"半纏に縫われた遺言" 第8話
私は半纏の裏にそっとのひらを置き、夫が夜な夜な縫ってくれた、あの揃いでデコボコの縫い目の触を、指先で針ずつ静かになぞった。 (この縫い目が、連に切られない限り……私は絶対に負けないよ)
最初の夜は、もすることができなかった。 鉄格子の向こう側で、のたいがヒューヒューと気に唸りをげ、隣のベッドからは、62歳くらいに見える痩せたおばあさんが、晩「お母さん……お母さん……」と、掠れた声で泣き続けていた。 その痛な声が聞こえるたびに、私の胸の奥にも、パキパキとひびが入るような痛みがった。 向かいのベッドのおじいさんは、おむつから漏れたな匂いを部に漂わせながら、ピクリともかずにんだように横たわっていた。 夜の、介護士は見回りに度もやってこなかった。
夜がける頃、午5を回っただった。 廊の突き当たりのナースステーション付から、夜勤の介護士たちが交代しながら交わす話し声が、たいコンクリートの壁を伝って、私のベッドまで微かに聞こえてきた。 「おい、202号に入ったしいクソババア、内がかなりの額の裏を院に積んでいったらしいぞ」 「へえ、じゃあ、余計なしはせずに、なない程度に放っておけばいいな。どうせ、部との面会も切禁止の、ここからられない寄りなしの扱いなんだろ?」
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そのい、残酷な会話のに、この施設のすべてのルールが凝縮されていた。 を払った保護者の言葉だけが絶対の法律であり、ここに閉じ込められた老の叫びなど、誰も聞き入れない見捨てられた所なのだ。 私は毛布ので、両を血がにむほどく握り締めた。 そして、暗ので静かに決を固めた。 (今から、私は彼らの望む通りの、何も分からない『末期の認症患者』になってやるよ)
朝6、施設内に起を告げるなブザーの音がけたたましく鳴り響いた。 井のい蛍灯がパチパチと点灯した瞬、私は自分の両目の瞳の焦点を、完全に消しった。 40、ただひたすらに針の穴の先だけを見つめ続けてきた、あの職の鋭い目を、わざと緩めて濁らせるのは、像以に骨の折れる作業だった。
鏡もない暗い洗面所で顔を洗いながら、洗面器の濁った面に映る自分の顔を注く確認した。 を半分だらしなくき、首をしだけに傾け、まぶたをそうに垂らす。 域の集会所で、目の肥えた気難しい奥様方ので、40笑顔を絶やさずにき抜いてきただ。 を欺くための演技には、絶対の自信があった。
朝のになり、目のにされたえ切ったおかゆをべる、私はわざとご飯粒を何粒もの周りに汚く付けたまま、プラスチックのスプーンを逆さに持って見せた。
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介護士の男が「チッ、汚ねえな」と激しく舌打ちをしながら、私の顎を乱暴に掴み、おかゆをのへと荒に放り込んできた。 その付きは暴力そのものだったが、私はただ、何も分からないれな老のように、へらへらと濁った目で笑ってみせるだけだった。
入所してわずか2目で、私はこの施設の恐ろしい「管理システム」の全貌を完全に把握した。 彼らは、職員の言うことをしく聞く従順な老には、体をかせなくするための眠薬をなく投与し、逆に「に帰してくれ」と反抗したり、声をして助けを求めたりする老には、「定剤」という名目の力な精神薬を過剰に投与し、1のように眠らせて廃にしていたのだ。
現に、廊の突き当たりにある101号のおじいさんが、毎朝「ここからせ! 警察を呼べ!」と叫ぶと、数の介護士が彼の腕を羽交い締めにして掴み、太い注射を無理やりお尻に突き刺していた。 注射を打たれたおじいさんは、昼過ぎまでベッドのでぐったりとしたまま、目を覚ますことはなかった。 その凄惨な景を物から確認してから、私はさらに完璧な「愚か者」を演じ通すことをに誓った。
毎朝の投薬になると、護師の女が、ピンクの錠剤が2つ入ったさなコップを持って、私のベッドへとづいてきた。
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