"四十九日に追放された妻" 第2話
私はそれだけ言うのが精杯だった。拓哉がおの所を調べてやってきたとき、私はちょうど調理で煮物のきな鍋をベラでかき混ぜているところだった。の扉がき、拓哉が入ってきた。私を見るなり、拓哉は入りで完全に固まってしまった。私は息子の顔をじっと観察した。拓哉は随分とやつれており、目のにクマがあって、最まともに眠れていないようだった。
私はベラを置き、気づいたらが息子の頼りない肩の方へ向かって伸びていた。しかし、そのを途で止め、私は線を落とした。
「拓哉、お母さんが言えないことがあるの」 『なぜですか?』
拓哉は私の顔を覗き込むようにして尋ねた。私は息子の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「言ったら、あなたの庭が辛くなるから」
私の言葉を聞いた瞬、拓哉の目から粒の涙がこぼれ落ちた。拓哉は首を激しく振った。
『お母さんがそんなこと言っちゃダメじゃないですか!』
拓哉は声を震わせて叫んだ。私は何も言えず、ただ息子の泣き顔を見つめることしかできなかった。美咲が私を追いしたことを告げれば、この子の庭は完全に崩壊してしまう。それが何よりも怖かったのだ。
その夜、私たちは閉したおの片隅にあるさなテーブルに並んで座り、私が作った煮物と温かいご飯をべた。
広告
拓哉は箸をかしながら、べながらずっと声を殺して泣いていた。私は何も言わず、ただ息子の空になりかけた茶碗を引き寄せ、再び煮物をそっとよそった。今の私には、言葉の代わりにそれでしか、息子へのを表現することができなかったのだ。
事が終わり、のへると、たい夜が吹き抜けた。帰り際、拓哉は私の両をく握りしめて言った。
「お母さん、に戻ってください。美咲にちゃんと話します」
私は寂しそうに微笑み、ゆっくりと首を振った。
「いいのよ。お母さんは、今のここが番落ち着くから」
拓哉はそれ以何も言えず、何度も振り返りながら夜のをっていった。その背を見送った、私は奥の部に戻り、切に持ってきた夫の古い腕計を机のに取りした。4のあの、をる直に持ってきた、唯の形見だった。
私は腕計のガラス面をおしそうに指でなぞった。
「さん、私、うまくやれているかしら?」
計は何も言わなかった。ただ、静かな部ので、秒針だけがカチカチと静かに回っていた。私はその音を聞きながら、静かに目を閉じた。
それから3の歳が流れた。が2度来て、が3度やってきた。私はまだ、変わらずエミのお惣菜の厨にち続けていた。
拓哉はに度、必ず私を訪ねておにやってきた。
広告
には、孫のゆいを連れてくることもあった。
「おばあちゃん、これ美しい!」
ゆいはさなに私の作った煮物を頬張り、嬉しそうに笑顔を弾ませた。私はその姿をおしく見つめ、彼女のを優しく撫でた。
「うん、おばあちゃんが作ったのよ。たくさんべなさいね」
私は、その親子の笑顔を見るだけで分に幸せなのだと、自分に言い聞かせ、納得させようとしていた。
だがあるの、拓哉がいつもの度の訪問とは違い、1で突然おにやってきた。彼の表はいつもと違って、ひどく青ざめ、顔が完全にこわばっていた。調理にいる私を見つけると、拓哉はい声で言った。
「お母さん、お話があります」
私はただ事ではない気配をじ、結んでいたエプロンをゆっくりとして、の片隅のテーブルの向かい側に座った。拓哉はカバンから、通の古びた封筒を取りし、私ののテーブルに静かに差しした。
「お父さんの斎の理を始めたんです。そうしたら、机の引きしの番から、これがてきました」
私は差しされた封筒の表面を見つめた。そこには、見違えるはずのない夫の跡で、力く「子へ」とはっきりといてあった。それを見た瞬、私のが刻みに震えした。さんの字だった。きていた頃、机に向かってグッとペンを押し当てていていた、あのそのままの字だった。
私は震えるで封筒の気密を破り、を取りした。
広告
おすすめ作品
-
連載中第7話
20億追放妻の封筒逆転
斎藤グループ創業家の長男と結婚して5年。跡継ぎを望まれながらも子どもに恵まれず、結菜は義実家の視線に耐え続けていた。 そんなある日、夫の愛人が妊娠したことを知らされる。しかも相手の女性は双子を身ごもっていた。義父母は結菜に離婚合意書を差し出し、20億円と引き換えに日本を出るよう命じる。 家族だと思っていた場所から、金で追い出されることになった結菜。だが署名の直前、彼女は誰にも言えない“ある事実”を知る。 何も告げず海外へ渡った結菜と、愛人との結婚式を迎えようとする元夫。 すべてが斎藤家の思い通りに進むはずだったその日、式場に一通の封筒が届く。 そこに記されていた真実が、夫と愛人の未来、そして斎藤家の後継者計画を静かに崩していく――。因果応報|人生逆転|不倫1.1萬字5 29 -
完結第11話
部外者会長の逆襲
営業部の新年会に、夫と一緒に出席した井上ゆかり。 しかし会場に着くと、用意されているはずの席はなく、課長の獅倉からは笑いながらこう言われた。 「今日は関係者だけで飲もうよ」 部外者扱いされ、夫婦そろって追い出されるように店を出たゆかり。だが店の外には、黒いセダンと秘書が待っていた。 「帰るから、車出して」 「会長、承知しました」 実はゆかりには、会社の誰も知らないもう一つの顔があった。 翌朝、課長から慌てた電話が入る。大型契約が突然保留になり、会社のサーバーからは、ただの嫌がらせでは済まされない重大な痕跡が見つかっていた――。因果応報|修羅場1.6萬字5 739 -
完結第10話
真っ暗な部屋の退学届
姉を突然亡くした39歳の孝太郎は、残された高校生の姪・美緒を引き取ることを決めた。 母を失ったばかりなのに、泣き言ひとつ言わず、家事も勉強もこなす美緒。孝太郎は「しっかりした子」だと思い、少しずつ二人の生活は形になっていく。 だがある夜、仕事から帰ると部屋は真っ暗だった。 美緒の部屋を開けた孝太郎が見たのは、床に並べられた荷物、通帳、求人誌、そして一枚の退学届。 母を亡くした少女は、本当は何を抱えていたのか。 その夜、亡き姉が残した一通の手紙が、二人の止まっていた時間を静かに動かし始める――。第二の人生|親子関係1.4萬字5 219 -
完結第13話
吹雪の一杯
夫が遺した山あいの温泉旅館「灯里館」を、一人で守り続けてきた70歳の富美子。 しかし返済期限まで残り三ヶ月。1500万円の借金を抱え、親族や開発会社からは「もう旅館を売れ」と迫られていた。 そんなある吹雪の夜、富美子は雪の中で倒れていた一人の外国人男性を助ける。凍えた彼に差し出したのは、囲炉裏の火と、いつもの味噌汁だった。 ただの親切のはずだった。 だが、その外国人が残した映像をきっかけに、灯里館には世界中から予約が殺到する。さらに、旅館を買い取ろうとする開発会社が本当に狙っていたもの、そして亡き夫が密かに守ろうとしていた“山の秘密”が少しずつ明らかになっていく。 夫は本当に旅館を売ろうとしていたのか。 なぜ死後の日付で、夫の署名が残されていたのか。 消えかけた囲炉裏の火が、富美子の人生をもう一度動かし始める――。因果応報|人生逆転1.9萬字5 668 -
完結第12話
アクセル細工の報い
深夜1時、森雪穂のスマホに届いた防犯カメラの通知。 ガレージの映像に映っていたのは、夫・翔太だった。彼は周囲を気にしながら、雪穂が祖父から受け継いだ大切な車に何かをしていた。 翌朝、翔太は不自然なほど雪穂を車で外出させようとする。だが雪穂は知らないふりをしたまま、車には乗らなかった。 そんな時、突然やって来た義両親が「今日だけ車を貸してほしい」と言い出す。見栄のために雪穂の車を借りようとする2人を、なぜか翔太だけが必死に止め始めた。 「待ってくれ。その車はやめろ」 昨夜、夫は車に何をしたのか。 そして、義両親がその車に乗った瞬間、翔太の隠していた本性が静かに崩れ始める――。因果応報|夫婦1.8萬字5 3059 -
完結第12話
凍った再婚式
36年間連れ添った夫の鞄から、妻・佳子が見つけたのは、見知らぬ女性との結婚招待状だった。 しかも日付は3月14日。会場は京都・祇園の高級旅館。招待客は約100人。夫はまだ離婚も成立していない妻を残したまま、別の女性との“再婚式”を準備していた。 だが佳子は泣かなかった。問い詰めることもなく、招待状を写真に収め、静かに元の場所へ戻した。 夫婦の共有口座から消えていた金。京都に隠されていた3800万円のマンション。退職予定の夫に支払われる2500万円の退職金。そして、妻を財産から外そうとする遺言。 36年間、夫の予定も家計も管理してきた佳子は、すでにすべてを記録していた。 そして迎えた再婚式当日。 祝福に包まれるはずだった会場へ、一通の呼出状が届けられる。 夫が新しい人生を始めるはずだったその日、明るみに出たのは、誰にも知られたくなかった嘘と隠し財産だった――。因果応報|不倫1.7萬字5 1186 -
完結第12話
泥まみれの客と黒塗り5台
土砂降りの夜、タクシー運転手の佐藤美咲は、泥だらけで道端に立ち尽くす1人の老人を見つけた。 他のタクシーは、車が汚れることを嫌って次々と通り過ぎていく。中には、老人をあざ笑い、泥水まで浴びせて走り去る運転手もいた。 月末までにノルマを達成できなければクビ。幼い娘の手術を控え、仕事を失うわけにはいかない美咲も、一瞬だけ迷った。 それでも彼女は車を止める。 「シートなんて洗えばいいんです」 そう言って老人を乗せ、傘を差し、温かい缶コーヒーを手渡した。 しかし翌朝、美咲を待っていたのは、汚された車両と突然の解雇通告だった。 泣き崩れる彼女の前に、5台の黒塗りの車が営業所へ現れる。 昨日の泥だらけの老人は、いったい何者だったのか。 たった1本の缶コーヒーが、彼女の人生を大きく変えていく――。因果応報|人生逆転1.8萬字5 1895 -
完結第12話
200円の家族
23歳の大学生・高橋翔太は、感情を捨てたように生きていた。 友人の誘いも断り、食事も会話もすべてを「合理的かどうか」で判断する日々。そんな彼が、ある日ファミレスで会計できずに困っている母子と出会う。 所持金は300円。小さな娘を連れた母親は、夫に貯金を持ち逃げされ、住む場所さえ失っていた。 翔太は不足分の200円を支払い、さらに母子を自分の部屋へ連れて帰る。最初はただの合理的な判断。そのはずだった。 しかし、温かい手料理、少女の「ありがとう」、そして夜中に聞こえた小さな泣き声が、5年間閉ざしていた翔太の心を少しずつ揺らしていく。 なぜ彼は笑わなくなったのか。 なぜ「感情は判断を誤らせる」と言い続けるのか。 助けたはずの母子との出会いは、やがて翔太自身が封じ込めてきた過去を呼び覚ましていく――。因果応報|人生逆転1.9萬字5 930 -
完結第13話
止まったカードと空の家
夫の正文が「会社の旅行」と言って家を出た朝、私はすべてを知っていた。 行き先で待っているのは会社の同僚ではなく、高校時代からの親友・美津。しかも夫は、私名義のクレジットカードを勝手に使い、親友との食事や買い物にまで手を出していた。 泣いて問い詰めることはしなかった。証拠はすでにそろっている。娘も、父親の異変に気づいていた。 「引っ越すよ」 夫が浮気旅行を楽しんでいる間に、私は娘と新しい家へ向かった。そして夫のカードを止め、彼の荷物を“ある場所”へ送りつける。 旅行先で支払いができなくなった夫。荷物を受け取った親友の家。そして、空っぽの部屋へ戻ることになる裏切り者。 夫と親友を同時に失った私が、娘と本当の人生を取り戻すまでの物語。夫婦|親子関係|不倫1.9萬字5 9617