"桜を連れて消えた妻" 第1話
あののことを、私は今でもはっきり覚えている。
はたいだった。病院の窓には、細いの筋が何本も流れていた。私は分娩のベッドので、い、痛みと戦っていた。
朝から何もかかっていた。先の顔は、が経つにつれてしずつ厳しくなっていった。
「丈夫です。もうしです」
助産師さんは何度もそう言ってくれた。けれど、その声は私をさせるというより、何かを隠しているように聞こえた。
お腹の子の音が度ぐっと乱れた、部の空気が変わった。
先がさな声で言った。
「子宮回復を急ぎます」
その瞬、周りのたちが斉にいた。私は井を見げたまま、赤ちゃんより先に、自分がぬのかもしれないとった。
怖かった。
本当に怖かった。
夫の健は分娩ので待っていた。いつもは無なだったが、そのは何度も護師さんに声をかけていたらしい。
「お母さんも来ていますよ」
そう言われた、私はほっとするより先に、目を閉じた。
義母が来ている。
そう聞くだけで、なぜか体がくなった。産のからずっとそうだった。
義母は、私を決して骨に嫌うではなかった。いつも優しい声で話し、柔らかく笑い、丁寧な言葉を使うだった。
けれど、その言葉の奥には、いつもい棘のようなものがあった。
広告
「健にはもったいないくらい、しっかりしたお嫁さんね」
最初にそう言われた、私は褒められたのだとった。
けれど、そのに義母はさく続けた。
「ただ、く男の子を産んでくれたらだけどね」
私は笑って、「頑張ります」と答えた。
そのは、その言葉がこれから何も私を縛るものになるなんて、まだらなかった。
やがて、い泣き声が分娩に響いた。
「まれましたよ。女の子です」
その言葉を聞いた瞬、私はすべてがどうでもよくなった。
きている。
この子がきている。
それだけでよかった。
顔を見るから、私は泣いていた。助産師さんが連れてきたさなその子は、赤くて、しわしわで、それでも私には信じられないほど綺麗に見えた。
私は震えるで、そのさな頬に触れた。
「あったかい……」
本当に、あたたかかった。
健が部に入ってきた。彼は初めて見るような顔で娘を見つめていた。
「よかった。本当によかった」
その声だけは嘘ではないと分かった。夫はその、確かに娘の誕をんでいた。
私はそれだけで分だといたかった。
けれど、部の隅にっていた義母は、さく頷いただけだった。
「元気なら、それでいいわね」
そう言ってにこりと笑った。
けれど、その笑顔の奥にあるわずかな物りなさを、私は見逃せなかった。
その夜、娘は児に移され、私は病でになった。
広告
お腹の痛みはまだく、体をしかすだけで傷が引きつるようだった。
夜の病院は、昼よりずっと静かだった。ワゴンの輪の音、護師さんの音、くの赤ちゃんの泣き声。そのすべてが、やけにきく聞こえた。
完全には眠れず、うとうとしていただった。
病ので、先と健が話している声が聞こえた。
「奥さんの体ですが、次の妊娠はかなり難しいです。体への負担がきすぎました。もしまた望むなら、相当なリスクがあります」
先の声はさかった。
それなのに、その言葉だけは、なぜかはっきりに入った。
次の妊娠は難しい。
私は目をけたまま、井を見つめていた。
健はしばらく黙っていた。それからい声で言った。
「分かりました」
先はさらに言った。
「まずは奥さんの命が助かったことを事にしてください」
その言葉で、私はようやく自分が本当に危ないところにいたのだとった。
泣きたかったのか、ほっとしたのか、自分でも分からなかった。
ただ、娘に会いたいとった。
翌朝、義母はいに病へ来た。
「体は丈夫なの?無理しないでね」
そう言いながら、義母の目は私ではなく、隣のベビーベッドを見ていた。
「さいわね。女の子って、本当に柔らかい顔をしてる」
「そうですね」
私が答えると、義母は娘の指先を見ながら、ふっとため息をついた。
「まあ、1目ならまだいいわ」
私はその言葉のを、聞き返さなくても分かった。
広告
おすすめ作品
-
完結第14話
私の退職金を奪った家族に、私は何も言わず家を出た
妊娠中の麻衣が13年間勤めた会社を退職すると、夫の竜太は退職金420万円を無断で義母の口座へ送金した。「嫁の金は家のために使うもの」と言う義母。返金を求めた麻衣に、夫は「文句があるなら出ていけ」と告げる。 麻衣は実家へ戻り、保存していた送金記録を持って弁護士に相談する。返還を求められた義母は「預かっただけ」と主張するが、自ら提出した口座明細には、夫の奨学金を返すために動かした60万円の記録が残っていた。 420万円を取り戻しても、麻衣は壊れた信頼まで元に戻ったとは思えなかった。離婚後、娘を産み、かつての職場へ復帰する。誰に許可を求めることもなく、自分で稼いだお金の使い道を、自分の手帳に書き込んでいく。嫁姑|夫婦|金銭問題2.2万字5 230 -
完結第15話
18年間閉ざされた納屋
31歳の美咲は、博士課程を修了したその日、18年間会えずにいた兄・直のことを確かめるため実家へ向かった。両親からはずっと「兄は施設で暮らしている」「会えば不安定になる」と聞かされ、施設名も住所も教えられていなかった。ところが帰り道、近所の女性から思いがけない一言を聞く。「直君、まだ裏の納屋にいるんだと思ってた」。実家へ駆け戻ると、古い納屋の扉には外側から2つの南京錠。窓は布で覆われ、食器と電気コードには最近まで使われた痕跡が残っていた。そして美咲が「お兄ちゃん」と呼びかけると、扉の向こうから2度、確かな音が返ってきた。18年間、両親は何を隠してきたのか――。兄弟姉妹|親子関係2.2万字5 269 -
完結第15話
妊娠中の娘が逃げ帰った夜、大富豪の母が動いた
妊娠8か月の娘・はるかが、顔に傷を負い、母エリコの家へ逃げ帰ってきた。病院では新しい肋骨の骨折に加え、以前の骨折痕も見つかる。夫・匠による暴力は、一度きりではなかった。 匠は巨大企業グループの創業家の一員。だがエリコはその地位にひるまず、娘の安全を確保し、診断書を残す。同時に信頼する会計士へ調査を頼むと、匠一家が関わる財団に巨額の不正な資金移動の疑いが浮かび上がった。 報道を受けても疑惑を否定し続けた匠は、緊急会見の最中、はるかへの傷害容疑で逮捕される。さらにグループの資金問題にも捜査が及び、権力を盾にしてきた一族は追い詰められていく。 母の行動が事態を動かす一方、すべての始まりにあったのは、はるかが自分とお腹の子を守るため、あの家から逃げ出した決断だった。因果応報|人生逆転|嫁姑|絶縁|親子関係|修羅場2.3万字5 919 -
完結第13話
義母に逆らった妻を閉じ込めた夫が、翌朝失ったもの
義母への仕送りを断った夜、菜緒は夫の浩司にトイレへ閉じ込められた。冷たい床で朝を待ちながら姉に助けを求め、夫の発言を録音する。翌朝、姉たちが迎えに来ると、菜緒は「もうこの家には戻らない」と告げた。 避難先で菜緒が止めたのは、義母と義弟への毎月の送金、そして夫に渡していた家族カード。さらに、夫が口走った「部屋の件」を確かめると、菜緒が独身時代に買ったマンションへ、本人に無断で義弟夫婦を住まわせる話が進んでいた。 すでに置かれた荷物を見つけた菜緒は室内を記録し、玄関の鍵を交換する。義母からの抗議にも、援助と部屋の使用を断る意思を伝えた。閉じ込められた夜に握っていたスマートフォンから、菜緒は自分の暮らしを守るために動き始める。嫁姑|絶縁|親子関係|修羅場2.0万字5 683 -
完結第14話
薬を忘れて戻ると、「歩けない」夫が立っていた
腰の手術後、「一人では歩けない」と訴える夫・健太を介護し、毎週末義実家まで送り続けていた佐織。ところが薬を届けるため引き返すと、健太は電話で「嫁は帰った」と告げ、車椅子から何事もなかったように立ち上がった。 夫を尾行した佐織が目にしたのは、金融業者が入る雑居ビルへ元気に歩いて入る姿だった。病院で確認すると、健太は3週間前から自由歩行を許可されており、痛みを誇張して休職を延長していたことも判明する。 さらに健太は450万円の連帯保証債務を抱え、借金返済のため、休職中に会社の機密情報流出へ関わっていた。義母も息子が歩ける事実を隠し、佐織を無給の介護役兼運転手として利用していたのだ。 佐織は夫を庇わず、記録と証拠を会社や弁護士へ提出し、離婚と財産保全の手続きを進める。嘘の車椅子から立ち上がった夫が社会的信用を失う一方、佐織が誰かを背負う生活を終え、自分の足で新しい人生を歩き始める再生物語。夫婦|介護|金銭問題|不倫2.1万字5 352 -
完結第15話
正月、娘に熱汁を浴びせた義兄へ110番
娘がグラスを1つ割っただけで、義兄は笑いながら熱い汁物を8歳の娘へ浴びせた。 しかも泣き叫ぶ娘を前に、義母も親族も止めるどころか「正月から大げさ」と笑っていた。 夫まで兄を庇い、「今日は丸く収めよう」と私に黙るよう求めてきた。 私は娘の腕を流水で冷やしながら、警察署長を務める実兄へ電話した。 「お兄ちゃん、今度はもう手加減しないで」 だが兄が私に命じたのは、身内の力を使うことではなく、「今すぐ110番して、証拠を全部残せ」ということだった。 その言葉で私は、義実家の天井に防犯カメラがあることを思い出した。 警察が映像を確認した直後、それまで「手が滑っただけ」と笑っていた義兄の顔色が一変する。 そして夫まで知らなかった“決定的な場面”が映っていたことで、あの正月に笑っていた全員の立場がひっくり返り始めた。怒り|嫁姑|親子関係|修羅場2.2万字5 2193 -
完結第15話
時給951円と捨てられた妻の正体
「時給951円の役立たずが、年収2000万円の俺に寄生するな」――夫は私の荷物をゴミ袋に詰め、玄関の外へ放り出した。 しかも愛人との写真を見せつけ、「離婚だ。俺がいなきゃ明日の飯にも困るだろ」と笑った。 私は渡された離婚届を受け取り、「ありがとう。今すぐ出ていくね」とだけ答えた。 夫は最後まで、私が負け惜しみを言っていると思っていた。 翌朝、私はそのまま離婚届を提出し、一本の電話をかけた。 その数時間後、夫は会社の懲罰委員会へ呼び出され、自分を守っていた“ある人物”の正体を初めて知らされる。 さらに愛人は消え、マンションまで退去を求められ、昨日まで自慢していた年収2000万円も一日で消えた。 それから1か月後、300件を超える着信の末、夫は私の会社まで押しかけて大理石の床に額をつけた。 「頼む、もう一度俺を養ってくれ」――私がその男の前に最後の書類を落とした瞬間、本当の反撃が完成した。(続)怒り|夫婦|退職金|金銭問題2.2万字5 880 -
完結第12話
入学式の日、愛人を選んだ夫への「お祝い」
娘・美香の入学式当日、夫・健吾は姿を見せなかった。電話をかけると、「愛人と離婚届を出しに来ている」と笑いながら告げ、妻子を捨てて新生活を始めると宣言する。 泣きそうになるカナからスマートフォンを受け取った義母・富美子は、取り乱すどころか静かに微笑んだ。「本当におめでたい日ね。盛大にお祝いしなくちゃ」。その夜、帰宅した健吾を待っていたのは、白いリボンが掛けられた巨大なケーキだった。 しかしケーキの中には、健吾が大切にしていた高級時計や愛人との品々が隠されていた。自らそれらを切り刻んだ健吾へ、富美子は不倫と会社経費の私的流用を示す証拠を突きつけ、カナは離婚条件を記した書類を差し出す。 娘の晴れの日に家族を裏切った男がすべてを失う一方、血のつながらない嫁と孫を守り抜いた義母。三世代の女性が本当の家族として、新しい幸福を築いていく痛快な逆転物語。夫婦|親子関係1.8万字5 1030 -
完結第12話
夜勤明け、鍵を替えられた私の静かな反撃
30時間の夜勤を終えて帰宅した看護師・南を待っていたのは、義母によって交換された玄関の鍵だった。「反省したら土下座しに来なさい」という連絡に、南は「そうですか。では、さようなら」とだけ返信する。 だが、義母と無職の夫は知らなかった。その高級マンションは、南の勤務先が契約する借り上げ社宅であり、家賃も生活費もすべて南の収入で支えられていたのだ。 南は騒がず、締め出しを自白したSNS投稿を保存。社宅の退去手続き、電気・水道・ガスの解約、弁護士への離婚依頼を淡々と進める。月曜日の午後5時、部屋の明かりが消え、管理会社と警察が玄関に現れた。 自分を家政婦のように扱った家族との関係を断ち切り、誇りある仕事と人生を取り戻す女性の、静かで痛快な逆転物語。因果応報|人生逆転|嫁姑|親子関係1.9万字5 4808