"居候の更地返し" 第3話
そのも夜勤けだった。裕子は疲れた体で台所にち、夕の準備をしていた。煮物の鍋から湯気がち、まな板のには刻んだ青菜が置かれていた。
そこへ里が友を連れて帰ってきた。
リビングに通された友は、キッチンにつ裕子をちらりと見て、声で何かを言った。里は笑いながら答えた。
「お母さんの料理、正直言って代遅れなのよ。煮物ばっかりでインスタ映えしないし、私たち世代にはたいの」
裕子は包丁を握るを止めた。
友が曖昧に笑った。
「でもって健康じゃない?」
里は肩をすくめた。
「健康? 昭の発よ。今は見た目も事なの。お母さんの料理、茶ばっかりですぎるのよ」
笑い声がキッチンまで届いた。
裕子は包丁を握るが震えるのを、必で抑えた。
すると、里はさらに続けた。
「それに、病院で働いてるくせに観がなってないのよね」
裕子は振り返った。
「観がない?」
「だって病院って、菌とかウイルスとかいっぱいでしょう。正直、気持ち悪いんです。このも、お母さんが作った料理、捨てちゃいました」
裕子の胸の奥で、何かが音をてて崩れた。
捨てた。
自分が夜勤けの体で作った料理を。
その夜、裕が帰宅しても、状況は変わらなかった。裕子が事を話すに、里が先に言った。
「病院から帰ってきたで料理されるの、ちょっと嫌なの」
広告
裕は困った顔をしたが、裕子の方にはならなかった。
「母さん、里の言い方はきついかもしれないけど、病院から帰ったらちゃんと消毒してよ」
裕子は息子を見つめた。
「裕、私は染管理もきちんと……」
「母さん、言い訳はいいから。里が嫌がってるんだから、気をつけてよ」
その言葉で、裕子は何も言えなくなった。
31、患者の命を支えてきた。
発した子どもの背をさすり、最期のを迎える齢者のを握り、泣き崩れる族に寄り添ってきた。
そのを、汚いと言われた。
しかも、息子はそれを否定しなかった。
裕子はその夜、自に戻り、両を見つめた。
指先には、の仕事でできたさな荒れが残っていた。何度も消毒をねてきた。誰かを助けるために使ってきた。
それが、このでは汚いものとして扱われている。
裕子はそっとを握りしめた。
この痛みを、まだすべきなのか。
その問いに、すぐには答えられなかった。
裕の誕は、先だった。
その朝、裕子は夜勤けだった。病院をた、空はく霞んでいて、体は鉛のようにかった。それでも、裕子はまっすぐ帰宅せず、スーパーに寄った。
裕の好物を作るためだった。
さい頃、裕は裕子の唐揚げが好きだった。運会のも、のも、誕も、必ず「母さんの唐揚げがいい」
広告
と言った。
まだ学だった裕が、揚げたての唐揚げを頬張りながら言ったことを、裕子は今でも覚えている。
「母さんの唐揚げ、世界だよ」
その言葉が嬉しくて、裕子は何度も同じを作った。醤油、にんにく、姜、しだけ酒。漬け込むも、油の温度も、揚げるタイミングも、体が覚えていた。
帰宅、裕子は休むもなくキッチンにった。鶏肉にをつけ、ケーキのスポンジを焼き、テーブルにクロスを敷いた。で買ったさなも飾った。
夜勤けの疲れで腰はかったが、議と気持ちはるかった。
今くらいは、昔のように笑ってくれるかもしれない。
夕方になり、唐揚げを揚げ始めた。油のでがぱちぱちと音をて、ばしい匂いが台所に広がった。裕子は皿に盛りつけ、サラダを添え、ケーキにろうそくをてた。
しかし、約束のを過ぎても2は帰ってこなかった。
裕子は計を見た。19。19半。20。
料理はしずつめていった。
になって裕に話をかけると、数回の呼びし音の、ようやくつながった。
「あ、母さん?」
裕の声は弾んでいた。背からは里の笑い声も聞こえた。
「今はで事するから」
裕子は言葉を失った。
「でも、料理を全部用したのよ。あなたの誕だから……」
「里が級レストランを予約してくれたんだ。
じゃあね」
話は方に切れた。
裕子はスマートフォンを握ったまま、しばらくけなかった。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
妊娠中の娘が逃げ帰った夜、大富豪の母が動いた
妊娠8か月の娘・はるかが、顔に傷を負い、母エリコの家へ逃げ帰ってきた。病院では新しい肋骨の骨折に加え、以前の骨折痕も見つかる。夫・匠による暴力は、一度きりではなかった。 匠は巨大企業グループの創業家の一員。だがエリコはその地位にひるまず、娘の安全を確保し、診断書を残す。同時に信頼する会計士へ調査を頼むと、匠一家が関わる財団に巨額の不正な資金移動の疑いが浮かび上がった。 報道を受けても疑惑を否定し続けた匠は、緊急会見の最中、はるかへの傷害容疑で逮捕される。さらにグループの資金問題にも捜査が及び、権力を盾にしてきた一族は追い詰められていく。 母の行動が事態を動かす一方、すべての始まりにあったのは、はるかが自分とお腹の子を守るため、あの家から逃げ出した決断だった。因果応報|人生逆転|嫁姑|絶縁|親子関係|修羅場2.3万字5 1226 -
完結第15話
介護で表彰される嫁――私は認知症に仕立てられた
手首を骨折し、息子夫婦の家へ身を寄せた68歳の文江。嫁・沙耶香は、物忘れが進んだ姑を献身的に介護しているように見せ、日常を動画で配信していた。 だが文江は認知症ではなかった。砂糖と塩を入れ替え、スマートフォンを隠し、同じ質問を繰り返すよう指示する――すべては再生数と広告収入を得るための演出だった。しかも息子も、その事実を知りながら黙認していた。 沙耶香が「献身的な嫁」として表彰される当日、巨大スクリーンに流れたのは感動映像ではなく、撮影前に姑へ演技を命じる未編集動画だった。そして文江は車椅子を使わず、自分の足で壇上へ向かう。 家族に病気も財産も人生も利用された女性が、自らの声と尊厳、そして「撮られない権利」を取り戻していく逆転と再生の物語。因果応報|嫁姑|認知症2.2万字5 779 -
完結第11話
息子に捨てられた母の逆転
「お母さん、今日は少し外へ出ませんか」 息子夫婦に誘われ、70歳のはる子は雪の降る夜、車の後部座席へ乗った。 ところが車は町を離れ、山沿いの介護ホームの前で止まった。 「数日だけ、ここで休んでください」 そう言われた時、トランクから自分のスーツケースが出てきた。 荷物はいつの間にか詰められ、携帯電話は嫁に取り上げられた。 息子は「また来るから」と言い残し、母を301号室へ置いて帰った。 翌日、嫁は面会に来るなり尋ねた。 「通帳はどこですか? 実印は?」 さらに、見覚えのない白い錠剤を「いつもの薬」として渡してきた。 はる子は黙って薬を受け取り、認知症のふりを始めた。 そして翌日の病院で、嫁が電話口で話す声を聞く。 「診断が出たら、家も通帳も動かしやすくなるでしょう」 はる子はその会話を、コートの内側に隠した一本の録音機へ残していた。因果応報|人生逆転|嫁姑|絶縁|親子関係|介護|金銭問題1.7万字5 340 -
完結第12話
母親ではないと言われた日
「あの人は本当の母親ではありません」 小学5年生の授業参観で、姑・光江は教室中に聞こえる声で、継母の佳奈恵を否定した。 理子が5歳で実母を亡くしてから、佳奈恵は6年間、食事や通院、学校生活を支えてきた。それでも夫の俊一は「母さんに悪気はない」と繰り返すだけだった。 翌朝、佳奈恵は学校から一本の電話を受ける。理子の緊急連絡先が佳奈恵から光江へ変更され、その書類には俊一の署名まであった。 さらに姑は、英語教室や私立校への転校まで、本人に黙って決めようとしていた。 家族会議の日、11歳の理子は青いノートを抱えて現れた。表紙には《勝手に決められたこと》――そこには、祖母だけでなく父が娘へ強いてきた「我慢」が、2年分の日付とともに記されていた。因果応報|嫁姑|親子関係1.7万字5 949 -
完結第15話
炎天下に追い出された新人と、5年ぶりに戻った男
正木電気の新人・潮見知夏は、猛暑の中で草むしりを強要され、総務部長・黒岩から執拗な嫌がらせを受けていた。五年ぶりに本社へ戻った滝川武は彼女を救い、腐敗した職場の実態を静かに探り始める。 知夏は書類整理中、解約済みの植栽会社へ毎月五十万円が送金され続けている事実を発見。その直後、地下倉庫へ追放され、ついには炎天下で倒れてしまう。滝川と堀田課長は、黒岩と八谷常務による総額二億三千万円の横領証拠を揃え、臨時役員会を招集する。 そこで滝川が専務執行役員であることが明かされ、帰国した正木社長も黒岩を追及する。職場逆転|因果応報|人生逆転|修羅場2.3万字5 506 -
完結第12話
夜勤明け、鍵を替えられた私の静かな反撃
30時間の夜勤を終えて帰宅した看護師・南を待っていたのは、義母によって交換された玄関の鍵だった。「反省したら土下座しに来なさい」という連絡に、南は「そうですか。では、さようなら」とだけ返信する。 だが、義母と無職の夫は知らなかった。その高級マンションは、南の勤務先が契約する借り上げ社宅であり、家賃も生活費もすべて南の収入で支えられていたのだ。 南は騒がず、締め出しを自白したSNS投稿を保存。社宅の退去手続き、電気・水道・ガスの解約、弁護士への離婚依頼を淡々と進める。月曜日の午後5時、部屋の明かりが消え、管理会社と警察が玄関に現れた。 自分を家政婦のように扱った家族との関係を断ち切り、誇りある仕事と人生を取り戻す女性の、静かで痛快な逆転物語。因果応報|人生逆転|嫁姑|親子関係1.9万字5 4895 -
完結第12話
失踪した妻を道の駅で見つけた――「来ないで」と怯えた理由
「パパ、あの人……ママじゃない?」 半年前に消息を絶った妻が、山あいの道の駅で宝くじを売っていた。 車椅子に座り、別人のように痩せていた。 娘が「ママ!」と駆け寄ると、妻は青ざめて叫んだ。 「来ないで! 私はあなたたちを知らない!」 だが左手には、私が贈った結婚指輪。 そして手の甲には、見慣れた2つのほくろがあった。 「本当は、ずっと会いたかった」 妻は泣きながら娘を抱きしめた。 その直後、震える声で私に告げた。 「私が帰ったら、あなたと杏奈まで消される」 さらに宝くじ箱を差し出し、底を指さした。 そこには、妻が消息を絶った夜の“声”が残されていた――。 (続)因果応報|人生逆転|夫婦|真実|第二の人生|親子関係1.9万字5 1451 -
完結第10話
空っぽの弁当箱
「5万円の居候でしょ?」 そう笑われながら、58歳の私は毎朝5時に起き、息子一家4人分の弁当を3年間作り続けた。 息子の好物、嫁の職場向けの彩り、孫の部活用のおにぎりまで、全部私が考えていた。 食費や学校用品も、足りない時は自分の財布から払った。 それでも家族から返ってくるのは、「家事くらいちゃんとしてよ」という言葉だけ。 迎えた58歳の誕生日、誰も私の誕生日を覚えていなかった。 「今日で、この家の家事係を降ります」 そう告げても、息子は「またすねてる」と笑った。 その夜、私は誰にも何も言わず、自分の荷物だけをまとめた。 翌朝、台所に並んでいた4つの弁当箱は、すべて空っぽだった。 冷蔵庫には、短いメモが一枚だけ残されていた。 そして家族は初めて、私が毎月5万円以外に何をしていたのかを知ることになる。因果応報|人生逆転|嫁姑|第二の人生|親子関係|金銭問題1.4万字5 561 -
完結第11話
娘がいない夜も、足音がした
午後10時43分になると、必ず天井から足音がする。 そう訴えてくるのは、階下に住む理事長の森田だった。小学5年の娘・咲と2人で暮らす私は、何度も謝り、防音マットを敷き、娘にも夜は歩かないよう気をつけさせていた。 しかし、苦情は止まらない。 咲が寝ている夜も、家にいない夜も、森田は「また走らせた」と責め続ける。娘はついに、夜中にトイレへ行くことさえ怖がるようになってしまった。 本当に音を出しているのは、私たちなのか。 確かめるため、私は咲を連れて家を空け、603号室を完全に無人にした。 そしてその夜も、午後10時43分。 誰もいない部屋で、あの音が鳴った――。因果応報|怒り|修羅場1.6万字5 373 -
完結第12話
愛人とタイへ行った夫の10日後
夫の浩司は「タイ出張」と言い残し、10日間家を空けた。 その間、寝たきりの義母の介護を任された由美は、いつものように暴言と呼び鈴に追われる日々を送るはずだった。だが、夫のスマートフォンに残された一通のメッセージから、出張が嘘だったことを知ってしまう。 浩司は若い愛人と海外旅行へ行き、しかも由美の父が残した遺産まで使い込んでいた。 さらに書斎の奥から見つかったのは、すでに署名された離婚届と、愛人からのピンク色の便箋。そこには、由美を介護要員として使い捨てる計画が書かれていた。 28年間、妻として嫁として耐え続けてきた由美は、その日初めて家を出る。 そして10日後。 何も知らずに帰国した浩司を待っていたのは、由美が静かに整えた反撃の場だった――。因果応報|夫婦|不倫|熟年離婚1.8万字5 3624