"犬吠埼に消えた三人" 第1話
199411、朝6。
千葉県銚子の犬吠埼には、しいの最初の太陽を見ようと、数万もの々が集まっていた。真のはたく、い着を着た々の肩を容赦なく揺らしていた。それでも誰もそのをれようとはしなかった。平線の向こうがしずつみ始め、集まった々はそれぞれの願いを胸に、昇る太陽を待っていた。
その群衆のに、50代の女性3がいた。
渡辺順子。
森妙子。
岡田代。
3は代から30もの、友を育んできた親友同士だった。結婚し、庭を持ち、む所がれても、正だけは必ず3で銚子へ来る。それは、誰にも邪魔されない3だけの約束だった。
の19931231午、3は銚子駅に到着していた。駅には末特の慌ただしさが残っていたが、3は慣れた様子で荷物を持ち、いつもの旅館へ向かった。古いを歩きながら、誰かが昔の同級の話をすると、残りの2が懐かしそうに笑った。
旅館に着くと、主の林が玄関で迎えた。
「今も来られたんですね」
林は30以この旅館を営んでおり、3の顔をよく覚えていた。毎正になると必ず訪れる常連客だったからだ。
「またお世話になります」
3はそう言って、2階の1番奥の部へがった。
部にはシングルベッドが3つ並んでいた。3は鞄を置き、着を脱ぎ、洗面具を並べた。
広告
夕の席では穏やかに事を済ませ、旅館の者に審な様子を見せることはなかった。
翌朝5頃、林は玄関で3を見送った。
「初のを見にってきます」
3はそう言い残し、財布も鞄も持たず、ほとんどぶらでへていった。初のを見るだけなら、それで分だった。
だが、それが3の最の目撃証言になった。
その、犬吠埼の岸には勢のが集まり、太陽が平線から姿を現した。拍をする者、をわせる者、写真を撮る者。々はしい1の始まりに目を奪われていた。
そのまさに同じ所で、3の女性は、まるで空気のに溶けるように姿を消した。
誰も叫び声を聞いていなかった。
誰も3が倒れる姿を見ていなかった。
数万の々がいたにもかかわらず、彼女たちが消えた瞬に気づいた者は、1もいなかった。
翌の199412午2、銚子警察署に1本の切迫した話が入った。
話の主は、渡辺順子の夫、渡辺正弘だった。
「妻が昨から連絡がつかないんです。銚子に初のを見にったはずなのに、話にもないんです」
受話器の向こうの声は、極度のに押しつぶされそうなほど震えていた。
最初、警察は正の混雑による連絡の遅れだろうと考えた。だがもなく、森妙子の族からも同じ通報が入った。さらに1には、岡田代の族から3件目の通報が届いた。
広告
別々の域にむ3つの族が、同じ事実を訴えていた。
銚子へ初のを見にった3が、同に連絡を絶ち、へ戻っていない。
警察はようやく、これはただの連絡通ではないと悟った。
199413朝。
たい空気が沈み込んだ銚子警察署に、特別捜査本部が設置された。本部に任命されたのは、20の刑事経験を持つ斎藤鉄也警部だった。
斎藤は机のに並べられた3の写真を見つめた。どの顔にも、穏やかな庭を守ってきた主婦らしい柔らかさがあった。凶悪事件に関わる物には見えなかった。
「俺が引き受けた以、1つ見逃さず調べる」
くそう言うと、斎藤はすぐに捜査員たちへ指示をした。
まず確認すべきは、3が最に泊まった旅館だった。
旅館は銚子のからしれた静かなにあった。造2階建ての古い建物で、玄関の格子戸にはの使用でついた細かな傷が残っていた。主の林は、突然訪れた刑事たちをげな顔で迎えた。
「あの方たちは、もう何度も来てくださっている常連さんです。毎、2階の1番奥の部をお使いになっていました」
林に案内され、斎藤たちは2階へがった。廊は静まり返っており、階段を踏むたびに古いがさく鳴った。
部の扉をけると、そこには奇妙なほど常の気配が残っていた。
シングルベッドが3つ。
壁際に置かれた鞄が3つ。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
継母が私に遺した「価値ゼロ」の古民家
継母・良子の死後、養女の明日香に遺されたのは、山奥に建つ資産価値ゼロの古びた一軒家だけだった。一方、実子である高志と絵美子は、都内の高級住宅6軒を相続し、介護を続けてきた明日香を「他人」と嘲笑う。 母に愛されていなかったのか――。傷つきながらも家を片づけに向かった明日香は、不自然に敷き直された畳と、その床下に封印された巨大な金庫を発見する。母が最期に託した銀色のペンダントは、その扉を開くための鍵だった。 金庫の中に残されていたのは、莫大な財産と「愛する娘へ」と記された一通の手紙。そこには、明日香を強欲な実子たちから守るため、良子が密かに進めていた計画が明かされていた。 高級住宅を手に入れ、裕福な暮らしに浮かれる兄姉。しかし、彼らが「財産」だと信じた6軒には、決して逃れられない秘密が隠されていた――。 血のつながりを盾にする家族と、行動によって愛を遺した母。傷ついた養女が母の本心を知り、自分の人生を取り戻していく、遺産と家族をめぐる逆転の物語。人生逆転|真相|親子関係|金銭問題1.8万字5 921 -
完結第12話
昭和51年、帰宅目前で消えた25歳女性社員
「一人で静かに帰りたいので、大丈夫です」 昭和51年、25歳のみち子は飲み会のあと、一人でタクシーへ乗った。 運転手は、彼女を自宅からわずか50メートルの場所で降ろした。 「夜遅くにありがとうございました」 それが、みち子を見た最後の証言だった。 布団は朝まで誰にも使われず、通帳も着替えも部屋に残っていた。 上司と同僚には不自然な空白時間があったが、何も見つからなかった。 そして9年後。 亡くなった上司の娘が、遺品のアルバムを開いた。 失踪当夜の宴会写真の次に、見知らぬ和室を写した一枚が貼られていた。 机の上には、黒い女性用のハンドバッグ。 写真の裏には、みち子が消えた数日後の日付が押されていた。昭和|ミステリー|真相1.7万字5 6544 -
完結第18話
消えた交換手と鳴らなかった電話
昭和49年の雪の夜、電話交換手の澄子が姿を消した。十三歳の娘・和枝は、母が家族を捨てたという噂を聞きながら育つ。十九年後、取り壊された交換局から届いた勤務簿には、失踪の夜、澄子が自宅へかけようとして《接続不能》になった通話が記されていた。 和枝が調べ始めると、家の電話線が刃物で切られていたこと、澄子が高齢者宅への灯油配達をめぐる不正を追っていたことが分かる。母は家族を守ろうと町を離れたが、その後も帰れなかった理由には、父の沈黙と、澄子自身のためらいが重なっていた。 ようやく母と再会した和枝は、生きていてくれた喜びと、置き去りにされた寂しさの両方を抱える。十九年を一度の会話で埋めることはできない。それでも二人は、次に話す日を自分たちで決める。雪の日につながらなかった電話が、今度は確かに母へ届く。昭和|ミステリー|真相2.7万字5 262 -
完結第14話
臨月の私を追い出し、新居を売ろうとした義母
臨月を迎えた優香は、夫の出張中、義母から「里帰り出産なら、もう戻らなくていい」と実家へ追い出される。しかも自宅には義妹一家が住み着き、子ども部屋は勝手に美容サロンへ改装されようとしていた。 さらに、不動産会社が持参した資料から、共有名義の自宅が4,680万円で売りに出されていることが発覚。義母たちは優香夫妻の署名と印鑑を無断で使い、売却益を義妹夫婦の借金返済へ回そうとしていたのだ。 出張先から急きょ戻った夫・健太は、玄関で《売却物件》の内覧票と偽造された委任状を発見する。妻を守れなかった自分の甘さを認めた健太は、母と妹へ退去を命じ、優香とともに警察や弁護士、不動産会社へ相談。家と財産、そして生まれてくる娘の生活を取り戻していく。 「家族だから」という言葉で他人の人生を支配する義母たちに、明確な境界線を引いた夫婦。家とは、鍵や名義だけではなく、そこに住む人が自分の意思で未来を選べる場所なのだと描く、家族再生の物語。怒り|嫁姑|真相|修羅場2.1万字5 515 -
完結第11話
元警察官の父が娘に渡した一枚の封筒
久しぶりに会った娘・香織の頬に痣を見つけた元警察官の父・誠一。夫の話になると目をそらす娘に、父は勤務先の住所だけを尋ね、それ以上追及しなかった。 一か月後、再び夫に突き飛ばされた香織へ、父は一通の封筒を渡す。中にあったのは夫の秘密ではなく、香織が「大したことではない」と消してきた異変を、日付順に記した一枚の紙だった。 繰り返される暴力と謝罪の連鎖を認めた香織は、初めて「今日は帰らない」と自分で決断する。父は夫を裁くことも、離婚を命じることもせず、娘が自ら選べる安全な場所だけを守り続けた。 これは、父の静かな愛に支えられた女性が、自分の恐怖を否定するのをやめ、失っていた人生と平穏を取り戻していく再生の物語。夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 667 -
完結第14話
昭和40年、15歳で東京へ出た少年
昭和という時代は、遠い昔の出来事のようでいて、実はまだ私たちのすぐ隣に息づいています。ふと街角で漂う夕餉の匂い、遠くで響く電車の踏切の音、あるいは夕暮れの光が窓辺を茜色に染める瞬間、不意に胸の奥底で目覚める記憶があります。それは個人のアルバムの片隅にある色褪せた白黒写真のようでありながら、触れれば今なお温かい温度を保っています。 昭和四十年(一九六五年)春。 日本の各地にある名もなき小さな駅のホームには、同じ年頃の少年少女たちが立ち尽くしていました。十五歳。義務教育である中学校を終えたばかりの少年たちが、生まれて初めて親元を離れ、見知らぬ巨大都市・東京へと向かう朝でした。 ここに、ひとりの少年がいます。名を「ミノル」としておきましょう。 ミノルという名は、当時の日本中どこにでもあった平凡な名前です。そして、彼が辿った道筋もまた、特別な英雄の叙事詩ではなく、あの時代を懸命に生きた何十万人もの少年少女たちが共有した、どこにでもあった人生の縮図でした。だからこそ、この物語はミノルひとりだけのものではありません。かつて故郷の駅で見送られたあなた自身の物語かもしれず、あるいは黙々と働きづめで背中を丸めていたあなたの父や母、祖父母が歩んだ足跡そのものかもしれません。 今夜は、時計の針の音を少し遠くに押しやり、部屋の明かりを少しだけ落として、かつてこの国の土台をその小さな手で支えた少年たちの軌跡に、静かに耳を澄ませてみてください。時代|昭和|真相2.1万字5 710 -
完結第10話
昭和63年、消えたいちご農園主――3年後の古い倉庫
「分かった。じゃあ、2時頃に行く」 昭和63年4月5日、いちご農園主の夫は、一本の電話を受けて家を出た。 「夕飯までには戻る」 それが、家族が聞いた最後の言葉になった。 通帳も印鑑も着替えも、すべて家に残されていた。 夫の手帳には、乱れた字で二行だけ書かれていた。 《佐藤さんの件、今日で決める》 《2時 古い倉庫》 しかし名前の挙がった男は、電話も面会も否定した。 倉庫の持ち主も、最初は「会っていない」と証言した。 夫の行方が分からないまま、3年が過ぎた。 そして倉庫の取り壊し当日、周囲と色の違う床へ重機の刃が入った。昭和|ミステリー|真相1.5万字5 130