みかん小説
本棚

"義母介護八年、離婚の夜に捨てられた私の逆転" 第1話

 

夜のリビングは、静かにに包まれていた。壁の計が、微かに秒針の音を刻む。「婚してくれ、お願いだ…もう耐えられない…」

く震える声が響いた。にはすでに署名済みの婚届を握りしめる隆の。私は、に置いたバケツに入った汚れ物に目を落とした。介護特活臭と、どうしても消えない消臭剤の匂いが混ざりって、空気に滲んでいた。

結婚してから、そのうちのを、寝たきりの義母・静子さんの介護に捧げてきた。朝は、夜は。自由な秒もなく、旅どころか所のスーパーにくにもを気にし、美容院へく暇も惜しんで髪を束ね続けた。すべては、する夫と恩義ある義母のためだと信じて疑わなかった。

隆の声が再び響く。「俺は限界なんだ。おとの活にはもう耐えられない」私は静かにがる。腰が痛む。膝の関節がミシミシと鳴る。隆は線を逸らし、ネクタイを緩め、苛ちをわにしている。

「うるさい。おは介護を盾にして俺に甘えてるだけだろう」のバケツに目を落とし、私は静に答えた。「わかったわ。婚しましょう。だけど条件があるわ」

隆は目を見く。顔に笑みが残るが、それも束の、彼はすぐに声を荒げた。「ふん、施設に入れれば済む話だ。おに言われなくても俺には俺のやり方がある」

広告

私はにしたバケツを片付け、ペンを取りした。婚届の署名をする指先には、みが宿る。き終えた瞬の奥でプツンと切れる音がした。終わったのだ。

バケツを置き、婚届を隆の胸に押し付ける。彼は受け取ったものの、どこか釈然としない。、私が黙々と義母の介護をこなし、を管理してきた事実を、隆はまだ理解できていない。

私は静かにスーツケースを取りし、荷物をまとめる。夜の玄関、り始めている。たい空気が頬を撫でる。振り返らず、歩ずつむ。タクシーのドアをけ、乗り込むとバックミラーに映るが、に霞んでさくなるのを見つめた。

の記憶が、胸のでゆっくりと蘇る。結婚当初の優しかったタカシ。義母の脳梗塞。私が辞めた仕事。すべてを抱え、夜通しき回った々。鳴られるたび、泣きたくても泣けなかった夜。

しかし今、私は自由だった。もうあのに戻ることはない。耐えてきた私の忍耐が、ようやく報われる瞬だった。

タクシーがす。灯が流れる。振り返らない。の私のは、ここで静かにたなページをいた。

タクシーの窓に、粒が細く流れていた。私は膝ので両ね、さっきまで暮らしていたざかっていくのを、バックミラー越しに見つめていた。

広告

では、義母の夜泣きと隆の焦った声がまだに残っていた。

「おい、静かにしろよ」

その言葉を聞いた瞬、私はもう度と戻らないと決めた。

結婚当初、隆は優しかった。

「俺が君を幸せにする。母さんも君のことを娘みたいにってるから」

その言葉を信じて、私はこのに嫁いだ。けれど、静子さんが脳梗塞で倒れ、い介護が必になったから、すべてが変わった。

「俺は仕事がある。介護はを守るおの役目だろう」

その言で、私の仕事も、も、も止まった。

勤めていたデザイン事務所を辞め、私は、介護に縛られる活になった。朝は着替えと事の介助。昼はリハビリ、洗濯、掃除。夜はおむつ交換と徘徊の見守り。

静子さんは、識がはっきりしているには「ありがとうね」と言ってくれた。けれど認症がむと、私を棒扱いし、事をに投げ、夜声で叫ぶようになった。

それでも私は耐えた。

いつか隆が分かってくれる。いつか状況が落ち着く。そうっていた。

でも、隆は変わらなかった。

しでも遅れると、

にいて、飯もまともに作れないのか」

そう吐き捨てた。

私のが荒れても、腰が曲がっても、髪が乱れても、彼は見ようとしなかった。見ていたのは、汚れたと、疲れた私だけだった。

そして数ヶから、隆は急にだしなみに気を使い始めた。

の匂いをさせて帰るも増えた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: