"味噌かめの下に眠った七年" 第1話
2004の初、埼玉県にある川越税務署の窓は静けさに包まれていた。担当職員の伊藤は、机のに積まれた固定資産税の課税台帳を1枚ずつ丁寧にめくり、理の作業を黙々とめていた。
指先が械にきを繰り返す、伊藤はある1つの古いファイルをいた瞬、そのページをめくるをぴたりと止めた。
そのファイルには、1997に失踪扱いとなり、その翌に庭裁判所で正式に失踪宣告を受けた70代の老の名義が記されていた。驚くべきことに、そのしたとみなされている老名義のままで、ただの1度も滞納されることなく毎きっちりと納付された固定資産税の履歴が、1ずつ何層にもなるようにして台帳に積みなっていた。備考欄に目を移すと、代を支払った物の欄には毎回全く同じ名が記載されていた。それは、失踪した老の「嫁」の名だった。
「何かがおかしい」
伊藤は子からちがると、背の棚から関係する産登記簿謄本を取り寄せ、机のに広げてみた。謄本の文字を目で追っていた伊藤は、もう1度そので体を直させた。老名義のが所権移転の処理をされていたのだが、その移転登記の申請付は、老が警察に失踪届けをされてからすでに3ヶが過ぎたの付になっていたのだ。
広告
んだと推定されている物の名で、公な類にはっきりと押された実印。そして、公証役の類のに残された署名。伊藤はく息を吐きすと、元にある窓の受付札を「休止」の表示へとひっくり返し、席をした。彼は誰もいない廊の奥へと歩いていき、胸ポケットから携帯話を取りすと、素いつきでダイヤルを押した。受話器の向こうからは、川越警察署の犯係を呼びすプルルルという々しい音が、静かな廊に虚しく鳴り響いていた。
この奇妙な類の致が発見されるから、さらに7のことである。1997の、川越の級宅の裏で、複数の建物を所する70歳の老が、ある夜を境に何の触れもなく、跡形も残さずに忽然と消えった。あの静まり返った夜に、体何があったのだろうか。
1997の、埼玉県川越の宮町帯は、発の激しい波が押し寄せる直の、静かな級宅であった。の最奥で、周囲のどのよりも最も広い塀と派な構えを持つがあった。そののあるじこそが、この事件の被害者である鈴製造氏(当72歳)であった。
鈴氏は若い頃から「を見る目が並れている」と評判の物だった。1960代の半から郊のをしずつ買い集め始め、30以をかけてわせて6つの建物と、数か所のを築きげていた。
広告
そんなきな資産を築いた鈴氏だったが、彼の常は極めて単純だった。朝に起きて庭をゆっくりと周し、午には産管理会社にち寄って入居状況を確認する。そして午になると、きつけにしている理容で顔を剃ってもらうのが、彼の1の決まりきったルーティンだった。理容師の氏は、このように証言している。「鈴のおじいさんは、毎週曜の午2になれば違いなくうちにいらっしゃっていたんですよ。ですが、あのの、ある曜を境に、本当に突然、パタリといらっしゃらなくなったんです」。
鈴氏の族構成は、非常にシンプルなものだった。すでに20に妻をくし、齢となった鈴氏のそばに寄り添って暮らしていたのは、1息子の鈴浩(当46歳)、そして彼の妻である嫁の両子(当42歳)であった。息子の浩は、父親が所する建物のうちの1つを借りてさな賃賃業を営んでおり、事実、父親の財産を管理する役割を担っていた。
所から見れば、表向きは何の問題もない平穏な庭に見えていた。しかし、所の々のでより頻繁に話題に登っていたのは、嫁の両子の方だった。「背がくて、いつもハキハキとしたきな声で挨拶をする女性だった」と、当の隣たちは記憶していた。
彼女は鈴氏の産賃貸契約を代わりに管理し、入居者からる苦を直接処理し、夫の浩の代わりにの面倒な業務をで引き受けていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第18話
昭和五十一年、消えた父の声を十八年後に聞いた
昭和51年、深夜番組の途中で言葉を止めたアナウンサー・孝一が、そのまま姿を消した。局から消えた200万円を持ち逃げしたと疑われ、家族には盗人という噂だけが残る。18年後、娘の奈津美は放送局の壁から、当夜の未放送音声を記録したテープを発見する。 調査の末、孝一はダム建設に伴う戸籍偽装と土地補償の不正を知り、死亡したことにされた女性の娘を守ろうとして町を離れたと判明する。200万円の受領書も局幹部による偽装だった。しかし危険が去った後も、孝一は家族に拒絶されることを恐れ、自ら帰らない年月を重ねていた。 奈津美たちは父と再会するが、すぐに昔の家族へ戻ろうとはしない。父の潔白だけでなく、その後の沈黙も記録に残し、それぞれの距離で関係を築き直す。資料館では途切れた放送と地域の声が保存され、孝一は新たな記録に《今度は、返事がなくても、自分から確かめる》と書き残した。昭和|ミステリー|真相|行方不明2.7万字5 122 -
完結第16話
妊娠8か月の私に28人分のおせちを作らせた義母
妊娠8か月の優奈は、義母から「家族6人分」と聞かされていたおせち作りを引き受ける。だが台所に用意されていたのは、販売用の28人分。さらに義妹の店名が入った重箱には、優奈の名前が製造責任者として無断で使われていた。 体調を崩して病院へ向かった優奈は、録音や注文表を証拠として残す。予定より早く帰宅した夫・康平は、母から合鍵を取り上げ、親戚を帰らせるが、やがて妻の署名や免許証、退職金まで利用した500万円の融資計画が発覚する。 康平は家族へ怒るだけでなく、母の越境を長年黙認してきた自分の責任とも向き合う。一方の優奈も、誰かに救われるのを待たず、自分の名前、仕事、暮らしを自ら守り始める。 28人分のおせちから始まった騒動を通して、「家族のため」という言葉に奪われていた選択権を取り戻す夫婦の再生と、境界線の大切さを描いた物語。嫁姑|第二の人生|修羅場2.4万字5 1573 -
完結第11話
孫の一言で取り戻した通帳
「ばあばの通帳、ママのバッグにいつも入ってるよ」 年金支給日の朝、6歳の孫が何気なく口にした。 嫁の箸が止まり、黒いバッグから緑色の通帳ケースが覗いていた。 2年前、骨折した私に代わり、毎月4万円だけ下ろす約束で預けたものだった。 「今日は自分で記帳してくるわ」 そう告げると、嫁の顔から血の気が引いた。 近所の信用金庫で、1年8か月ぶりに通帳を開く。 4万円だった出金は、いつしか6万、8万、10万円へ増えていた。 そして今日も、私が朝食を取る前に8万円が引き出されていた。 私は何も問い詰めず、キャッシュカードを停止した。 その日の午後、嫁は青ざめて帰宅した。 さらに翌日、ゴミ箱から落ちたATM明細を広げた瞬間――私はその8万円が生活費ではなかったと悟った。人生逆転|祖父母と孫|嫁姑|第二の人生|金銭問題1.6万字5 1396 -
完結第11話
義母に通帳を渡さなかった妻
「これからは私が家計を管理してあげるわ」 月給25万円の夫にそう言われ、月収100万円を超える私は黙って義母を見た。 結婚前に自分で買ったマンションなのに、給与口座のカードと暗証番号を渡せと言う。 夫は止めるどころか、「母さんは金の管理が得意だから」と賛成した。 さらに義母は、夕食、洗濯、外食の回数まで書いた「林家の新しい生活ルール」を作っていた。 その翌日、共同口座から100万円が消えた。 振込先は、夫の弟だった。 「家族なんだから、100万円くらいで騒ぐなよ」 夫はそう言い、義母も「女は夫を立てるもの」と笑った。 私はその夜から、自分の分だけ洗濯し、夕食も作らなくなった。 3日後、帰宅した夫が「飯は?」と聞いた時、私は寝室のキャリーケースを指さした。 「そんなにお義母さんが正しいなら、これからはお義母さんの家で暮らして」 夫が固まった直後、私はもう一枚の書類をテーブルへ置いた。夫婦|第二の人生|金銭問題|修羅場1.7万字5 781 -
完結第12話
夫に「姉のふり」を頼まれた日
「30分だけ、俺の姉ということにしてくれ」 妊娠7か月の奈緒が夫の昇進祝いへ行くと、夫の隣には淡い青のドレスを着た若い部下が座っていた。 社員たちは彼女を「奥様」と呼び、「来年の結婚が楽しみですね」と祝福していた。 夫は社内で、奈緒とは離婚協議が終わっていると説明していたのだ。 「じゃあ、お腹の子はあなたの姪ということ?」 その時、若い部下が廊下へ現れた。 夫は慌てて、奈緒が別の男の子を妊娠し、自分につきまとっているのだと言い出した。 奈緒は黙って、その日の朝に届いたメッセージを見せた。 《帰ったら赤ちゃんの名前を決めよう》 《日曜日はベビーベッドを見に行こう》 部下の顔から血の気が引いた。 しかし会場のスクリーンに映し出された夫の受賞企画を見た瞬間、奈緒はさらに重大な嘘に気づく。 それは2年前、彼女が自分の名前で作ったはずの企画だった。怒り|夫婦|第二の人生|不倫1.8万字5 645 -
完結第12話
失踪した妻を道の駅で見つけた――「来ないで」と怯えた理由
「パパ、あの人……ママじゃない?」 半年前に消息を絶った妻が、山あいの道の駅で宝くじを売っていた。 車椅子に座り、別人のように痩せていた。 娘が「ママ!」と駆け寄ると、妻は青ざめて叫んだ。 「来ないで! 私はあなたたちを知らない!」 だが左手には、私が贈った結婚指輪。 そして手の甲には、見慣れた2つのほくろがあった。 「本当は、ずっと会いたかった」 妻は泣きながら娘を抱きしめた。 その直後、震える声で私に告げた。 「私が帰ったら、あなたと杏奈まで消される」 さらに宝くじ箱を差し出し、底を指さした。 そこには、妻が消息を絶った夜の“声”が残されていた――。 (続)因果応報|人生逆転|夫婦|真実|第二の人生|親子関係1.9万字5 1451 -
完結第11話
母が残した最後の住所
母を亡くした14歳の俺には、頼れる人が誰もいなかった。 父は幼い頃に亡くなり、母は朝から夜まで働き続けていた。 葬儀の後、親戚にも「うちでは面倒を見られない」と断られた。 一人になった部屋で母の遺品を整理していると、古い桐の箱から一枚のメモが出てきた。 《本当に一人になった時だけ、この場所へ行きなさい》 書かれていた住所は、隣の市の山手にある大きな屋敷だった。 俺は制服のまま、片道2時間近くかけてその場所へ向かった。 石造りの門柱には、母が一度も口にしたことのない名字が刻まれていた。 帰ろうとした、その時。 重い門がゆっくり開き、黒い服の老人が現れた。 老人は俺の顔を見るなり、深く頭を下げた。 「坊っちゃま、お待ちしておりました」 母が隠していたのは、いったい何だったのか。 (続)人生逆転|相続|第二の人生|金銭問題1.7万字5 735 -
完結第10話
空っぽの弁当箱
「5万円の居候でしょ?」 そう笑われながら、58歳の私は毎朝5時に起き、息子一家4人分の弁当を3年間作り続けた。 息子の好物、嫁の職場向けの彩り、孫の部活用のおにぎりまで、全部私が考えていた。 食費や学校用品も、足りない時は自分の財布から払った。 それでも家族から返ってくるのは、「家事くらいちゃんとしてよ」という言葉だけ。 迎えた58歳の誕生日、誰も私の誕生日を覚えていなかった。 「今日で、この家の家事係を降ります」 そう告げても、息子は「またすねてる」と笑った。 その夜、私は誰にも何も言わず、自分の荷物だけをまとめた。 翌朝、台所に並んでいた4つの弁当箱は、すべて空っぽだった。 冷蔵庫には、短いメモが一枚だけ残されていた。 そして家族は初めて、私が毎月5万円以外に何をしていたのかを知ることになる。因果応報|人生逆転|嫁姑|第二の人生|親子関係|金銭問題1.4万字5 561 -
完結第10話
軍艦島、命をつないだ白い飯
「炭鉱は危なかぞ。でも、飯だけは食えるらしか」 海面下およそ1000メートル。 気温30度、湿度90%を超える坑道で、男たちは8時間、石炭を掘り続けた。 落盤、メタンガス、坑内火災――明日も地上へ戻れる保証はない。 それでも給料は、本土の同年代よりはるかに高かった。 映画館も、酒場も、テレビもある。 その一方で、島には川も水源もなく、海が荒れれば野菜も魚も届かない。 財布に金があっても、店の棚に物がなければ買えなかった。 ところが戦後の食糧難でも、坑夫たちの茶碗には白い飯が盛られていた。 「水さえ足りない島で、なぜ米だけは途切れないんだ?」 男が米穀通帳を開くと、一般世帯にはない一行が記されていた。 《鉱物採取者》 その文字の隣には、日本が海底で働く男たちへ米を優先して回した、重い理由が隠されていた。人生逆転|怒り|第二の人生1.5万字5 772 -
完結第11話
最終列車で消えた18歳
昭和63年、廃線前夜の最終列車に乗った18歳の娘が、途中で姿を消した。 終点に着いた車内には、旅行鞄と赤いマフラーだけが残されていた。 鞄の上には、駅長の父へ宛てた短い手紙。 《お父さんの決めた人生には戻りません》 娘は名古屋の短期大学へ進学する予定だったが、父は直前になって猛反対していた。 それから35年、娘の行方は分からないまま父は亡くなった。 翌年、解体中の旧駅で、伝言板の裏から薄い鉄箱が見つかる。 中には娘の受験票、12通の手紙、診断書、通帳、そして古い録音テープ。 受験票の裏には、失踪8日後の日付でこう記されていた。 《本人来校。入学辞退の意思なし》 ところが、その2日後には父の署名入りの辞退届が提出されていた。 さらに鉄箱から出てきた最終列車の切符には、改札鋏の痕が一つもなかった――。ミステリー|真相|行方不明1.6万字5 521