"崖下に残された声" 第1話
201810、アルプスの切りった崖の50mで、2つの遺体が発見された。
通報を受けた岳救助隊が現に到着した、底には言葉を失うほど惨な景が広がっていた。のは静かで、葉のだけが異様なほど鮮やかだった。救助隊員たちはロープを頼りに慎に崖をり、岩に横たわる2の元を確認した。
1は40代の男性、田優。
もう1は60代の女性、田よしえ。
2は母子だった。
無線からを告げる隊員の声が流れた瞬、の静寂はく沈んだ。
を事件発の約6、20181024午1030分に戻す。
ひとつない空の、黒い型乗用がアルプスの入にある駐へ滑り込んだ。運転席からりてきたのは、30代半の女性、渡辺彩佳だった。
彩佳はすぐに助席と部座席のドアをけた。助席からは夫の田優が、部座席からは姑の田よしえがりてくる。駐に設置された監カメラには、3の姿がはっきりと記録されていた。
彩佳は蛍の登を華やかに着こなし、満面の笑みで姑の腕を組んでいた。その姿だけを見れば、誰もが仲の良い族のだとったはずだった。
しかし、優とよしえの表は違っていた。
よしえは痛む膝をかばうようにを引きずり、彩佳の腕に引かれていた。優はその背を、何かを恐れるようにうつむいて歩いていた。
広告
笑っているのは彩佳だけだった。
本格な登が始まって30分ほど過ぎた頃、急な登り坂の途で、よしえは息を切らして座り込んだ。普段から関節炎を患っていた彼女にとって、アルプスの坂はあまりにも過酷だった。
「彩佳さん、膝が痛くて、これ以は歩けないわ。ここでし休んでからしてはだめかしら」
よしえは懇願するように彩佳のを握った。
しかし、彩佳は汗を拭くふりをしながら、姑の背をく押した。
「お義母さん、何を言っているんですか。お医者様も、たくさん歩くようにおっしゃっていたじゃないですか。健康のためにも、今のコースは絶対に完しないと」
優がげに母と妻のへ入った。
「おい、母さんのの調子が悪いのはっているだろう。今はし歩くだけにしよう」
その声には、妻への恐れと母への配が混ざっていた。
彩佳はたい目で夫を睨んだ。
「あなたは黙ってて。お義母さんの健康を気遣っているのは私だけなんだから」
優はそれ以、言い返せなかった。
やがて3は正規の登をれ、気のない脇へとんでいった。
午430分頃、太陽がへ傾き、森にいが落ち始めた頃だった。
3は、登者ので「展望岩」と呼ばれる所に到着した。そこは全柵もなく、断崖絶壁に直接面している危険な所だった。
広告
元にはいがをけ、くには々の絶景が広がっていた。
彩佳は鞄からカメラを取りし、るい声で2を呼んだ。
「お義母さん、優さん、ここの景を見てください。最でしょう。ここで写真を撮れば、きっと最の1枚になりますよ」
よしえは元を見て、顔を青ざめさせた。
「いや、怖くててないわ。ここで撮ってはだめかしら」
彩佳はファインダーを覗くふりをしながら、招きした。
「それじゃ背景が全然映らないじゃないですか。ほんの2歩だけろにがってください。優さんがお義母さんをしっかり支えてあげて」
優は母の震えるを握り、妻を見た。
「あやか、ここは滑りやすい。昨がったから、苔も岩も危険だ。もうやめてしよう。頼む」
しかし、彩佳はカメラをろさなかった。
「もうしろへ。もっとくっついて。そうしないと2とも入らないでしょう。そう、そこがいいわ。かないで」
その瞬、ファインダー越しの彩佳の目がたく凍りついた。
彼女はゆっくりとカメラをろし、面に置いた。鳥の声さえ途切れたような静寂の、彩佳はポケットに両を入れたまま、2へづいた。
優は本能な恐怖をじてずさろうとした。
だが、背はもう虚空だった。
「あ、あやか……」
その言葉が終わるだった。
彩佳はためらいもなく、2の胸を力いっぱい突きばした。
く鋭い鳴がに響いた。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
15年無給で働いた若女将を追い出した老舗旅館の末路
老舗温泉旅館「鶴の湯」に嫁いで15年。若女将の美里は一度も給料を受け取らず、料理から接客まで休む間もなく働いてきた。ところがある日、義母と夫はSNSで人気を集める若い女性を新しい若女将に迎え、美里を「時代遅れ」と追い出してしまう。長年守ってきた味も、常連客との約束も、彼らには何の価値もなかった。しかし、美里が去った翌朝から、旅館では思わぬ問題が次々と起こり始める。15年間、あの宿を本当に支えていたのは誰だったのか。職場逆転|人生逆転|嫁姑|第二の人生2.2万字5 334 -
完結第15話
正月、娘を家政婦扱いした義実家――私が下した決断
43歳のゆり子は、13歳の娘・美咲を連れて再婚した。しかし、結婚前は優しかった夫の賢二は、家事を押しつけ、娘の食事まで平気で奪うようになる。 迎えた初めての正月。夫の実家へ帰省した母娘を待っていたのは、休む間もない家事と姑からの冷たい仕打ちだった。さらに元旦、親戚の子どもたちがお年玉をもらう中、美咲だけが「他人だから」と仲間外れにされてしまう。人生逆転|嫁姑|夫婦|第二の人生|絶縁|親子関係1.9万字5 671 -
完結第15話
義母の老人ホーム代120万円を勝手に約束した夫
医療機器メーカーで働く結衣は、結婚以来、夫の翔太と義母の幸子に頼まれるまま、家電の買い替えや旅行代を負担してきた。月7万円の仕送りも、半分出すと約束した夫は一円も払わない。それでも家庭を壊したくない一心で我慢していたが、義母はついに結衣の勤務先へ送金を催促する電話をかけてくる。さらに夫は、義母が希望する高級老人ホームの入居金120万円まで、結衣に無断で支払う約束をしていた。夫のスマホに届いた一通のLINEをきっかけに、結衣は自分の人生を取り戻す決意をする。人生逆転|嫁姑|夫婦|絶縁|介護|金銭問題2.7万字5 1552 -
完結第15話
誕生日に姪を選んだ夫、3年後の再会で絶句
読書好きで控えめな陽菜子は、誠実だと信じていた夫・高尾と穏やかに暮らしていた。ところが三十歳の誕生日、夫は姪の百花を連れて現れ、妊娠を告げたうえで離婚届を突きつける。「子供ができないお前が悪い」と責められ、家まで追い出された陽菜子は、誰も自分を知らない町で新しい生活を始める。やがて高校時代の同級生との再会をきっかけに、少しずつ前を向けるようになっていく。そして数年後、偶然出会った元夫と姪の前で、思いがけない出来事が起こる。因果応報|人生逆転|夫婦|親子関係|修羅場|不倫2.1万字5 1517 -
完結第15話
「柿の木だけは切るな」――庭から出た四人の遺骨
2024年、東京・品川の古い屋敷で、樹齢70年の柿の木が引き抜かれた。その根元から見つかったのは、大人一人と子ども三人の遺骨。20年前、この屋敷では住み込みの家政婦と三人の娘が姿を消し、家主である元校長は「金を盗んで夜逃げした」と説明していた。なぜ彼は、柿の木だけは絶対に切るなと家族に言い残していたのか。捜査を進める刑事・渡辺は、町の人々から尊敬されてきた元校長の過去と、20年間隠されてきた母娘の失踪の真相を追い始める。ミステリー|真実|真相1.7万字5 185 -
完結第15話
「このおばあちゃん、危ない」六歳の孫が見たもの
六十八歳の静子は、夫を亡くしてから一人暮らしをしている。近所の蛇田さんは、毎日のようにお菓子を配って歩く親切なおばあさん。ところが、六歳の孫・小春だけは、なぜか彼女を避けていた。 ある日、三人でスーパーへ出かけると、小春が突然、静子の手を引いて言った。 「ばあば、このおばあちゃん、あぶない」 その直後、店員に呼び止められた蛇田さん。小春はいったい何に気づいたのか。お菓子に隠された秘密と、一人暮らしの老人たちが抱える寂しさを描く物語。人生逆転|祖父母と孫|真実|真相1.6万字5 318 -
完結第15話
二十通の辞表
祖父の跡を継ぎ、老舗料亭「綾瀬楼」の若女将となった28歳の蒼井。しかし総料理長の黒岩は、彼女を「高卒の小娘」と見下し、仕入れや経営への口出しを一切認めなかった。さらに創業100周年の記念宴会を翌日に控え、板前20人を引き連れて退職届を突きつけてくる。150人の客を迎える大切な宴席を前に、料理人が一斉に去るという絶体絶命の危機。ところが、土下座を迫られた蒼井は慌てるどころか、静かに微笑んだ。祖父が彼女を後継者に選んだ、本当の理由とは。職場逆転|因果応報|人生逆転|金銭問題2.2万字5 2824 -
完結第15話
高齢女性を後回しにした受付――絵を替える女性の正体
町の内科クリニックに長年通う68歳の静子は、知人の山田さんが何度も診察の順番を飛ばされていることに気づく。受付の沼田は、特定の患者ばかりを優先し、理由を尋ねる山田さんには冷たい態度を取っていた。やがて山田さんは、受診することさえ怖くなってしまう。心配した静子が付き添った日、山田さんの顔色が急に悪くなるが、受付は取り合おうとしない。そんなとき、待合室で絵を掛け替えていた一人の女性が口を開く。その何気ない一言から、長年見過ごされてきた受付の問題が明らかになり始める。人生逆転|介護|金銭問題1.4万字5 282