みかん小説
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"母は沖縄へ消えた" 第1話

 

「義両親と同居することになったんだ」

朝のたいが差し込むリビングで、息子の拓也が々しい調でそう切りした。その言葉を聞いた瞬、私のは真っになってしまった。

あのの朝、拓也と嫁のりさんから「事な話がある」と呼ばれた私は、まさか自分のが180度変わるような宣告を受けるとはにもっていなかった。いつものようにリビングに向かうと、2はソファに並び、妙な顔で座っていた。私はただ事ではない気配をじ、さく構えながら彼らの向かい側に腰をろした。

拓也は膝ので固くを握りしめ、線を泳がせながら言葉を続けた。

りの両親が齢になってきて、緒に暮らすことになったんだ。それで……母さんには申し訳ないんだけど、このってもらいたいんだ」

私は絶句した。自分のが信じられず、目のに座る息子の顔を凝することしかできなかった。隣に座るりさんは、徹な無表のまま黙って私を見つめている。拓也は私の線から逃げるようにうつむき、事務な声を響かせた。

「2が来たら部りなくなるし、母さんには別の所で暮らしてもらいたいんだよ」

私の臓は鐘のように打ち始め、全から瞬で血の気が引いていくのをじた。夫が10界してから、女つで必に支え、育てげてきた実の息子。

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その拓也が、実の母親である私をこのから追いし、嫁の両親と同居するという。私のには、これまでの苦労が馬灯のように駆け巡った。

私の名は桜井久子、65歳。元員として38実直に勤めげ、定退職してからは全てを息子族のために捧げてきた。拓也の学の際には、私の貯から学費として700万円を全額した。就職活は、毎晩遅くまで彼の相談に乗り、部で面接の練習に何度も付きった。結婚が決まったには、結婚資として3000万円というをポンと援助した。さらに、いま私たちが暮らしているこのマイホームを購入する際には、私の退職からとして500万円をしたのだ。

「お母さんがいてくれて本当に助かります」

かつてマイホームに入居したりさんは私のを握りしめて涙ぐみながらそう言ってくれた。孫のりがまれてからは、私は毎のように保育園の送り迎えを引き受け、りさんがしてパートにられるよう全力でサポートしてきた。毎朝5に起きて族全員の朝の準備をし、掃除、洗濯、夕の支度をこなした。週末には2が夫婦入らずのを過ごせるよう、んで孫を預かって配慮もしてきた。

「お母さんの料理は本当に美しいです。りもおばあちゃん好きって言ってますよ」

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そんな温かい言葉に支えられ、私は自分が38代に培った几帳面さで計も管理し、無駄遣いをせず、全てを息子族の幸せのために注いできたのだ。それなのに、彼らの態度はたくなり、格攻撃へとエスカレートしていった。

始まりは些細なクレームだった。ある夜、キッチンで片付けをしていた私に、りさんが眉をひそめてづいてきた。

「お母さん、もうし静かに歩いていただけませんか? 階段の音が響いてりが起きてしまうんです」

私は突然の指摘に驚き、申し訳なさそうにを縮めた。確かに古いだから音が響くのかもしれない。それからは、をまるで忍者のように音をてないよう気をつけて歩くようになった。

しかし、求はすぐに料理へとした。卓を囲んでいる最、拓也が箸を止め、怪訝な顔で私を見た。

「母さん、最料理のが濃くないか? 健康のことを考えると、もうの方がいいとうんだけど」

38族のために作り続けてきた付けだったが、若い彼らには濃いのかもしれない。私はしさを堪え、次からは付けを変え、徹底してがけるようにした。それでも批判は止まらなかった。ベランダで洗濯物を干していると、拓也がろからやってきて、干してあるシャツを忌々しそうに引っ張った。

「母さん、洗濯物の干し方が雑じゃない? シワになってるよ」

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