"最後の夜の写真" 第3話
子からの「30分で帰るね」。健からの「話する」。そして、絵美がInstagramに投稿した『#友 #鎌倉』というハッシュタグと、あの楽しそうな写真。
そのすべてが、戻らないを指し示すあまりにも鋭い刃となって、族のを突き刺し続けていた。止まったので、彼らの声にならない叫びだけが静かに響いていた。
4が姿を消してから、1週が過ぎた。梅の始まりを告げるたいが、鎌倉の陽を濡らしていた。
り続くは、アスファルトに残されたかもしれないわずかな痕跡を洗い流し、々の記憶から事件のをしずつ奪っていくようだった。捜査は完全にき詰まり、だけが虚しく過ぎていく。そんな淀んだ空気を切り裂くように、1本の通報が入ったのは、そんながりの朝のことだった。
鶴岡幡宮の裏へと続く、い緑に覆われた森。その遊歩を犬の散歩で訪れていた隣の民が、の脇にあるのに、鮮やかな赤が落ちているのを見つけたのだ。それはにまみれ、を吸ってくなった女性物のニットの子だった。
らせを受け、現に駆けつけた刑事のは、その赤い塊をに息を呑んだ。慎に拾いげられた子は、すぐに絵美の母親へと見せられた。
母親は、それが娘のものであると目で分かった。
広告
震える指で、そっとその柔らかなウールに触れる。それは彼女が、絵美の誕に編んでやった、世界に1つだけの切実な子だったからだ。編み目の隅に、さなの刺繍がしてある。娘がんだ顔が、昨のことのように瞼の裏に鮮に蘇った。
さな、しかし確かな希望のが、絶望に沈んでいた族のに灯った。子が見つかった、何かのがかりになるかもしれない。さらに、科学捜査班からの報告がその期待を煽った。子の内側に、米粒ほどのきさの、黒く変したシミが付着しているのが見つかったのだ。
乾燥した血痕だった。誰の血かが分かれば、気に捜査は展する。犯のものか、それとも。最悪の事態を考えたくはなかったが、それでもこれは、止まっていたをかすための、唯の蜘蛛の糸だった。しかし、その細い糸は、数にあっけなく断ち切られることになる。
鑑識からの最終報告は、非常に非なものだった。
「付着した血液は極めて微量な、とによる汚染が激しく、DNAの特定は能でした」
話でその報告を受けたは、言葉もなく受話器を握りしめた。じわりとのひらに汗がにじむ。また、暗に逆戻りだ。
なぜこれほどまでに、がかりが綺麗に断ち切られているのか。まるで見えざる何者かが、彼らのを阻んでいるかのようだった。
広告
証拠品としての価値を失った子は、やがて族の元へと返された。
絵美の母は、ビニール袋から取りしたそれを両でそっと包み込んだ。をづけると、湿まったの匂いに混じって、気のせいか娘が用していたシャンプーの甘いりが、ほんのかすかに残っているような気がした。涙はなかった。ただ、その子に頬を寄せ、静かに目を閉じた。
温かいはずの毛糸は、に濡れたせいかひんやりとたかった。娘の体温が、そこからはもうじられないという事実が、静かに彼女の胸をえぐった。
この件で唯の物証がをなさなくなったことで、捜査本部の気は急速にめていった。そして、その空を埋めるように、世では無責任な噂が静かに広がり始めた。
インターネットの匿名掲示板では憶測が憶測を呼び、やがて奇怪な物語へと姿を変えていく。 「ヤクザの借トラブルに巻き込まれたらしい」 「実は、4のうちの1がカルト宗教に――」 でも、元で古くから囁かれていた怪談と結びつけた「鎌倉の呪い」という言葉は、々の好奇をく刺激した。神隠しだと騒ぎてる者まで現れる。
その1つ1つの言葉が、目に見えない刃となって、ただ静かに子供たちの帰りを待つ族のを、何度も何度もく傷つけていった。
森は再び、沈黙を取り戻す。
まるで何事もなかったかのように、ただが々の葉を揺らす音だけが響いていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第6話
十三年目の灯火
2002年、冷たい雨の降る神戸の夜。 港交通のベテラン運転手・田村茂は、1人の乗客を乗せたまま、町から忽然と姿を消した。最後に会社へ入った無線は、「西区の方へ、長距離になりそうです」という短い言葉だけ。 車も、運転手も、乗客も見つからないまま、事件は迷宮入りした。 家族を捨てたのではないか。金を持って逃げたのではないか。心ない噂に苦しめられながらも、妻は13年間、玄関の灯火を消さずに夫の帰りを待ち続けた。 そして2015年春。 神戸の町外れにある廃車場の取り壊し中、何台もの車の下から、潰れた古いタクシーが発見される。車体に残っていたのは、すでに消えた会社「港交通」の文字。 中から見つかったのは、2人分の白骨だった。 あの夜、田村のタクシーに何が起きたのか。後部座席にいたもう1人は誰だったのか。そして、13年前に目撃された“ライトを消した黒い車”の正体とは――。 雨の夜に消えた1台のタクシーが、長い沈黙の底から真実を語り始める。ミステリー|真実9.5千字5 3 -
完結第18話
柿の木の下の守護
2007年、エリート検事・佐藤健太の妻、美咲が自宅マンションから忽然と姿を消した。 財布も靴もパスポートも残されたまま。台所には、夫の帰りを待つように冷えた味噌汁だけが残っていた。夫は涙ながらに妻の捜索を訴え、世間は“妻を失った悲運の検事”に同情した。 しかし17年後、実家を売るために庭の柿の木を抜いた時、土の中から白骨化した遺体が発見される。 右手に握られていたのは、かつて美咲が夫に贈った銀色のネクタイピン。 そこに刻まれていた文字は「守護」。 夫を守るために贈ったはずの小さな証拠が、17年間隠されていた真実を暴き始める。美咲はなぜ実家の庭に眠っていたのか。そして、母が信じ続けた義理の息子は、本当に悲しみに耐える夫だったのか――。ミステリー|真実2.8萬字5 10 -
完結第14話
三輪山に消えた家族
1992年、奈良県桜井市で、一家4人が忽然と姿を消した。 食卓には湯呑みが残され、台所には切りかけのネギ。争った跡もなく、外部から侵入した形跡もない。村人たちは、その不可解な失踪を「三輪山の神隠し」と呼び、やがて誰も真相を語らなくなった。 それから25年後。 解体前の古い家を訪れた遠縁の裕二は、物置の奥から1つの桐箱を見つける。中に入っていたのは、色褪せた家族写真と、母・千代子が残した謎めいた手紙だった。 「巳の日に、あの場所へ」 「柿の葉に、真実を包む」 意味不明な言葉、写真の端に映り込んだ黒い影、口を閉ざす村人たち。 神隠しと呼ばれた一家失踪の裏には、誰にも語れなかった母の覚悟と、25年間守られ続けた秘密が隠されていた――。ミステリー|行方不明2.1萬字5 25 -
完結第13話
マカオに消えた花嫁
2010年4月、マカオへ新婚旅行に訪れた日本人夫婦・田中浩司と山田愛子は、ホテルに荷物を残したまま忽然と姿を消した。 最後に確認されたのは、観光地の監視カメラに映った2人の姿。部屋に争った形跡はなく、財布も荷物もそのまま。誘拐か、事故か、それとも自ら消えたのか――事件は真相不明のまま、12年という歳月に埋もれていった。 しかし2022年、1人の女子大生がSNSで見つけた写真が、凍りついた時間を動かす。 マカオの街で中国人女性と寄り添う中年男性。その顔は、12年前に失踪したはずの夫・田中浩司に酷似していた。 では、彼と一緒に消えた妻・愛子はどこへ行ったのか。 幸せな新婚旅行の裏で、あの夜、本当は何が起きていたのか。 SNSに映った“夫の顔”が、12年間隠されてきた衝撃の真実を暴き出す。ミステリー|真実|行方不明2.0萬字5 52 -
完結第11話
壁の中の美大生
1990年、河口湖で22歳の美大生・佐藤美紀が忽然と姿を消した。 最後に目撃されたのは、アルバイト先の湖畔カフェを出た夜。恋人との口論、急に増えた高価な持ち物、そして誰にも明かさなかった謎の大金――。彼女の失踪には、当時からいくつもの不自然な点が残されていた。 しかし遺体も証拠も見つからないまま、事件は12年間、未解決のまま時を止める。 そして2002年。 解体中の古いカフェの壁の中から、ミイラ化した女性の遺体が発見された。首元に残されていたのは、美紀がいつも身につけていた銀の指輪。 彼女はなぜ壁の中に隠されたのか。 河口湖駅の古いロッカー、偽名口座、消えた親友、そして最後に描かれた一枚の絵。 12年封じ込められていた真実が、静かに暴かれていく――。ミステリー|真相1.6萬字5 81 -
完結第9話
赤いリボンの手紙
1994年3月、横浜で10歳の咲と8歳の愛、2人の姉妹が忽然と姿を消した。 学校へ向かう朝、母・みさ子が結んでやった赤いリボン。それが、娘たちを見た最後の記憶になった。数日後、見つかったのは燃えた鞄と、焼け残った赤いリボンだけ。警察の捜査はやがて縮小され、世間も事件を忘れていった。 けれど、母だけは諦めなかった。 23年後、白髪になったみさ子の家の前に、差出人不明の黄色い封筒が置かれていた。中に入っていたのは、次女・愛の字で書かれた一通の手紙。 「ごめんなさい、お母さん」 止まっていた時間が動き出した時、古い孤児院、破られたノート、夫が隠した過去、そして死んだはずの息子の手紙が次々とつながっていく。 娘たちは本当に死んだのか。 なぜ、事件は封じられたのか。 23年間沈黙していた家族の真実が、赤いリボンとともに静かにほどけ始める――。ミステリー|真実1.3萬字5 116 -
完結第13話
24年目の手紙
1978年、神戸の坂の町で、12歳の少年・健二が自宅前から忽然と姿を消した。 母・よし子が最後に見たのは、新しく買ってあげた真っ白なスニーカーを履き、嬉しそうに坂道を駆け下りていく息子の後ろ姿だった。 学校にも行かず、家にも戻らなかった健二。近所の証言では、彼は知らない男と笑いながらバスに乗っていたという。警察は「家出」と見なしたが、よし子だけは信じなかった。 息子は必ず帰ってくる。 そう信じて、よし子は24年間、古い家を離れず、毎年6月になると玄関に新しい白いスニーカーを置き続けた。 そして2002年の夏、アメリカから一通の書留が届く。 差出人の名前は――高橋健二。 そこに記されていたのは、24年前のあの日、少年を連れ去った人物の名前と、母が知らなかった残酷な真実だった。ミステリー|真実2.0萬字5 75 -
完結第7話
スイカ畑の12年
1989年夏、長野県のスイカ農村で、佐藤一家5人が収穫期の畑を残したまま忽然と姿を消した。 台所には傷みかけたご飯が残り、子ども用の靴も玄関に揃えられたまま。旅行でも夜逃げでもないように見えたが、家族の行方を示す手がかりはどこにもなかった。 村では、借金、不倫、夜逃げ――さまざまな噂が飛び交う。やがて疑いの目は、佐藤茂夫の古い親友・山本武志へ向けられるが、彼には確かなアリバイがあった。 ただ1人、佐藤ゆき子の弟・伊藤和夫だけは諦めなかった。彼は農園を歩き回り、小さなビニールハウスの床に残る“不自然な柔らかさ”に気づく。 しかし、当時の捜査では何も見つからなかった。 それから12年後。農園の新しい持ち主が古いビニールハウスを解体した時、床下から大人と子どもの骨が次々と発見される。 佐藤一家は、どこにも逃げていなかった。 12年前、あの柔らかい土の下で何が隠され、誰が真実を動かしていたのか。 親友の仮面の裏に潜んでいた素顔が、長い沈黙の果てに暴かれていく。ミステリー|真実1.0萬字5 110 -
完結第23話
40.4℃の真実
40.4℃の高熱で救急搬送された、二十歳の女子大学生。 医師は最初、ただの重い感染症だと思っていた。 しかし、診察のために服を少しめくった、その瞬間――診察室の空気は凍りつく。 彼女の身体には、病気では説明できない痕跡が残されていた。 なぜ誰も気づけなかったのか。 彼女は誰にも助けを求められなかったのか。 そして、彼女が涙を流しながら口にした「脅迫されました」という一言が、事件を思いもよらない方向へ動かしていく。 真実を追う刑事。 娘を守ろうとする両親。 そして、権力と金を持つ一人の男。 ページをめくるたびに新たな疑惑が生まれ、最後まで真相が読めない医療サスペンスです。 あなたなら、この事件の真犯人が誰だと思いますか?人生逆転|真実|裡の顔|真相3.5萬字5 166