"消された天才少女の証明" 第1話
1896、治29のが終わりにづいていた頃、京帝国学理科学数学科の事務に、1通のが届けられた。
差は、学内設備の維持管理を担当する係員だった。頃は講義や演習を巡回し、夜の戸締まりや黒板の確認をうにある物である。封筒も便箋も簡素なものだったが、文面は必以に丁寧で、冒には自分の跡の拙さを詫びる言葉が幾度もねられていた。
しかし、そのに続く内容は、学に関わる者であれば軽々しくけるものではなかった。
係員は、夜巡回の際、数学演習の黒板に残されていた梁力学の未解決問題が、何者かによってき改められていたと記していた。
その問題は、欧州から導入された鋼製吊りの荷分布に関する応用力学の証課題だった。当、学院たちが数週にわたり検討をねていたものの、最終式にはまだ到達できていなかった。
係員は最初、学の誰かが夜に作業したのだとった。だが、巡回記録を確認しても、その帯に学や教員が演習に入った形跡はなかった。
かわりに目撃されていたのは、夜に清掃員として舎に入る女性に連れられていた、1の女だった。
女は黒板のにくち、消えかけた数式を見つめていたという。係員が声をかけると、女は振り返り、怯えた様子もなくこう答えた。
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「式に誤りがあります。直しました」
係員はそので女を叱ることはできなかった。黒板に加えられた式が、いたずらや落きではなかったからである。むしろ、そこには複数段階にわたる独自の推論があり、荷の扱い方そのものが変更されていた。
係員は巡回規則に従い黒板を消さねばならなかった。だが、そのまま消してよいものではないとじた。そこで、内容の正確さに自信はないと断ったうえで、黒板の証を能な限りにき写した。
その面は数名の教員のを経て、応用数学講座を担当する達川正幸の机に置かれた。
達川は当40代半ばで、梁構造の応力計算と連続体力学の研究でられていた。欧州留学経験を持ち、導入されたばかりの代学理論を本の設計へ適用しようとしていた物である。
達川は最初、係員の誤解だと考えた。学院の途計算を見違えた能性もある。だが、添付された証を読みめるうちに、その考えは消えていった。
記録された式変形は、学たちの既の考え方と致していなかった。さらになのは、荷分布を扱う提そのものが従来の解析と異なっていた点だった。
従来の講義では、圧の作用を単方向の力として扱っていた。しかしその記録では、変化を伴う分布力として再定義されていた。
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達川は子からを乗りし、面に目を凝らした。
この点は、講義資料にも欧州文献にも見られない。
翌、達川は学たちの回答稿と照した。だが同の推論経は確認できなかった。記録された証は全体としてしており、計算の誤りも見当たらなかった。最終式は、学たちが到達できなかった形にまで完結していた。
係員の報告に記された女のは、最初なら無関係な逸話として処理されたはずだった。
だが、証内容が偶然や模倣では説できない以、女のを無することはできなくなった。
達川は係員を呼び、詳しく話を聞いた。
係員は緊張した面持ちで、女が清掃員の娘であること、母親の作業に舎へ同伴していたこと、黒板ので数式を見ていたことを話した。
達川は静かにペンを置いた。
「その女に会う必がある」
その声はかったが、はっきりしていた。
達川は清掃員の所属を調べ、女のまいを確認した。
所は京府京浅区の域だった。学に入りする層労働者がく暮らす区域で、狭いには洗濯物がく垂れ、がりのの匂いが残っていた。
数、達川は係員の案内でそのを訪ねた。
戸を叩くと、から痩せた女性が顔をした。彼女は黒田千代、30代半ば。
京帝国学で清掃業務に従事している女性だった。
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