"昭和35年、上野駅に現れた二人の「ハルコ」" 第4話
かれた帰郷
私は、自分が署名した類を最まで読まずに印を押すことが、あのころ何度もあったのをいした。弁当の数を確かめ、仕入れ先へ話をかけ、子どもを迎えにくを気にしながら、紹介所の男が置いていくを片づけた。相は「簡単な確認です」と言い、私は「の名が載っているなら」と考えた。働きに来た子の暮らしを、私の忙しさでく済ませたことに変わりはない。
その類には、子の学名も所もかれていた。私はその所に、本が戻ったかどうか度も問いわせていない。紹介所から「本は帰った」と聞き、のに私の名があるから正しいとった。今なら、まず本に確かめる。だがの私は、を回すことに追われ、確認するを惜しんだ。千代は「そのとき、子さんを探したはいなかったの」と聞いた。子は答えず、古いを見つめた。
「この署名は、あなたのものですか」
千代が、古い雇用通を卓のに置いた。署名は確かに私のものだった。圧がく、姓の最をしはねる癖も同じだ。けれど、類の内容を読んだ記憶がない。
「、青葉裁から、子さんの退職をらせるが来た。私は、本が帰郷したという欄に印を押したんだとう」
「私は帰っていません」
子は、静かに言った。
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「京で働いていました。姉を捜すために、いくつかの仕事を変えました。には、紹介所のが『子は帰った』と言ったらしいけれど、私は度も帰っていません」
子は、私が類を見ているあいだ、窓のを見ていた。っているようには見えなかった。むしろ、これまでたちが彼女の名で何を決めたのか、初めてつのに並んで見えたようだった。千代が「あなたは、に帰ったことにされていたのね」と言うと、子は「そうみたいです」と答えた。その声には、驚きよりも、ようやく話がつながった疲れがあった。
私は、類の隅にある付を確かめた。昭32の11。あの、仕しは青葉裁へ弁当を届けていた。の寮が閉まり、働いていた子どもたちが移ったと聞いた。私は、りいの紹介所の男に頼まれ、寮の荷物を運ぶをした。伝った礼にと、彼は数枚の類をまとめて持ってきた。
紹介所の男は、私よりほどで、仕事の話をするときはいつも急いでいた。荷物を運ぶをしたのことも、彼は「助かりました」と言って、次の配達先へ向かった。私は、その際のよさを頼もしいとっていた。誰かが若い子たちの世話をしているのだから、細かいことは任せていいと考えた。あのとき、名と帰る先をずつ確かめていれば、なくとも自分の署名を無自覚に貸すことはなかった。
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「この子たちは、もうへ帰ったと聞いている。の所をっているから、確認の印をくれ」
私は、誰がどこへ帰ったのかをずつ確かめず、印を押したのだろう。堂の仕入れで忙しく、類を見たのはの勘定を済ませたあとだった。荷物を運ぶのに協力したことと、女たちの帰郷を証することが、私ので緒になっていた。
「どうして、今まで言わなかったんですか」
子が尋ねた。責めているというより、答えをろうとしていた。
「らなかったんだ。君のお姉さんのことも、子さんが帰っていないことも」
私は類を閉じた。らなかったという言葉で、署名の責任がなくなるわけではない。
千代は、私が古い署名を見つめるあいだ、黙っていた。やがて「子さんに謝ったほうがいい」と言った。私もそうう。だが、謝れば済む問題ではない。誰が類をき、なぜ本の確認をしなかったのかを調べなければ、また同じ記録が作られる。私は翌朝のを千代に任せ、の帳面と雇用通の控えを鞄に入れた。
翌、私は青葉裁の跡へった。はすでに別の会社になっていた。向かいの米の主は、青葉裁にいた女たちのことを覚えていた。何かは寮が閉まるに帰郷し、何かは別の作業へ移った。富美子のことをる女性は、今は千のさな縫製所で働いているという。
「そのは、今もそこにいるか分からないよ。所だけなら教えるけど、勝に押しかけるのはやめなさい」
米の主は、古い所をにいた。私は礼を言い、すぐには向かわなかった。富美子が本当にそこにいるとしても、会いたいかどうかは本が決めることだ。子にそのことを伝えると、彼女はうなずいた。
「姉が会いたくないなら、顔を見なくてもいい。ただ、きているかどうかだけりたいんです」
私は子に、のことを覚えているか尋ねた。彼女は、最初の職の寮をてから、み込みの仕事をつ変えたという。ひとつ目ではの閉鎖にわせて寮をされ、つ目では料の部をへ送る続きだと言われて類に署名した。からは「仕送りが届いた」とが来たが、子自は送した覚えがなかった。姉の富美子が自分の名を使っていたとったのは、今、控えを見て初めてだった。
その夜、千代が雇用通をもう度読み返した。類の欄には「本、帰郷済み」とある。そのに、私の署名。だが、帰郷の付も列名も、乗駅も記されていなかった。
「この類で、のは探すのをやめたんでしょうね」
千代の言葉に、子は目を伏せた。
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