"寿司屋で暴かれた嫁" 第1話
あののことは、たぶん忘れられません。
10の半ば、し肌寒くなり始めた曜でした。私は嫁の美咲さんに誘われ、所の寿司へ2でかけました。馴染みのでしたし、将ともい付きいがありましたから、何も配していませんでした。
「お母様、たまにはお寿司でもいかがですか」
朝、そんなメッセージが届いた、私はし照れくさくなりました。嫁と2でするなんて、何だか本当の親子のようで嬉しかったのです。
私、田節子は68歳です。京のれ、駅からバスで15分ほどの宅にある築30以の軒で暮らしています。庭にはき夫の正男が植えた柿のがあり、になると毎たわわに実をつけます。
夫をくしたのは3のでした。病名は膵臓がん。見つかったにはすでに遅れで、告から4か、あっというでした。40以連れ添ったがいなくなるというのは、こんなにも静かなものなのかといました。朝起きて台所にっても、「おはよう」と言う相がいない。ただそれだけのことが、じわじわと胸に染みてくるのです。
それでも私には、1息子の浩司がいました。浩司は42歳。都内の堅メーカーで営業の仕事をしています。真面目で器用で、付きいがあまりではないところは、夫の正男にそっくりでした。
広告
浩司は30代の初めに1度結婚しましたが、5ほどで婚しています。子どもはいませんでした。婚は仕事ばかりで、休も1で過ごしているようでした。親というものは勝なもので、息子がいくつになっても配になります。
「またいいが見つかるといいわね」
そう言うたびに、浩司は「うるさいな」と顔を背けていました。
ところがの、浩司が突然、再婚すると言いしたのです。
相は野美咲さん。36歳で、浩司より6歳。都内のクリニックで医療事務をしているということでした。
初めて会ったのはの4、桜がちょうど満の頃です。浩司が美咲さんを連れて、うちに来ました。玄関にっていた美咲さんは、清楚で品のある女性でした。し控えめなじで、けれどニコニコと穏やかに笑っていました。
「初めまして。野美咲と申します。浩司さんにはいつもお世話になっております」
丁寧にお辞儀をして、産には私の好きな栗饅を持ってきてくれました。第1印象は、とても良かったのです。
6に入籍し、浩司のマンションで2の活が始まりました。美咲さんは本当によくできたお嫁さんでした。毎週曜になると、料理を持ってうちに来てくれました。肉じゃが、切り干し根の煮物、ひじき、筑煮。私が好きなばかりで、付けもちょうどよく、台所につ姿も自然でした。
広告
「お母様のおにいますか」
しそうに聞いてくる顔がらしくて、私はいつも笑って答えました。
「美しいわよ。美咲さん、ありがとうね」
庭のむしりも伝ってくれました。病院の送り迎えにも「私がきますから」と申してくれました。ご所の奥さんたちからも、「節子さん、いいお嫁さんをもらったわね」と羨ましがられ、私もついがくなっていました。
1暮らしの寂しさが、美咲さんのおかげで随分と柔らいだのは確かです。
けれど、しだけ引っかかることがありました。
最初に気になったのは、8のお盆を過ぎた頃だったといます。美咲さんがお茶を入れながら、何気ない調で言ったのです。
「お母様、このの権利って、どこに保管されていますか」
私は湯呑みにを添えたまま、し固まりました。
「権利?」
「ええ。万がのことがあった、浩司さんも私も、何がどこにあるか把握しておいた方がいいかなといまして。最、齢の方が突然倒れて、ご族が困るケースもいって聞きますし」
言っていることは、確かにもっともでした。
でも、嫁いできてまだ半も経っていないに、の権利の所を聞かれるのは、なんとなくい気がしました。
「ああ、仏壇のの引きしに入れてあるわよ」
そのは、なんとなくそう答えてしまいました。
美咲さんは「ありがとうございます」と微笑みました。
広告
おすすめ作品
-
完結第6話
録音機が暴いた息子の本音
息子の家から帰ってきた夜、夫の茂は書斎に閉じこもり、声を押し殺して泣いていた。 これまでどんな苦労にも涙を見せなかった頑固な夫。そんな彼が、嫁からの電話に怯え、息子の家へ行くことさえ拒むようになる。 妻の花子は、夫が何を隠しているのか確かめるため、こっそり夫の上着に小さな録音機を仕掛けた。 そして録音されていたのは、嫁の冷たい言葉、息子の残酷な本音、そして夫が必死に守ってきた誇りが壊れていく音だった。 「老人臭が残るから、もう来ないでほしい」 「パパが俺の人生を潰したんだ」 息子のためにすべてを捧げてきた夫婦が、最後に聞かされた言葉。 その夜、花子は決意する。 親としての役目は、もう終わったのだと。 夫婦は住み慣れた家を売り、電話線を抜き、誰にも告げず遠い町へ向かう。そこから始まったのは、失った人生を取り戻すための静かな再出発だった――。因果応報|夫婦|親子関係9.0千字5 5 -
完結第9話
橋の下で見つけた孫
夫の三回忌を終え、心を癒すために熱海を訪れた鈴木里子。 賑やかな温泉街の片隅で、彼女は一人の痩せた少女と出会う。土埃にまみれた裸足、古びた人形を抱きしめる小さな手。そして右目の下にある、息子と同じ場所のほくろ。 「おばあちゃん……本当に、おばあちゃん?」 少女の言葉に、里子の時間は止まった。 3年前、嫁の嘘を信じた息子・剣太は、里子を拒絶し、妻と娘を連れて姿を消した。オーストラリアへ移住したはずの息子と孫娘。けれど里子が連れて行かれた先は、観光地の明るさから遠く離れた、冷たい橋の下だった。 そこにいたのは、変わり果てた息子と、飢えに耐えて生きてきた孫娘。 あの日、家族を引き裂いた嘘の真相とは何だったのか。 失われた3年間を取り戻すため、里子は息子と孫を連れて鎌倉の家へ帰る。そして、すべてを奪った女との静かな戦いが始まる――。真相|親子関係1.3萬字5 5 -
完結第6話
桜を連れて消えた妻
「男の子を産んでほしい」 娘・桜を命がけで出産した私に、義母は何度もそう言い続けた。医師から次の妊娠は命に関わると告げられても、夫は私を守ってくれなかった。 女の子である桜は、いつも“足りない存在”のように扱われ、私は笑顔の裏に隠された言葉で少しずつ追い詰められていく。 やがて夫は、外に別の女性を作った。 そしてある夜、彼は私に告げる。 「その人に子供ができた。男の子だ。離婚してほしい」 私は黙って離婚届に名前を書き、3分後、娘と一緒に家を出た。 翌日、夫と義母は新しい命の検診へ向かう。待ち望んだ“男の子”のはずだった。 しかし診察室で医師が告げた一言に、夫家族は凍りつくことになる――。夫婦|親子関係9.1千字5 112 -
完結第7話
義母が家を売った日
夫に裏切られ、車いす生活の義母の介護まで押し付けられたゆい。 離婚したその日、夫は若い女性のもとへ逃げ出し、実の母である義母を置き去りにした。しかも「離婚しても母さんはお前の親だろ」と言い放ち、介護だけを元妻に押し付けようとする。 しかし、夫は知らなかった。 車いすの義母は、ただ助けを待つだけの弱い老人ではなかった。資産を持ち、知恵を持ち、何よりも自分を本当の娘のように支えてくれたゆいを守る覚悟を決めていたのだ。 夫が若い女との新生活に浮かれている間、義母は静かに電話を手に取る。 「まずは、この家を売ろうかしら」 血のつながった息子より、心でつながった嫁を選んだ義母。 そして、母も妻も捨てた夫に待っていたのは、想像もしない転落だった――。因果応報|介護|不倫1.0萬字5 183 -
完結第7話
消えた3506号室
70歳を迎える井上秀夫は、亡き妻との約束を胸に、息子夫婦と同居していた。 30年間守ってきたラーメン屋と、妻との思い出が詰まった家を売り、全財産を使って港区のタワーマンションを購入した秀夫。これからは息子夫婦と温かい家族として暮らせる――そう信じていた。 しかし現実は違った。 毎朝心を込めて作る朝食は見向きもされず、家族旅行にも誘われない。そんな中、息子夫婦は「大阪出張」と「母の看病」という嘘をつき、秀夫を1人残して豪華なヨーロッパ旅行へ出かけようとしていた。 しかも、その旅行期間は、秀夫が人生最後になるかもしれない70歳の誕生日と重なっていた。 秀夫には、どうしても息子に伝えなければならない秘密があった。だが、裏切りを知った彼は静かに決意する。 息子夫婦が旅行を楽しんでいる間に、秀夫は自分名義のタワーマンションを売却し、姿を消した。 帰国した2人を待っていたのは、もう開かない玄関と、父からの冷たい一通の手紙。 なぜ父は突然すべてを捨てたのか。 そして、息子夫婦が失ったものは、家だけではなかった――。因果応報|相続|親子関係|金銭問題1.0萬字5 107 -
完結第6話
ハワイへ消えた母
「10年間、お疲れ様でした」 息子夫婦からそう告げられ、68歳の長沼クミは家を出るよう求められた。 孫の世話、家事、食事、掃除――結婚以来10年間、息子家族のために尽くしてきた日々。けれど、感謝の言葉はいつしか消え、最後に残ったのは“もう必要ない”という冷たい宣告だった。 しかし、クミは泣かなかった。 なぜなら彼女は、ずっと前からこの日が来ることを予感していたから。 翌朝、荷物はすでにまとめられていた。息子夫婦が呆然と見つめる中、クミは静かに家を去る。そして1ヶ月後、彼女は日本ではなく、青い海の広がるハワイにいた。 その頃、息子からの着信は90件。 だが、クミが再び振り返ることはなかった――。因果応報|人生逆転|ATM扱い|親子関係9.4千字5 88