"隠された十五年の物語" 第2話
先には、記のポラロイド写真がしばらく掲げられていたという。
「お父さん、これはみたいだね」
帰り、静がさくつぶやいた。
桜は真剣な顔で答えた。
「じゃない。これで、あのが買える」
「うん」
の言う「あの」とは、ずっとから目をつけていた物件だ。
町のからしれた隣町の郊にある、築の古い平。
持ち主は暮らしの老婆で、腰がり施設に入所することになり、方にむ子供たちはを継ぐ者がいなかった。
桜は、初めてこのを見に来たの静の表を今でも覚えている。
庭には犀のが本ち、その甘いりを嗅いだ静が、ふっとを止めたのだ。
「お父さん、ここ、いいだよ」
そう話す静の声には、若い頃の瑞々しい響きが瞬だけ戻っていた。
夫婦は産を介さず、直接老婆と交渉をまとめた。
価格は百万円、相よりずっとい。
コツコツ貯めた貯と、パチンコの当選をわせ、ちょうどりる額だった。
現を渡した、老婆はくをげて言った。
「どうか、このを切にしてください」
引っ越しのは、町の祭りの旗がつれた朝だった。
軽トラックにわずかな荷物を積み、桜が運転し、静は助席で呂敷包みを膝に抱えていた。
は古い湯呑みや、昔から切にしていたさな具たちだ。
広告
しいのにを止めると、隣の畑から麦わら子をかぶった老が顔をげた。
「ああ、しく越してきた方か」
「はい、桜です。本からお世話になります」
桜がくお辞儀すると、老も丁寧にをげた。
畑の向こうで、赤いトンボがひらひらとびっていった。
その、夫婦は所のを軒ずつ回り、引っ越しの挨拶をした。
産は静が夜に焼いた素朴な饅だった。
包みを受け取った主婦たちは皆笑顔で、「わざわざすまない、これからもよろしく」と声をかけてくれた。
夜、座敷の球ので、はささやかな夕飯を摂った。
「お父さん、ここで暮らせるんだね」
「ああ、これから、ここで暮らそう」
窓のでは虫の音がチリチリと響き、しい畳の匂いと犀の甘いりが、け放した窓から流れ込んできた。
だが、この穏やかな々はしか続かなかった。
、曜の昼がりのことだ。
隣の畑の老、菅田が様子を見に訪ねてきた。
「ごめんください」
玄関先で声をかけるが、返事はない。
もう度呼びかけても、のはしんと静まり返っている。
玄関の引き戸にをかけると、鍵はいていた。
「桜さん、いらっしゃいますか?」
戸をけて内に歩踏み込むと、玄関のがり框には誰の靴もなかった。
桜が普段履いている黒い革靴も、静の茶のサンダルも、跡形もなく消えている。
広告
妙な胸騒ぎを覚えた菅田は、さらに奥へんだ。
廊の先の座敷に、茶卓がつぽつんと置かれていた。
そのにはつの湯呑みが向かいわせに置かれている。
菅田はわず寄り、湯呑みに指で触れた。
ほんのりと温かく、にはまだ茶がし残っていた。
「桜さん!」
もう度声で呼んだが、返事はない。
奥の部を覗き込み、菅田はわず息を呑んだ。
布団も、装ケースも、何もかもが消え失せている。
押入れをけてもは空っぽ、台所の鍋や器も、つも残っていない。
神棚の跡だけが、きれいに残されていた。
菅田は急いでをびし、自転を漕いで町の駐所へと急いだ。
駐所には、若い巡査の寺が勤務していた。
「寺くん、ちょっと来てくれんか」
「どうしました、菅田さん?」
「桜さん夫婦が、にいないんだ」
「いない、というだけのことですか?」
「いや、そういうんじゃない。説できないが、様子がおかしい」
菅田の真剣な表を見て、寺はすぐに自転をした。
夕方く、でをくまなく調べ回った。
布団も、類も、財布も、預通帳も、活に必なあらゆるものが、きれいに消えていた。
だが、ただ荷物を持ちっただけではない。
は議なほど頓されていた。
座敷の畳には埃つなく、台所のゴミ箱も空っぽ、しい雑巾はきっちり畳まれて流しの縁にかけられていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
十年の悪夢 洞窟から届いた母の遺骨
1987 年元旦、千葉犬吠埼へ初日の出を見に出かけた平凡な 3 人家族。 「すぐ戻る」と残した言葉を最後に、一家は忽然と姿を消した。 当時の警察は借金苦の夫による一家心中と断定、事件は 10 年間闇に埋もれた。 だが千葉大サークルの学生が崖下の洞窟で人骨を発見した瞬間、全ての判断が覆る。 防水ポーチに残された謎の数字手帳、陸地に残された母だけの遺骨、上層部にもみ消された密輸の証拠… 10 年ぶりに鳴った一本の電話が、生き残った少女の声を届ける。 財閥の欲望、鉄パイプの悲劇、隠蔽された殺人現場。 洞窟に眠る骨が語る、あの元旦夜の衝撃真実を今、紐解く。真実|裡の顔|真相|行方不明1.7萬字5 138 -
完結第15話
双子の消えた春
1992 年春、早稲田大学に合格した一卵性の双子が入学式当日、突如姿を消した。荷物だけ下宿に残し、足取りは完全に途絶え、16 年間未解決の謎として町に眠っていた。 駐在所の若い巡査が古い捜査ファイルを発見したことで、隠された家族の秘密が次々と露に。父が長年胸に封じてきた腹違いの長男、喫茶店で双子と密会していた中年男の正体、そして二人を襲った予期せぬ悲劇。 長い年月の霧が晴れた時、両親が語り出した衝撃の真相と、失われた家族が辿り着いた最後の優しい結末をお届けします。裡の顔|真相|遺體発見|行方不明2.3萬字5 41 -
完結第7話
27枚目の真実
1999年、秋の連休で混み合う足柄サービスエリア。 健二の妻・雪は、「お手洗いに行ってくるわ」と言い残し、人混みの中へ消えた。助手席には財布も鞄も残されたまま。防犯カメラにはトイレへ向かう姿だけが映っていたが、その後の行方はぷつりと途絶えていた。 警察は捜索を続けたものの、手がかりは見つからず、やがて雪には借金があったことが判明する。世間は「夫を捨てて逃げた妻」と噂した。 けれど健二だけは、雪が自分から消えたとは信じなかった。 そして26年後。 リニューアル工事中のサービスエリアで、排水管の下から1台の使い捨てカメラが見つかる。そこに残されていた27枚の写真には、雪が最後に見たもの、そして彼女が命をかけて残そうとした証拠が写っていた。 あの日、雪はなぜカメラを持っていたのか。 黒いセダンの男は誰だったのか。 26年間止まっていた時間が、たった1台のカメラによって再び動き出す――。ミステリー|真相1.0萬字5 230 -
完結第6話
甘い部屋の72時間
2022年9月、埼玉県秩父市のアパートで、37歳の女性・渡辺咲が意識不明の状態で発見された。 救急隊員が部屋に入った瞬間、まず感じたのは異様なほど甘い香りだった。消臭剤、芳香剤、アロマキャンドル。部屋中に重ねられた香りの中で、咲はソファーにもたれかかるように倒れていた。 夫の啓介は「今朝、見つけた」と冷静に話した。 しかし、搬送先の病院で告げられたのは、咲の体が数日前から限界に近い状態だった可能性。そして母・えみ子が遺品を調べるうちに、娘が少しずつ外の世界から切り離されていた痕跡が浮かび上がっていく。 なぜ、夫はすぐに助けを呼ばなかったのか。 なぜ、部屋には不自然なほど多くの芳香剤が置かれていたのか。 そして咲が最後に残した「ごめんなさい。怒らないで」という言葉は、誰に向けられたものだったのか。 72時間の沈黙の裏に隠されていた、ひとりの女性の孤立と、届かなかった叫びを描く物語。ミステリー|行方不明9.3千字5 46