"マカオに消えた花嫁" 第9話
に1度、彼の謝罪の言葉と共に、浩司が綴ったの写しが、田に届けられ続けた。 佳子はそれを無し続けたが、届いたは読まずとも、夫が斎の引きしにしまい込んでいるのをっていた。
あるの午だった。夫がかけて1になったのは、音だけが響き、ひどく静かだった。 何かに憑かれたように、佳子は斎に入り、引きしの奥から封筒の束を取りした。 恐る恐る、番の封筒から便箋を引き抜く。っぽいのざらついた触が指先に伝わった。 そこに並んでいたのは、お世辞にもとは言えない、しかし字字に力の込められた、震えるような文字だった。
『田子様のお母様へ』 そう始まるには、内観療法で自らの罪と向きった々の苦しみ、子との取り留めのないい、そして繰り返し、繰り返し綴られる謝罪の言葉が、ただひたすらに並んでいた。
『私は子さんの優しさに胡をかいていました。彼女が笑っているのをいいことに、彼女のの鳴にを傾けようともしませんでした。私があの夜、彼女の言葉を、苦しみをただ受け止めてさえいれば……』
そこにあるのは、佳子が像していた卑劣な殺鬼の姿ではなかった。 犯した罪の途方もないさに打ちひしがれ、もがき苦しむ、1のいの姿だった。
広告
読んでいるうちに、佳子の瞳から、憎しみとは違う種類のい涙が止めどなく溢れ落ちた。 それは娘を失ったしみの涙であり、そして、憎むべき相のに、かつての息子のおもかげにも似た脆さを見てしまったことへの、混乱の涙だった。
その夜、佳子は夫に、初めてを読んだことを打ちけた。 「あんな男、許せるはずがない。でも……呪い続けているのも、もう苦しいの」 夫は黙って妻の話を聞き、その震える肩をそっと抱きしめた。 「お母さん、俺たちが浩司君を憎み続けることが、本当に子のためになるんだろうか……」 その言葉は、ずっと蓋をしてきた問いを、佳子の胸に突きつけた。
、両は田で再び顔をわせた。 健は、シワのくなった顔でくをげた。 「息子が犯した罪は、決して許されるものではありません。をかけて償い続けるしかないとっています。息子は今、刑務所ので、現の囚たちに本語を教えているそうです。しでも、の役にちたいと……」
佳子は、仏壇の子の写真を見つめたまま、静かにをいた。 「……憎んでも、憎んでも、子は戻ってきてはくれない。だったら、私は見届けることにします。あのが私の娘の命を奪った罪を、これからのでどう背負ってきていくのかを」
それは完全な許しではなかった。
広告
しかし、憎しみの連鎖を断ち切り、凍りついたを未来へ向けてかそうとする、しみに満ちた決断だった。 荒れ果てた佳子のという凍に、かすかだけど確かな、許しという名の蕾がようやく顔をした瞬だった。
2029の初、マカオの空は抜けるように青かった。 刑務所の鉄のゲートが、い音をててゆっくりとく。 5の歳を経て、再びの世界にを踏みした田浩司(43)は、あまりの陽の眩しさにわず目を細めた。 刑務所のの空気は、湿気との匂い、そして排気ガスが混じりった、懐かしいマカオの匂いがした。 その匂いを胸いっぱいに吸い込むと、失っていた覚がしずつ体に戻ってくるようだった。
ゲートの向こうに、見慣れたがあった。 し歳をねたが、彼の記憶にある笑顔としも変わらない、劉梅だった。 彼女は駆け寄ってくるでもなく、ただ静かに、しかし万のいを込めた瞳で彼を見つめていた。 そのには何も持っていない。ただ彼を迎えに来た、それだけだった。
浩司が彼女のにつと、劉梅はそっとを伸ばし、彼の方に触れた。 刑務所の活でしくなった肌の触。そののぬくもりが、浩司のの奥くまで染み渡っていった。言葉はなかった。 しかし、その沈黙とぬくもりだけで、のには5という空を埋めて余りある、確かな繋がりがあった。
その数週、はマカオのさな役所で、質素な結婚式を挙げた。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
灯油札の密告
2005年11月、長野県の山あいにある静かな村で、工藤家の住宅が深夜に炎に包まれた。 家の中には、父と母、そして7歳の息子。近所の人々が助け出そうと駆けつけるが、玄関には外側から鎖と南京錠が掛けられ、勝手口も角材で封じられていた。 これは事故ではない。 誰かが一家を逃げられないように閉じ込め、火を放ったのだ。 村人たちは涙ながらに犯人探しを願い、特に隣人の男は誰よりも深く悲しんでいるように見えた。だが刑事・星野は、焼け跡に残された不自然な痕跡と、その男の身体にあった小さな傷に違和感を覚える。 そして事件から数日後、町の貴金属店に持ち込まれた大量の一万円札が、捜査を大きく動かす。 その紙幣には、かすかな灯油の匂いが残っていた。 炎で消されたはずの夜に、いったい何があったのか。 そして、最後まで燃え残った“匂い”は、誰の罪を指し示していたのか――。ミステリー|遺體発見2.3萬字5 149 -
完結第10話
雪下の赤いマフラー
1998年11月12日、雪の降る旭川で、赤いマフラーを巻いた3人の女子高校生が忽然と姿を消した。 双子の美咲と南、そして親友の彩。3人は放課後の演劇部の練習を終え、いつものように学校を出たはずだった。だが、その日を境に、家族のもとへ帰ることはなかった。 捜索は続いたが、足跡も持ち物も見つからない。吹雪がすべてを消してしまったかのように、事件は未解決のまま17年の歳月が流れていく。 そして2015年。元郵便配達員の古い鞄から、17年間届けられなかった1通の手紙が見つかる。 そこには、こう書かれていた。 「私は、美咲、南、そして彩に何が起きたのか知っています」 手紙をきっかけに再び動き出す捜査。座布団の中に隠された日記、古いカセットテープ、稚内へつながる謎の手紙、そして雪深い小屋の床下に眠っていた赤いマフラー。 3人はなぜ消えたのか。 教師・田中浩は何を隠していたのか。 17年間閉ざされていた雪の中の真実が、今、静かに姿を現す。ミステリー|行方不明1.5萬字5 581 -
完結第12話
ETCに残らない白バイ
2003年春、千葉県の高速道路を巡回していた女性白バイ隊員・水島舞が、サービスエリアで忽然と姿を消した。 監視カメラには、彼女が白バイを降りて建物へ入る姿が残されていた。だが、その18分後、白バイに乗って走り去ったのは舞ではなく、ヘルメットで顔を隠した見知らぬ男だった。 舞本人も、白バイも見つからない。料金所の記録にも、ETCログにも、その後のはっきりした足取りは残っていなかった。 結婚を控えていた婚約者、娘の帰りを待ち続ける両親、そして答えを出せないまま止まった捜査。 10年後、古い監視映像を最新技術で解析した時、画面の隅に映っていた“あるもの”が、事件を再び動かし始める。 白いバイクは、どこへ消えたのか。 そして水島舞が最後に見た人物とは――。ミステリー|行方不明1.7萬字5 4608 -
完結第11話
雪峠の五発
2006年11月15日、長野県北部。 その年最初の雪が降り始めた高木峠へ、1人の巡査が向かった。展望台に不審な車があるという匿名通報を受け、霧谷慎也は「確認だけ」のつもりでパトカーを走らせる。 だが午後6時15分、現場到着を知らせる無線を最後に、慎也からの連絡は途絶えた。 雪の展望台に残されていたのは、鍵のかかったパトカーと、車内に置かれた制帽と手袋。慎也本人だけが、吹雪の峠から忽然と姿を消していた。 事故なのか、事件なのか。誰かに連れ去られたのか。それとも、自ら山へ入ったのか。 妻と幼い娘は、答えのないまま13年を過ごすことになる。 そして2019年春。雪解けの斜面から、慎也が持っていた古い懐中電灯が見つかった。 13年間沈黙していた峠が、初めて返した小さな手がかり。 その光の先に隠されていたのは、匿名通報の本当の意味と、雪の下に封じられていた一夜の真実だった。ミステリー|行方不明1.7萬字5 1204 -
完結第13話
5枚で消された妻
1994年4月、長野県の山あいにある古いビジネスホテルで、31歳の女性・高橋美幸が冷たくなって発見された。 部屋には睡眠薬の空箱と酒の瓶。夫との離婚調停を控えていたこともあり、警察は早々に「事件性なし」と判断する。記録はわずか5枚だけ。母のよし子がどれだけ訴えても、娘の死が再び調べられることはなかった。 それから12年。 美幸の夫だった男は別の町で再婚し、真面目な父親として穏やかに暮らしていた。一方、よし子は痛む膝を抱えながら、毎年娘の墓へ通い続ける。 「娘は、自分から死を選ぶような子ではない」 誰にも届かなかったその言葉が、ある夜、古い薬物帳簿に残された一つの名前によって動き出す。 12年前のホテルで、本当は何が起きたのか。 そして、たった5枚の記録が隠していた真実とは――。ミステリー|行方不明1.9萬字5 465 -
完結第13話
床下の学級日誌
1995年、福岡の小さな離島・相島に、一人の若い女教師が赴任してきた。 藤野理子、26歳。全校児童わずか11人の分校で、子どもたち一人ひとりに寄り添い、島の人々にも少しずつ受け入れられていく。だが彼女は、ある少女の腕に残る不自然な痣に気づいてしまう。 「このまま見過ごすことはできない」 そう決意した夕暮れ、理子は本土へ渡ろうとしていた。しかし、その日を境に彼女は島から姿を消す。 残された荷物、桟橋で見つかったスカーフ、そして口を閉ざした11人の子どもたち。 警察はやがて、理子が自ら島を出た可能性が高いと判断する。けれど、子どもたちは知っていた。 あの日、桟橋で本当に何が起きたのかを。 それから10年後、取り壊される分校の床下から、理子の学級日誌と万年筆が見つかる。封じられていた記憶が、静かに動き出した――。ミステリー|行方不明1.9萬字5 260