みかん小説
本棚

"最後に座った妻" 第5話

ただ、記録をつけてください。言われたこと、つらかったこと、眠れなかった。自分のを守るための記録です」

子は頷いた。

に帰ると、勝則はソファで居眠りをしていた。テレビはまたついたままだった。

子はその横を通り過ぎ、押し入れからノートを取りした。

ペンを持っていた。

「私は違っていなかった。」

涙がるかとった。

でもなかった。

ただ胸の奥で、何かが静かに、しかし確かに固まっていくのをじた。

それから子は、しずつ準備を始めた。

表面活は何も変えなかった。

朝は5に起き、事を作り、洗濯をし、掃除をした。勝則の言葉にはいつものように笑って返した。から見れば、いつも通りの妻だった。

けれど、その内側で子は静かにいていた。

ノートには、付とともに言葉が増えていった。

「専業主婦は楽でいいなと言われた。」

「昼の支度が遅いと笑われた。」

かける理由を何度も聞かれた。」

「夜、眠れなかった。」

くたびに胸が痛んだ。けれど、くことで自分のじたことが消えずに残るのだと分かった。

相談員から紹介された窓にも、数回通った。弁護士にも度だけ相談した。婚という言葉をした子は自分でも驚くほど静だった。

「今すぐ決めなくてもいいですよ」

弁護士はそう言った。

「ただ、くなら準備は必です」

広告

子は頷いた。

準備。

35、誰かのために準備してきた。夫の事、子供の弁当、義父母の介護、親戚付きい、事、法事、季節の支度。

今度は初めて、自分のための準備だった。

れた町に、さなアパートを見つけた。6畳。古い建物だったが、当たりはよかった。窓からさな桜のが見えた。

に案内された子は部の真んった。

狭い。

けれど、ここには勝則の声がない。

そうった瞬、胸の奥にさなが灯った。

契約を済ませた子は帰りので窓のを見ていた。元のバッグには、しい鍵が入っていた。誰にも渡さない、自分だけの鍵だった。

その夜、勝則はいつものように言った。

「おは1暇でいいな」

テレビを見ながら、笑っていた。

子は台所で最の皿を並べた。

焼き魚、噌汁、煮物、漬物。

いつも通りの夕飯だった。

「そうね」

子は静かに答えた。

勝則は気づいていなかった。

これが、妻による静かな復讐の始まりだったことに。

その夜、子はいつもより丁寧に台所を片付けた。流し台を拭き、まな板を乾かし、調料を元の所へ戻した。蔵庫のはほとんど空にしておいた。余分な材は使い切り、残りは処分した。

洗濯物は取り込み、畳んだ。自分のは、すでにしずつ運びしていた。勝則は何も気づかなかった。

広告

に戻ると、勝則はもう眠っていた。

子は暗で、夫の寝息を聞いた。

35

かった。

すぎた。

彼女はそっと結婚指輪をした。指に残った跡を見つめる。細くい輪のような跡が、35分のを物語っていた。

その指輪をさな封筒の横に置いた。

は3だけだった。

何度もき直した末に、結局それだけになった。

い言い訳も、み言も、説もいらなかった。

子はさなバッグを持ち、玄関にった。

振り返ると、は静かだった。

35守ってきただった。

でも、もう自分の居所ではなかった。

子は靴を履き、玄関のドアをけた。

の空気はたかった。

それでも、息がしやすかった。

その朝、勝則が目を覚ましたのは、いつもより遅いだった。

最初に違を覚えたのは、音だった。

静かだった。

静かすぎた。

朝になれば、必ず物音がする。蔵庫のく音、の流れる音、器の触れう音、台所を歩く子の音。35度も変わらなかった朝の気配。

それが、その朝は何もなかった。

勝則は布団ので眉をひそめた。

「おい」

返事はない。

子」

やはり何もない。

勝則は体を起こし、寝のドアをけた。廊ても、の気配はなかった。

台所を覗いた。

誰もいない。

流し台はきれいに拭かれていた。鍋もていない。炊飯器もいていない。テーブルのには朝がなかった。

勝則は嫌そうに舌打ちしそうになったが、そのに胸の奥に妙なまれた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: