"退職金を狙った夫" 第3話
久しぶりに4で卓を囲むことになった。子は朝から台所にち、煮物を作り、刺を丁寧に並べた。
何事もない週末のように見えただろう。
けれど、いつもなら酌でビールをむ昭雄が、グラスにも箸にもをつけずに座っていたことに、敬子が気づいた。
事が始まってしばらくした頃、昭雄がをいた。
「実は、おたちに話がある」
その瞬、部の空気が変わった。
敬子と由美が顔を見わせた。子はかなかった。ただ箸を置き、静かに昭雄を見た。
「お母さんとは婚することにした」
い言だった。
敬子がすぐに声をげた。
「え、どういうことなの?お父さん」
由美も箸を置き、母の方を見た。
「お母さんは?」
子は静かに娘たちを見た。表を変えなかった。ただ2の目を順番に見つめ、さくうなずいた。
その落ち着きが、敬子には逆に怖かった。
「お母さん、それでいいの?」
昭雄が腕を組んだ。
「俺にも俺のがある。おたちには関係のないことだ」
由美が声を荒げた。
「関係ないってどういうこと?私たちの親のことでしょう?それに今さら婚なんて、所のになんて言えばいいの」
その言葉に昭雄はし顔をしかめた。けれど子は黙っていた。娘たちが自分のために声をげてくれていることが胸に染みた。
事はそこでほとんど止まった。
広告
テレビの音も、箸の音も、やけにく聞こえた。
夕が終わると、昭雄は斎に引きげた。ドアが閉まる音を聞いてから、敬子が子の隣にそっと座った。
「お母さん、本当に丈夫なの?」
子はし考えてから答えた。
「丈夫よ。配しないで」
「でも、お母さんが泣きもせずりもしないのが怖いよ」
子は娘の顔を見て、静かに言った。
「泣いたりったりする気力は、別のことに使わないといけないから」
敬子はしばらく黙っていた。やがてさな声で言った。
「お母さんが決めたことなら、私はついていくよ」
その言葉を聞いた瞬、子の胸の奥で何かがほどけた。子は娘のをそっと握った。何も言わなかった。
翌朝、子供たちが帰っていくを見送りながら、子は玄関先で1っていた。
これで孤独じゃなくなった。
あとは、昭雄が次に何をしてくるか。それだけを静に待てばいい。
定まで、あと2ヶを切っていた。
数、昭雄はリビングで子に向き直った。そして静かに、確信を持った声で言った。
「退職がるに婚する。弁護士にも相談済みだ」
子はその言葉を正面から受け止めた。表は変えなかった。
「退職がるに婚する。弁護士にも相談済みだ」
昭雄はそう言い放つと、すぐに斎へ消えた。
リビングに1残された子は、しばらくそこにっていた。
広告
りもしみも、議なほど湧いてこなかった。胸のにあったのは1つだけだった。
ついに来た。
その静かな確信だけだった。
翌朝、昭雄が勤した、子は弁護士に話を入れた。
「先、昨晩、夫から退職がるに婚すると言われました」
受話器の向こうで、弁護士は落ち着いた声で答えた。
「そうですか。分かりました。では次のステップにみましょう」
その言で、子の体からし力が抜けた。1じゃない。そうえた。
それから2週が経った。定まで残り1ヶを切った頃、ある朝、昭雄がテーブルに封筒を無造作に置いた。
「婚協議だ。判を押せ」
子は封筒をに取り、ゆっくりとを確認した。にはいくつもの項目が並んでいた。けれど財産分与の記載はなかった。退職についての記述もなかった。
子は顔をげた。
「確認してもいい?しをもらえる?」
昭雄はで笑った。
「どうせ判を押すしかないんだから」
子は何も言わなかった。
そのの午、子は弁護士事務所へ向かった。テーブルに協議を広げ、弁護士と緒に1ずつ確認した。
「これはサインしてはいけません。この内容では奥様に利です」
「分かっています」
子は静かに答えた。
「では次にみましょう」
弁護士が引きしから別の類を取りした。そこには財産分与請求、分割申請、そして昭雄への正式な通が揃っていた。
「この類が届いた瞬、ご主の計画はきく崩れます。
広告
おすすめ作品
-
完結第7話
親友に夫を譲った日
家事、育児、義母の介護、そしてパート。 小島弥生は10年間、夫・友幸の家庭を支えるために、休む暇もなく働き続けてきた。 そんなある日、出張から戻ったはずの夫が、突然リビングで土下座する。 「お前の親友を妊娠させた」 隣にいたのは、大学時代から親友だと思っていた舞子だった。舞子は悪びれるどころか、勝ち誇った顔で言い放つ。 「旦那はもらうから、あんたは出ていって」 しかし弥生は泣き崩れることも、怒鳴ることもしなかった。 「喜んで」 そう答えた彼女は、実は5年前からすべてを知っていた。夫の裏切りも、親友の本性も、そして自分が見下され続けていたことも。 証拠、住まい、収入、義母の行き先。 すべての準備を終えた弥生が静かに家を出た3日後、舞子から血相を変えた電話がかかってくる。 奪ったはずの夫には、もう何も残っていなかった――。夫婦|熟年離婚1.1萬字5 2934 -
完結第15話
残り物少年の奇跡
「残り物をください。そしたら、あなたに歩き方を教えます」 高級レストランでそう言ったのは、破れた靴を履いた8歳のホームレス少年・翔太だった。 相手は、事故で歩く力も家族も希望も失った大富豪・佐藤孝志。世界中の医師から「もう歩けない」と告げられ、人生を諦めかけていた男だった。 ただ食べ物を求めて現れたはずの少年は、なぜか孝志の心の奥に隠された絶望を見抜いていた。 毎晩8時の夕食。少年の小さな手が、動かない足に触れるたび、孝志の中で何かが少しずつ変わり始める。 これは奇跡なのか、それとも少年が見つけた“生きる理由”なのか。 残された一皿のサーモンから、壊れた家族と失われた人生が静かに動き出す――。人生逆転|金銭問題2.3萬字5 518 -
完結第8話
消えた仕送り720万円
真冬のある日、55歳の富代は、母の暮らす古いアパートを訪ねた。 部屋の中は外と変わらないほど冷え切り、母は暖房もつけず、毛布にくるまって震えていた。冷蔵庫にはわずかな食材しかなく、長年仕送りをしてきたはずの富代は胸を痛める。 「もっと仕送りを増やすね」 そう告げた瞬間、母は不思議そうに首をかしげた。 「仕送り? 知らないけど」 12年間、毎月5万円。合計720万円。 母のために送っていたはずのお金は、どこへ消えていたのか。疑念を抱いた富代が口座を調べ直すと、そこには夫と義家族が隠し続けていた信じがたい事実があった。 仕送り先を本来の口座に変えた日から、義母、夫、義姉の態度は一変する。 なぜ彼らはそこまで焦ったのか。 凍える母の部屋から始まった違和感は、30年の結婚生活を揺るがす真実へとつながっていく――。因果応報|人生逆転|金銭問題1.2萬字5 2693 -
完結第8話
愛人旅行の代償
定年の日、美和は36年間支えてきた夫・秀治のために、好物の夕食を用意して待っていた。 しかし帰宅した秀治が連れてきたのは、見知らぬ若い女性だった。 「退職金で香織と海外旅行へ行く。帰ってきたら離婚届に判を押せ」 夫はそう言い放ち、さらに美和に家を出て行くよう命じる。長年守ってきた家庭も、妻としての時間も、すべてなかったもののように扱われた美和。 だが、彼女は泣かなかった。 旅行へ向かう夫と愛人を静かに見送り、ただ一つだけ確認する。 「この家のことは、私が決めていいのね」 数日後、海外旅行から戻った秀治を待っていたのは、見慣れた玄関ではなく、ロープで囲まれた更地と「売却済み」の看板だった。 夫が知らなかった、この家の本当の持ち主。 そして美和が36年の結婚生活の最後に下した、静かな決断とは。夫婦|金銭問題1.2萬字5 7975 -
完結第20話
湖底の五本柱
1999年2月、記録的な豪雪に閉ざされたダム建設地・鏡谷で、3人の男が忽然と姿を消した。 彼らが乗っていた黒いセダンは、エンジンをかけたまま雪原に残されていた。ドアは開き、所持品もそのまま。だが、車の周囲には人が降りた足跡が一つもなかった。 やがて龍鳴寺の床下から見つかった1台のカメラが、事件を思わぬ方向へ動かしていく。そこに写っていたのは、消えた3人と作業員たちが、吹雪の中で何かを巡って激しく対立する姿だった。 さらに、ダムに沈むはずだった村からは、古い拳銃、止まった懐中時計、血に染まった作業車、そして「五つの柱」という不気味な言葉が浮かび上がる。 これは単なる失踪ではなかった。 ダムの底へ沈められようとしていたのは、村の風景だけではない。30年前に隠された罪と、ひとりの老人が命をかけて仕掛けた復讐だった。 雪の中で消えた男たちは、どこへ行ったのか。 そして、水没した地下から響く時計の音は、何を告げていたのか――。ミステリー|行方不明|金銭問題3.0萬字5 889 -
完結第9話
止められた12枚
離婚届に判を押した瞬間、夫と姑は私を追い出し、新しい嫁を笑顔で迎え入れた。 私はただの“稼ぐ妻”だった。夫の遊び代、姑の美容代、義実家の贅沢――すべて私のカードで支払われていたのに、彼らは最後までそれを当然だと思っていた。 だから私は、何も言わずに12枚のカードを止めた。 数日後、元夫は新しい婚約者との豪華なパーティーで、300万円の支払いを求められる。だが差し出したカードは、すでに利用停止済み。 招待客の前で崩れていく見栄。逃げ出す新しい嫁。そして、義実家がようやく気づいた時には、すべてが遅すぎた。 彼らが迎え入れたのは、幸運の女神ではない。 欲望に姿を変えた、破滅そのものだった。因果応報|夫婦|金銭問題1.3萬字5 1135 -
完結第9話
赤い口紅と信託離婚
定年退職の日、香川週一郎は40年勤めた会社を静かに去ろうとしていた。 その日は、妻・のり子の誕生日でもあった。だが朝、赤い口紅を引いて出かけていく妻を見ながら、週一郎はすでにすべてを知っていた。 大学時代の恋人との再会。共通口座からの不審な出金。退職金を使った「別人生」の計画。 のり子は、夫が何も気づいていないと思っていた。 しかし週一郎は半年間、何も言わずに証拠を集めていた。そして退職金2700万円は、妻が一切触れられない場所へ移されていた。 その日の夕方、妻が帰宅した時、家から夫の痕跡だけが消えていた。 ダイニングテーブルに残されていたのは、手紙と信託公正証書、そして離婚調停申立書。 翌朝、銀行の窓口に立ったのり子は、初めて知ることになる。 夫が怒らなかった本当の理由を――。因果応報|夫婦|金銭問題1.4萬字5 1277 -
完結第8話
残高4800円の老後
退職金2200万円。 38年間まじめに働き、ようやく手にした老後の安心資金。宮田哲夫は、自分の人生を「堅実に生きてきた」と信じていた。 投資詐欺に遭ったわけでもない。ギャンブルに溺れたわけでもない。派手な贅沢をした覚えもない。 それなのに8年後、通帳に残っていたのはわずか4800円だった。 年金13万円の暮らし。車、ゴルフ、息子への援助、家の修繕、物価高――。ひとつひとつは“普通”に見える出費が、退職金を静かに削っていく。 妻のせつ子は何度も家計を見直そうとした。だが哲夫は「なんとかなる」と言い続け、通帳から目をそらした。 そしてある朝、せつ子は家を出ていく。 老後破産の本当の原因は、お金の使い方だけではなかった。哲夫が最後に気づいた、夫婦にとって一番大切なものとは――。人生逆転|退職金|金銭問題1.2萬字5 1372 -
完結第23話
見下した作業服の裏にある真実の誇り
昔、「服が汚い」「職人の家柄は恥ずかしい」と、質素な作業服を見下して婚約を破棄した家族がいました。 彼らはブランドや肩書き、お金だけを見て人の価値を判断し、汗と油にまみれる職人の誇りを「底辺」と蔑んでいたのです。 しかし、彼らが軽んじたボロボロの作業服を着た女性こそ、実は誰よりも大きな会社を守り抜いた真の会長でした。 地位や豪華な着物、華やかな生活。そんな見せかけの栄光を追い求めた一家は、最後に何もかも失いました。 一方、泥にまみれ、手にタコを作り、地道に技術と誇りを守り続けた母と娘だけが、本物の幸せと未来を手に入れたのです。 ✨人生は見た目では決まらない ✨派手な権力より、人間の誠実さが勝つ ✨長年の努力と真心は、必ず報われる ただ金や地位を追うだけの虚しい人生より、自分の仕事を愛し、誇りを持って生きる日々こそ、最高の宝物です。 年月を重ねるほど、心に染みる真実の物語です。 皆さんも、大切な方へシェアして、人生の教訓を分かち合いませんか?人生逆転|金銭問題|修羅場3.5萬字5 507 -
完結第26話
十五年の忍び、本物の令嬢として帰る
離婚 3 日後、父と食事をしていたところ元夫と愛人にばったり。 「金持ちにすがっただけ」と馬鹿にして笑う二人。 私が「お父さん」と呼んだその瞬間、二人の顔から笑みが消え、全身凍りついた。 15 年間踏みにじられた尊厳、今日全部取り返す。因果応報|人生逆転|金銭問題4.0萬字5 6153