"箱根の盲点" 第3話
と案内された。
戸田克彦は、樋が像していたよりも柄な男だった。
63歳、焼けした顔に髪交じりの髪。
作務姿で、帳の奥のさな事務に座っていた。
机のには老鏡と薬のケースが置かれていた。
透のプラスチック製で、曜ごとに仕切られたタイプのものだ。
「宮原さん、わざわざどうも」
戸田の声は穏やかだった。
発反対の旗振り役とはえないほど、物腰は柔らかい。
宮原を敵している様子もない。
「こちらは?」と樋を見た。
「の樋です。箱根が初めてだというのでご緒に」
宮原はごく自然に嘘をついた。
樋はそれを黙って聞いていた。
戸田は茶を入れてくれた。
3で湯本館の歴史や箱根の観事について話した。
戸田は発計画について直接な批判はしなかったが、「このには、のの流れがありますから」と静かに言った。
会話の途、戸田が席をった。
「すみません。お湯の温度を見てきます。は管理が難しくて」
戸田が事務をれたのは3分ほどだった。
宮原は茶をみながら部を見回していた。
壁にかけられた古い写真、棚のの賞状、机のの類.
樋もそのにいたが、宮原の元を見ていなかった。
戸田が戻ってくるまでの3分、樋は壁の写真に目を向けていた。
昭初期の湯本館、当の宿帳、温泉の全景。
広告
その3分に何が起きたのか、樋が気づくのは3週のことになる。
湯本館を退し、荘への帰りだった。
温泉の通りを歩いていると、樋の目が瞬止まった。
柱のに男がっていた。
30代半、黒いダウンジャケットにニット。
スマートフォンを操作しているふりをしているが、線はこちらを向いている。
樋は歩調を変えずに宮原に話しかけた。
「宮原さん、の柱の横に男がいます。気づかないふりをしてください」
宮原の表がわずかに張った。
「あのですか? 見覚えがありますか?」
「いえ、初めて見ますが。でも京で見たの運転も同じくらいの齢でした」
樋は荘に戻ってから、帳に男の特徴を記録した。
『175cm、肉、黒いダウンジャケット、紺のニット、スマートフォンは持ち』
尾者は実した。
なくとも宮原の訴えには根拠がある。
樋はそう判断した。
夕は荘の部だった。
宮原と樋はそれぞれの部で事を取り、に宮原の部で翌の予定を確認した。
「の午はもう1件打ちわせがあります。午は自由ですので、先のご判断にお任せします」
樋は頷いた。
窓のは完全に暗くなっていた。
箱根の夜は静かだ。
虫の声もなく、折りくをるの音だけが聞こえる。
広告
部に戻り、布団に入れた。
帳を読み返す。
穏やかな物。
発反対だが、脅迫をするようなには見えなかった。
あの薬が目に残っている。
曜ごとに仕切られた透なケース。
几帳面ななのだろう。
柱の男。
尾者が実するなら、宮原の依頼は正当だ。
はあの男を追うことになるかもしれない。
樋は帳を閉じ、枕元のかりを消した。
克彦は毎晩同じに呂に入る。
21に本館の浴を閉めて従業員が清掃を終えるのを確認してから、自分用に残しておいた別館のさな浴に向かう。
客にはさない。
族だけが使う湯だ。
湯本館の源泉は2本、そのうちの1本がこの浴に引かれている。
温度はややめ。
く浸るのには向かないが、戸田はこのい湯が好きだった。
湯からがると、事務に戻って翌の予約状況を確認する。
12の箱根は閑散期だ。
平の稼働率は4割を切ることもある。
それでも湯本館は潰れなかった。
常連客がいる。
毎同じ期に来て、同じ部に泊まり、同じ料理をべて帰っていくたちだ。
戸田はその名を全て覚えている。
部の好み、事の禁忌、到着の癖。
帳簿ではなく記憶で管理している。
娘の真帆には「ちゃんとデータベースにしてよ」と言われるが、戸田にはこのやり方があっている。
客の顔を見ればの好みがに浮かぶ。
それは30かけて積みげたもので、システムに置き換えられるものではない。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
腎臓をあげた私に離婚届――夫の隣には若い女
三歳の娘を育てる裕子は、重い腎臓病になった夫・英司を救うため、自分の腎臓を一つ提供した。ところが手術後、体調を崩した裕子を待っていたのは、夫からの暴言と冷たい仕打ちだった。やがて英司は、若い女との新生活を理由に離婚届を突きつけ、娘まで奪おうとする。そんな裕子の味方になったのは、意外にも義母だった。命を救ってくれた妻を平然と捨てようとする夫。すべてを失いかけた裕子は、娘と自分の人生を守るため、反撃を決意する。夫婦|真実|裏の顔|真相|第二の人生1.4万字5 917 -
完結第12話
新婚旅行に便乗する義母を空港に残した結果
新婚旅行で大阪へ向かうみちると健二。ところが、何かと二人の予定に入りたがる義母・恵子が「私の航空券も買って!」と空港から電話をかけてきた。何度断っても諦めない義母を避け、二人は夜行バスで出発。これで夫婦水入らずの旅行になるはずだった。しかし恵子は、二人の荷物に目をつけ、とんでもない方法で後を追おうとする。さらに健二の友人・圭司の借金騒動まで絡み、大阪では思いもよらない珍事件が発生。暴走する義母と、それに振り回される人々のドタバタコメディ。嫁姑|夫婦|真相1.3万字5 595 -
完結第16話
午前3時、警察から「夫を迎えに」――私は独身なのに
神堂グループを率いる美桜のもとに、午前3時、警察から奇妙な電話が入る。「ご主人を迎えに来てください」。しかし、美桜は一度も結婚したことがなかった。保護された男性が持っていたのは、5年前の爆発事故で亡くなったはずの婚約者・一条蓮との婚姻届の控え。半信半疑で警察署へ駆けつけた美桜は、信じられない光景を目にする。空白の5年間に何があったのか。そして、なぜ今になって彼が現れたのか。かつての事故をめぐる疑惑と、身近な人物の隠された思惑が、少しずつ明らかになっていく。夫婦|裏の顔|真相2.7万字5 619 -
完結第12話
150万円を払わせたママ友、次は寿司300万円
夫の昇進祝いで家族とレストランを訪れたひまり。楽しい食事の最後に告げられた会計は、なんと150万円。原因は、顔見知り程度のママ友・ぽて子一家が大量の料理を注文し、勝手にひまりへ支払いを押しつけたことだった。仕方なく立て替えたものの、返金を求めると渡されたのは、まさかのポテトチップスの空袋。しかも数日後、ぽて子は高級寿司店で新たな計画を立て始める。「ママ友なんだから払って当然」と言い張る一家に、ひまりが取った行動とは?因果応報|夫婦|真相|親子関係|金銭問題|修羅場1.2万字5 508 -
完結第12話
新幹線で母娘の席を奪った女、現れた女性を見て絶句
五歳の娘パニミと夏休みの帰省を楽しみにしていた、弁当店を営むシングルマザーのパニコ。新幹線の自由席でようやく親子並んで座れたものの、見知らぬ女性に突然コーヒーをこぼされてしまう。服を拭くため席を外したわずかな間に、その女性は荷物を床へ放り出し、二人の席を奪っていた。娘を守るため、悔しさをこらえてデッキへ向かったパニコ。そこで偶然、日頃から世話になっている立花会長と再会する。事情を聞いた会長が一緒に席へ戻ると、先ほどまで威張っていた女性の顔色が一変して……。怒り|真相|親子関係|修羅場1.2万字5 887 -
完結第10話
消えた卵の秘密
茜の家では、父の再婚相手・美津江が届けてくれる卵が、なぜか毎回なくなっていた。夜中につまみ食いをする夫の陽斗を疑っていた茜だったが、ある日、卵をこっそり持ち出す小学一年生の娘・凛を目撃する。「急に卵が嫌いになった」と泣く娘。しかし、いつもは素直な凛の様子はどこかおかしかった。そんな中、美津江から再び大量の卵が届く。茜は娘のために手作りプリンを用意するが、それを食べた美津江は、材料を聞いた途端に顔色を変えてしまう。娘が必死に隠していた秘密とは、いったい何だったのか。祖父母と孫|真実|真相|第二の人生1.4万字5 715 -
完結第12話
竹林の向こうの白衣
八歳のティアラは、重い喘息を理由に山奥の療養施設へ預けられた。だが本当の理由は、両親が天才と呼ばれる兄の教育に専念するためだった。家族に忘れられた少女を支えたのは、施設の人々と小児科医の竹之内先生。やがて彼女は自分の名前を変え、医師になる道を選ぶ。努力の末に脳神経外科医となった洋子は、ある冬の深夜、救急搬送された患者と向き合うことに。かつて自分を置き去りにした家族との思いがけない再会が、彼女の人生を大きく揺さぶり始める。兄弟姉妹|真相|絶縁|親子関係1.7万字5 529 -
完結第12話
五歳の母ちゃん
両親を事故で亡くしたシンジは、五歳の妹・楓を育てながら、昼も夜も働いていた。そんなある日、楓が「母ちゃんが来た」と言って連れてきたのは、同じ保育園に通う五歳の少女・リサだった。ところが彼女は、家族しか知らない昔の出来事を次々に話し、シンジを息子のように気遣う。信じられない再会に戸惑いながらも、兄妹は少しずつ彼女に心を開いていく。しかし、リサ自身の記憶が薄れていくという異変が起こり始める。もう一度母に会いたかった兄妹が、大切なものを守るために選ぶ道とは。兄弟姉妹|真実|真相|第二の人生1.2万字5 243 -
完結第10話
出産3日目、1億円の入金直後に夫が離婚届
娘を出産してわずか三日。病室で体を休めていた立花玲奈の口座に、父から譲り受けた株式の特別配当金、一億円が振り込まれた。その直後、見舞いに来た夫・直樹が突然離婚届を差し出す。しかも、財産分与として五千万円を要求し、自分の会社への融資継続まで求めてきた。夫の本性を知った玲奈は、追加融資と家族カードを止め、離婚に向けた準備を始める。ところが、カードの利用明細を調べると、身に覚えのない高級ホテルや宝飾店への支払いが次々と見つかり……。夫婦|真相|親子関係1.8万字5 464 -
完結第20話
大正、子守奉公の少女
大正時代、貧しい農家に生まれた十一歳の少女は、「三度の飯」を条件に子守奉公へ出された。赤ん坊を背負う毎日から工場近くの家、東京の屋敷へ。三年分の奉公賃は家族に渡され、働く場所も自分では決められなかった。やがて海を越えて旅順へ渡った彼女は、子どもたちの世話をしながら、文字を覚え、針仕事を学び、少しずつ自分の世界を広げていく。誰かのために働くことしか知らなかった少女は、いつか自分の人生を選べるようになるのだろうか。時代|歴史|真相2.8万字5 423