"箱根の盲点" 第9話
声は穏やかだった。
12に事務所を訪れたと同じ、丁寧で落ち着いた声。
「お会いしてお話ししたいことがあります。今の午おをいただけますか?」
「もちろんです。事務所にお伺いしましょうか?」
「いえ、こちらから参ります」
宮原のオフィスは青の瀟洒なビルの4階にあった。
エントランスには観葉植物が並び、受付の女性が丁寧に案内してくれた。
応接に通された宮原は、スーツ姿でコーヒーを用して待っていた。
「先、どうぞ。寒い、わざわざありがとうございます」
樋はコーヒーにはをつけず、帳をテーブルのに置いた。
「戸田克彦さんの件です」
宮原の表は変わらなかった。
ただコーヒーカップを持つがわずかに止まった。
「戸田さん、おくなりになった旅館のご主ですね。残なことでした」
「戸田さんの娘さんから、因の調査を依頼されました」
「そうですか」
宮原はカップをソーサーに戻した。
音はてなかった。
「これで何か分かったのですか?」
樋は帳をいた。
「宮原さん、あの夜のルームサービスについて確認させてください。私に駐の確認を頼むに、すでに注文されていましたね」
沈黙が落ちた。
応接の計が秒を刻む音だけが聞こえた。
「ええ」と宮原は言った。
「先に頼んでおいた方が、先が戻られたにすぐ召しがれるといまして」
広告
「荘の記録では注文は215分です。私に話をかけてきたのは2115分頃。10分の差があります。駐に審なを見つけて揺したが、まず夕を注文してから探偵に話する。自然だといませんか?」
宮原は答えなかった。
「続けます。荘の2階廊には防犯カメラがあります。あの夜、私が部をてから戻るまでの12分、宮原さんの姿は廊に映っていません。ルームサービスの従業員が2117分に配膳した、宮原さんは廊を通らずに部をました」
「先、私は――」
「2階の突き当たりに非常があります。階段で1階の従業員通用にりられる。通用の戸には鍵がかかっていませんでした。私自が確認しています。通用から裏の坂をれば5分で湯本館に着きます」
樋は帳のページをめくった。
「12、最初にお会いしたに戻ります。宮原さんは私と緒に湯本館を訪ね、戸田さんにご挨拶されました。戸田さんが湯の温度を見に席をした3分、あなたは事務を見回していました。私は壁の写真を見ていて、あなたの元を見ていなかった」
宮原の顔から表が消えていた。
穏やかさも微笑みも全てが剥がれ落ちて、そのにあるのは虚無だった。
「戸田さんの机のに薬ケースがありました。曜ごとに仕切られた透のケース。
広告
はから見える。あなたはあの3分で曜以の錠剤を確認した。形状とを把握し、当の夜までに同じ見た目の薬物を用した。ジギタリス、あるいは類似の剤。臓に持病のある齢者が過量摂取すれば、致命な脈を引き起こします」
「証拠は?」
宮原が言った。
声は平坦だった。
「終わりですか?」
「物証はありません。薬ケースのはすでに廃棄されています。司法解剖もわれていない。あなたの計画はその点では完璧でした」
樋は帳を閉じた。
「ただし、状況証拠は揃っています。ルームサービスの事注文、防犯カメラの空、非常と従業員通の線、リゾート発との取引関係、戸田さんのにかされた発許。そして私に支払われた過剰な報酬」
宮原は窓のを見ていた。
青の通りを急ぐ々がさく見えた。
「先」と宮原が言った。
「仮にあなたの推理が全て正しかったとして、それを証する方法はありますか?」
「あります。戸田さんの主治医に確認しました。処方されていたのはビソプロロールという薬です。形状はい型の錠剤。あなたが入れ替えたのがジギタリスだとすれば、体内に微量が残留している能性があります。戸田さんは葬されていません。真帆さんが遺体の保を希望し、まだ荼毘に付していない」
宮原の頬がかすかにいた。
「遺族が司法解剖を改めて請求すれば、血液と臓器から毒物の検が能です。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
腎臓をあげた私に離婚届――夫の隣には若い女
三歳の娘を育てる裕子は、重い腎臓病になった夫・英司を救うため、自分の腎臓を一つ提供した。ところが手術後、体調を崩した裕子を待っていたのは、夫からの暴言と冷たい仕打ちだった。やがて英司は、若い女との新生活を理由に離婚届を突きつけ、娘まで奪おうとする。そんな裕子の味方になったのは、意外にも義母だった。命を救ってくれた妻を平然と捨てようとする夫。すべてを失いかけた裕子は、娘と自分の人生を守るため、反撃を決意する。夫婦|真実|裏の顔|真相|第二の人生1.4万字5 917 -
完結第12話
新婚旅行に便乗する義母を空港に残した結果
新婚旅行で大阪へ向かうみちると健二。ところが、何かと二人の予定に入りたがる義母・恵子が「私の航空券も買って!」と空港から電話をかけてきた。何度断っても諦めない義母を避け、二人は夜行バスで出発。これで夫婦水入らずの旅行になるはずだった。しかし恵子は、二人の荷物に目をつけ、とんでもない方法で後を追おうとする。さらに健二の友人・圭司の借金騒動まで絡み、大阪では思いもよらない珍事件が発生。暴走する義母と、それに振り回される人々のドタバタコメディ。嫁姑|夫婦|真相1.3万字5 595 -
完結第16話
午前3時、警察から「夫を迎えに」――私は独身なのに
神堂グループを率いる美桜のもとに、午前3時、警察から奇妙な電話が入る。「ご主人を迎えに来てください」。しかし、美桜は一度も結婚したことがなかった。保護された男性が持っていたのは、5年前の爆発事故で亡くなったはずの婚約者・一条蓮との婚姻届の控え。半信半疑で警察署へ駆けつけた美桜は、信じられない光景を目にする。空白の5年間に何があったのか。そして、なぜ今になって彼が現れたのか。かつての事故をめぐる疑惑と、身近な人物の隠された思惑が、少しずつ明らかになっていく。夫婦|裏の顔|真相2.7万字5 619 -
完結第12話
150万円を払わせたママ友、次は寿司300万円
夫の昇進祝いで家族とレストランを訪れたひまり。楽しい食事の最後に告げられた会計は、なんと150万円。原因は、顔見知り程度のママ友・ぽて子一家が大量の料理を注文し、勝手にひまりへ支払いを押しつけたことだった。仕方なく立て替えたものの、返金を求めると渡されたのは、まさかのポテトチップスの空袋。しかも数日後、ぽて子は高級寿司店で新たな計画を立て始める。「ママ友なんだから払って当然」と言い張る一家に、ひまりが取った行動とは?因果応報|夫婦|真相|親子関係|金銭問題|修羅場1.2万字5 508 -
完結第12話
新幹線で母娘の席を奪った女、現れた女性を見て絶句
五歳の娘パニミと夏休みの帰省を楽しみにしていた、弁当店を営むシングルマザーのパニコ。新幹線の自由席でようやく親子並んで座れたものの、見知らぬ女性に突然コーヒーをこぼされてしまう。服を拭くため席を外したわずかな間に、その女性は荷物を床へ放り出し、二人の席を奪っていた。娘を守るため、悔しさをこらえてデッキへ向かったパニコ。そこで偶然、日頃から世話になっている立花会長と再会する。事情を聞いた会長が一緒に席へ戻ると、先ほどまで威張っていた女性の顔色が一変して……。怒り|真相|親子関係|修羅場1.2万字5 887 -
完結第10話
消えた卵の秘密
茜の家では、父の再婚相手・美津江が届けてくれる卵が、なぜか毎回なくなっていた。夜中につまみ食いをする夫の陽斗を疑っていた茜だったが、ある日、卵をこっそり持ち出す小学一年生の娘・凛を目撃する。「急に卵が嫌いになった」と泣く娘。しかし、いつもは素直な凛の様子はどこかおかしかった。そんな中、美津江から再び大量の卵が届く。茜は娘のために手作りプリンを用意するが、それを食べた美津江は、材料を聞いた途端に顔色を変えてしまう。娘が必死に隠していた秘密とは、いったい何だったのか。祖父母と孫|真実|真相|第二の人生1.4万字5 715 -
完結第12話
竹林の向こうの白衣
八歳のティアラは、重い喘息を理由に山奥の療養施設へ預けられた。だが本当の理由は、両親が天才と呼ばれる兄の教育に専念するためだった。家族に忘れられた少女を支えたのは、施設の人々と小児科医の竹之内先生。やがて彼女は自分の名前を変え、医師になる道を選ぶ。努力の末に脳神経外科医となった洋子は、ある冬の深夜、救急搬送された患者と向き合うことに。かつて自分を置き去りにした家族との思いがけない再会が、彼女の人生を大きく揺さぶり始める。兄弟姉妹|真相|絶縁|親子関係1.7万字5 529 -
完結第12話
五歳の母ちゃん
両親を事故で亡くしたシンジは、五歳の妹・楓を育てながら、昼も夜も働いていた。そんなある日、楓が「母ちゃんが来た」と言って連れてきたのは、同じ保育園に通う五歳の少女・リサだった。ところが彼女は、家族しか知らない昔の出来事を次々に話し、シンジを息子のように気遣う。信じられない再会に戸惑いながらも、兄妹は少しずつ彼女に心を開いていく。しかし、リサ自身の記憶が薄れていくという異変が起こり始める。もう一度母に会いたかった兄妹が、大切なものを守るために選ぶ道とは。兄弟姉妹|真実|真相|第二の人生1.2万字5 243 -
完結第10話
出産3日目、1億円の入金直後に夫が離婚届
娘を出産してわずか三日。病室で体を休めていた立花玲奈の口座に、父から譲り受けた株式の特別配当金、一億円が振り込まれた。その直後、見舞いに来た夫・直樹が突然離婚届を差し出す。しかも、財産分与として五千万円を要求し、自分の会社への融資継続まで求めてきた。夫の本性を知った玲奈は、追加融資と家族カードを止め、離婚に向けた準備を始める。ところが、カードの利用明細を調べると、身に覚えのない高級ホテルや宝飾店への支払いが次々と見つかり……。夫婦|真相|親子関係1.8万字5 464 -
完結第20話
大正、子守奉公の少女
大正時代、貧しい農家に生まれた十一歳の少女は、「三度の飯」を条件に子守奉公へ出された。赤ん坊を背負う毎日から工場近くの家、東京の屋敷へ。三年分の奉公賃は家族に渡され、働く場所も自分では決められなかった。やがて海を越えて旅順へ渡った彼女は、子どもたちの世話をしながら、文字を覚え、針仕事を学び、少しずつ自分の世界を広げていく。誰かのために働くことしか知らなかった少女は、いつか自分の人生を選べるようになるのだろうか。時代|歴史|真相2.8万字5 423