"自由を返した春" 第2話
昨夜の婚の話など、もう片付いたことのような顔をしていた。
紀子は自分の着をに取り、玄関へ向かった。靴を履いていると、スマホが震えた。
娘の弓からだった。
『美優がね、今度おばあちゃんに泊まりたいって言ってるよ』
いメッセージだった。
紀子は画面を見つめた。
美優。
歳。笑うと目が細くなる、弓の娘。
「おばあちゃん」と言って抱きついてくるさな体の温かさが、ふいに胸に蘇った。
紀子はしだけ息を吐いた。
『いつでも来ていいよ』
そう返信して、玄関の扉をけた。
の空気が頬に刺さる。
図館までのを歩きながら、紀子は美優の顔をい浮かべた。
まだ言葉にはならない。
けれど、胸の奥で何かが静かにいた。
婚の話が具体にき始めたのは、それから週だった。
夕、夫が枚のをテーブルに置いた。
弁護士の名刺。
りきのメモ。
の査定額、分割の割、預貯の内訳。
「応、調べてもらった」
夫はそう言って、を紀子の方へ押しした。
紀子はそのをに取った。
数字が並んでいた。
の暮らしが、のではただの数字になっていた。
「この、売るのね」
「維持費がかかる。でむ必もなくなる」
夫は当然のように言った。
「おもになれば軽だろう」
紀子はから顔をげた。
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「お母さんの施設との連絡は?」
「それは引き続き、おが窓になってくれればいいとってる」
夫はしも悪びれなかった。
「おの方が慣れてるだろう。今さら変えるのも面倒だ」
確認ではなかった。
それは決定だった。
になる。
けれど役割だけは残される。
紀子は何も言わなかった。
夫の顔に悪はなかった。だからこそ、かった。
このは本当に、当然のことだとっているのだ。
その週、紀子はで弁護士事務所を訪れていた。
さな相談で、女性弁護士が類を確認する。
「お父様からの相続分、千百万円ですね」
「はい」
「これは特財産です。財産分与の対象にはなりません」
紀子は静かにうなずいた。
「夫もその点は承していますが、必ず面で確認しておきましょう」
「お願いします」
紀子は、初めて自分のためにいていた。
誰かに言われたわけではない。
誰かの世話でもない。
自分の活を守るために、必なことをしていた。
に戻ると、いつものように台所にった。玉ねぎを取りし、まな板に置く。包丁を入れると、目に染みて涙がた。
玉ねぎのせいか。
そうではないのか。
自分でも分からなかった。
ただ、包丁をかし続けた。
夜、弓から話がかかってきた。
「お母さん、本当に婚するの?」
「そうなりそう」
「信じられない。お母さんはってないの?」
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紀子はし黙った。
「っても仕方ないから」
からた言葉を、自分でもしくで聞いているようだった。
本当にそうっているのか、もう分からなかった。
「美優がね」
弓の声がし柔らかくなった。
「曜、おばあちゃんにきたいって」
「来てもらっていいよ」
話を切ったあと、紀子は窓のを見た。
夜の庭に、犀のが黒く沈んでいた。
このも売られるのだろう。
このがなくなっても、はどこにも持っていけない。
そうった瞬、紀子はようやく、自分がもう戻れない所まで来ていることに気づいた。
曜の朝、紀子はいつもよりく起きた。
蔵庫をける。
卵、だし巻き用の汁、プリンの材料。
から用しておいたものが、きちんと並んでいた。
美優が来るは、が自然といた。
誰かに命じられたわけではない。
楽しみにしてくれるがいるから、体が勝にくのだった。
をし過ぎた頃、玄関のチャイムが鳴った。
ドアをけると、美優がび込んできた。
「おばあちゃん!」
ランドセル型のリュックを背負ったまま、紀子の腰に抱きつく。
「来たよ!」
「来たね」
紀子はさな背にを置いた。
温かかった。
弓は玄関先で「じゃあ夕方迎えに来るね」と言い、し配そうに紀子を見たあと、に戻っていった。
美優はリビングに入るなり、きょろきょろと部を見回した。
「おじいちゃんは?」
「今は、いないよ」
「ふうん」
美優はそれ以気にする様子もなく、紀子のエプロンの裾をつかんだ。
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