、もう度確認します! 利尻昆布の表面の汚れを固く絞った濡れ布巾で拭いたら、度の温度でかけて旨を抽すること。沸騰直に引きげるタイミング、秒単位で見極めてください!」
厨の央で、きびきびと指示をしているのは、歳になった副料理・佐藤健太だった。
現の厨には、子玄先の推薦によって全国から集まった、い志を持つ代から代半の若き料理たちが名、ききとした表で持ちを守っていた。
号や理尽な雑用で若を潰すような悪習は完全に撤廃され、技術と識をオープンに教えい、互いに切磋琢磨する清々しい空気が満ち溢れている。
「副料理、鯛の昆布締め、がりました! 見をお願いします!」
「うん、良い締め具だ。の弾力が完璧に残ってる。この調子で盛り付けに入って」
確に指示をす佐藤君の姿には、かつての怯えた見習いの面はどこにもなかった。若女将である私ので、そして子先の直々の指導を受けながら、彼は綾瀬楼の次世代を担う堂々たる職へと急成を遂げていたのだ。
広告
予約帳をけば、向こう先まで全国の通からの予約でびっしりと埋まっていた。
「百周をに、綾瀬楼の料理が劇に化した」「奇をてらわず、材の命を極限まで引きした本物の本料理がわえる」という評判は、料理評論や雑誌のコミを通じて瞬くに広がり、今や国内から流の美たちが押し寄せる超気となっていた。
仕入れルートも完全に刷した。
黒産のような悪質な業者をすべて排除し、私が修代にお世話になったの漁師、の競り、京都の野菜農から直接買い付ける産直ルートを確した。
品質は以の数倍にねがり、マージンを抜きしたことで原価率は適正化され、の利益率は過最を記録していた。その利益は、すべて若料理たちの与や労働環境の改善、そして最級の調理器具の導入へと惜しみなく還元されていた。
夕方の仕込みが段落した頃、私は厨の勝の縁側に腰掛け、休憩を取っていた。
隣に、お茶の入った湯呑みを持って佐藤君がやってきた。
「若女将、お疲れ様です。お茶、どうぞ」
「ありがとう、佐藤君」
湯呑みを受け取ると、ふわりとばしいほうじ茶のりが腔をくすぐった。
佐藤君の元に線を落とすと、かつて豆が潰れて血が滲んでいた指先は、く引き締まり、職特の美しいタコができていた。
広告
「佐藤君、毎朝くから遅くまで、本当にありがとうね。あなたがいなかったら、今の綾瀬楼は絶対にあり得なかったわ」
私がからの謝を伝えると、佐藤君は照れくさそうにを掻き、それから真剣な差しで私を見つめた。
「若女将、僕の方こそ……あの夜、若女将が僕のを握ってくださらなかったら、僕は料理を辞めて、自分のを諦めていました。あの、若女将が見せてくださった本物の包丁さばきと、材への敬……あれが、僕ののすべてを変えてくれたんです」
佐藤君はく礼した。
「僕、このについていきます。旦様が遺し、若女将が取り戻してくださったこの綾瀬楼のを、命を懸けて守り続けます」
その真っ直ぐな言葉に、胸の奥がくなり、界がじんわりと滲んだ。
利権やプライド、保のためにを傷つける者が栄えることなど、決してあってはならない。
誠実に汗を流し、目のの命とお客様に向きい続けるこそが、最に必ず報われるのだ。
の柔らかな夕が、庭の桜のびらをふわりと巻きげ、私たちの元へと届けていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
離婚半年後、元義母が私の新居を奪いに来た
離婚から半年。十歳の娘ユアと新居で暮らし始めたゆいのもとへ、元義母の智恵子が引っ越しトラックを連れて現れた。「今日から同居ね」と一番広い部屋を使おうとする智恵子は、その家を息子が買ったものだと信じ込んでいた。実際には、ゆいが自分の収入で購入した家だった。離婚の事実を告げても引き下がらず、今度は不倫を疑い始める元義母。さらに、元夫が隠していた裏切りまで明らかになり、ようやく手に入れた母娘の平穏な暮らしが脅かされていく。嫁姑|裏の顔|絶縁|金銭問題|不倫2.0万字5 32 -
完結第15話
正月、娘を家政婦扱いした義実家――私が下した決断
43歳のゆり子は、13歳の娘・美咲を連れて再婚した。しかし、結婚前は優しかった夫の賢二は、家事を押しつけ、娘の食事まで平気で奪うようになる。 迎えた初めての正月。夫の実家へ帰省した母娘を待っていたのは、休む間もない家事と姑からの冷たい仕打ちだった。さらに元旦、親戚の子どもたちがお年玉をもらう中、美咲だけが「他人だから」と仲間外れにされてしまう。人生逆転|嫁姑|夫婦|第二の人生|絶縁|親子関係1.9万字5 153 -
完結第15話
義母の老人ホーム代120万円を勝手に約束した夫
医療機器メーカーで働く結衣は、結婚以来、夫の翔太と義母の幸子に頼まれるまま、家電の買い替えや旅行代を負担してきた。月7万円の仕送りも、半分出すと約束した夫は一円も払わない。それでも家庭を壊したくない一心で我慢していたが、義母はついに結衣の勤務先へ送金を催促する電話をかけてくる。さらに夫は、義母が希望する高級老人ホームの入居金120万円まで、結衣に無断で支払う約束をしていた。夫のスマホに届いた一通のLINEをきっかけに、結衣は自分の人生を取り戻す決意をする。人生逆転|嫁姑|夫婦|絶縁|介護|金銭問題2.7万字5 1152 -
完結第15話
「このおばあちゃん、危ない」六歳の孫が見たもの
六十八歳の静子は、夫を亡くしてから一人暮らしをしている。近所の蛇田さんは、毎日のようにお菓子を配って歩く親切なおばあさん。ところが、六歳の孫・小春だけは、なぜか彼女を避けていた。 ある日、三人でスーパーへ出かけると、小春が突然、静子の手を引いて言った。 「ばあば、このおばあちゃん、あぶない」 その直後、店員に呼び止められた蛇田さん。小春はいったい何に気づいたのか。お菓子に隠された秘密と、一人暮らしの老人たちが抱える寂しさを描く物語。人生逆転|祖父母と孫|真実|真相1.6万字5 13 -
完結第15話
高齢女性を後回しにした受付――絵を替える女性の正体
町の内科クリニックに長年通う68歳の静子は、知人の山田さんが何度も診察の順番を飛ばされていることに気づく。受付の沼田は、特定の患者ばかりを優先し、理由を尋ねる山田さんには冷たい態度を取っていた。やがて山田さんは、受診することさえ怖くなってしまう。心配した静子が付き添った日、山田さんの顔色が急に悪くなるが、受付は取り合おうとしない。そんなとき、待合室で絵を掛け替えていた一人の女性が口を開く。その何気ない一言から、長年見過ごされてきた受付の問題が明らかになり始める。人生逆転|介護|金銭問題1.4万字5 89 -
完結第15話
生活費を奪って消えた母、20年後の再会で私が頼んだもの
小学四年生の秋、美咲の母は家の生活費と預金を持ち去り、突然姿を消した。残された父は工場で懸命に働きながら娘を育て、給料日には食堂へ連れていってくれた。「好きなものを食べなさい」と笑う父が、自分のために頼むのはいつも水だけだった。苦しい日々を二人で乗り越え、大人になった美咲の前に、長年音信不通だった母が現れる。何事もなかったように振る舞う母を、美咲は高級レストランへ誘った。そこで彼女が選んだものには、父と過ごした忘れられない日々への思いが込められていた。夫婦|絶縁|親子関係|金銭問題1.9万字5 487 -
完結第15話
看護師を捨てた元彼、10年後に妹の名刺を踏みつけた
看護師のヒナは、起業を夢見る恋人・大志を支えるため、夜勤を増やして生活費を払い、家事も一人で引き受けていた。ところが大志は事業に成功すると、社長令嬢との婚約を決め、ヒナを一方的に捨ててしまう。それから10年。偶然再会した大志は、独身のヒナを見下し、看護師の仕事まで大声で馬鹿にし始めた。そこへ現れた妹の桃が、冷静に言い返す。しかし大志は、桃が差し出した名刺を床に落とし、靴で踏みつけてしまう。その名刺が何を意味するのか、知りもしないまま……。因果応報|兄弟姉妹|夫婦|絶縁|金銭問題|不倫1.6万字5 429