みかん小説
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"登記簿に残った妻の名前" 第1話

章 秀居を購入した

夫の退職は、いったい誰の未来を買うためのおなのでしょうか。

3の夕方、子は台所で煮物のめていました。鍋のでは根と鶏肉が静かに煮え、醤油とみりんの甘いりが湯気に混じってちのぼっていました。今は夫・秀の定でした。く働いてきた夫を、せめて温かい卓で迎えたい。そうって、子は朝から台所にっていたのです。

玄関の方で鍵の回る音がしました。子が顔をげると、秀が濡れた傘も畳まずに玄関へっていました。靴を脱ぐでもなく、コートを掛けるでもなく、ただい顔でこちらを見ています。

子、し話がある」

子は菜箸を置き、をさらにめました。

「ご飯のじゃだめなの?」

「飯の話じゃない」

その言い方に、子は胸の奥がかすかにえるのをじました。秀はダイニングの子に腰をろすと、面倒な続きを済ませるように息を吐きました。

を買った」

子のが止まりました。湯気の向こうで、煮物のりだけが妙に濃く残りました。

って、どこの?」

「しずく町の平だ。庭もある。これから暮らすにはちょうどいい」

子はゆっくりと振り返りました。

「これからって、誰と暮らすの?」

は目をそらしませんでした。むしろ、ようやく言うべきことを言ったというように、背もたれへ体を預けました。

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「美咲だ。あいつとしく始める」

台所の換気扇の音が、急にく聞こえました。子はすぐには言葉がませんでした。35連れ添った夫のから、まるで買い物の報告のように別の女の名てきたのです。

「私には相談もなかったのね」

「相談したら反対するだろう。だから先に決めた。退職も入るし、俺が稼いだだ」

子は秀の顔を見ました。35見てきた顔なのに、そのはまるでらない男のようでした。の夫婦活も、計の苦労も、子どもを育てた々も、秀ではすでに古い具のように片づけられていたのでしょう。

「そのも契約したの?」

「ああ。付けも払った。具も見にった。美咲が赤ちゃん部にいいってんでた」

「赤ちゃん部……?」

はそこでしだけ調をめました。

「そうだ。だから、おにもく分かってほしい。俺には守るものができた」

子は子の背にを添えました。指先にたさが伝わります。

「私は、守るものに入っていないの?」

瞬だけ黙り、それから面倒くさそうに言いました。

「おはもう丈夫だろう。もある。しくらいも渡す」

その言葉で、子のの何かが音もなく沈みました。泣き崩れることも、鳴ることもできませんでした。ただ、秀にした「しずく町」という名だけを、胸の奥で静かに繰り返していました。

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鍋のを止めると、台所は急に静かになりました。煮物はまだ温かいままでした。けれど、子が用していた定祝いの卓は、その瞬からもう、誰かを祝うものではなくなっていたのです。

章 秀が差しした婚届

翌朝、卓には昨夜の煮物がえたまま残っていました。子はいつものように湯を沸かし、湯呑みにお茶を注ぎました。けれど、そのつきはいつもよりし遅く、湯気を見つめる目には眠れなかった夜の疲れがにじんでいました。

は向かいの席に座っていました。聞もかず、噌汁にもをつけず、ただ封筒をひとつテーブルのに置きました。い封筒は、昨夜から用されていたもののように角がきれいに揃っていました。

「これに判を押してくれ」

子は湯呑みを置きました。

「なんの類?」

婚届だ。名はもう俺の分をいてある。おの欄だけ空いている」

子は封筒に触れませんでした。目だけを落とし、そこに入っているものを像しました。35の夫婦活を終わらせる。夫にとっては、役所にせば済む続き。その軽さが、子の胸を刺しました。

「私の欄だけ空いているのね」

「当たりだろう。おけば終わる話だ」

終わる話。秀はそう言いました。結婚活も、子育ても、両親の介護も、計を支えた々も、すべてを番号札の続きのように言ったのです。

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