"十一年目の父欄" 第7話
浩は黙って聞いていた。
母の判断が、自分の未来を守ろうとしたものだったことは理解できた。
だが、理解と納得は同じではない。
11、自分は父親だった。
戸籍も、社会にも。
しかし、その事実をらなかった。
らないまま契約を結び、会社を拡し、将来設計を描いてきた。
成功の基盤に、空のがしていた。
優太とひなは、という姓を名乗り、練馬区の学に通い、祖母を保護者として成してきた。
浩が母のためだと考えていた送は、結果に子どもたちの養育費でもあった。
その事実は、浩の胸にくのしかかった。
「どうして、今まで」
声に鳴るような響きはなかった。ただ、乾いた問いだった。
幸子は目を伏せた。
「が経つほど、言えなくなったの」
「11だよ」
「分かっているわ」
「優太とひなは、俺のことをっているのか」
幸子は首を横に振った。
「具体には話していない。あなたが父親だとは、まだ」
浩は息を吐いた。
子どもたちの誕にち会う会。
初めて歩いた。
初めて話した言葉。
入学式。
運会。
学事。
すべてが空だった。
その空は、母の判断だけでなく、自分のによってもまれたものだった。
「母さんを責めれば済む話じゃないな」
浩はく言った。
幸子が顔をげた。
「浩……」
「俺も帰らなかった。3の約束を延ばし続けた。その、母さんが何を抱えているのか確認しなかった」
広告
沈黙が落ちた。
のでは、優太とひなが自で宿題をしている音が微かに聞こえていた。鉛がを滑る音。子がさく軋む音。
その活は、浩のらない11のに積みなっていた。
「これからのことは、俺が考える」
浩は類をに取った。
「ただし、方には決めない。優太とひなの活を壊すことはしない」
幸子の目に涙が滲んだ。
浩は戸籍謄本をもう度見た。
優太。
ひな。
そして父の欄にある自分の名。
それは責めるための文字ではなかった。
引き受けるべき現実だった。
浩は帰国の滞を、なものにしないと決めた。
カリフォルニアの法については、現の取締役に経営権限を移譲する続きをめた。議事録を作成し、代表権の範囲を確にし、への届けもった。
隔で監督できる体制をえれば、会社は維持できる。
自分が常現にいる必はない。
そう判断した。
京では、本法の設登記を完させた。事務所を練馬区の実に置くことを正式に届けた。定款の目には建設請負および関連事業を記載し、将来な拡張も見据えた内容にした。
だが、優先順位は変わっていた。
会社の拡よりも、まず族の基盤をえること。
それが先だった。
浩は優太とひなの通う学を訪れ、担任教師に面会を求めた。
広告
保護者欄の変更続きについて確認し、必類を提した。
戸籍謄本の写し。
民票の写し。
健康保険の資格報。
政続きは淡々とんだ。
父としての責任は、劇な言葉ではなく、類の更から始まった。
健康保険の扶養者報も修正した。世帯主としての登録を確認し、保険証の発続きをめた。これまで祖母の名で管理されていたものを、法関係に沿ってえ直していった。
11の空を度に埋めることはできない。
けれど、制度の備は欠だった。
優太は、浩の仕事についてしずつ質問をするようになった。
「建設って、何をする仕事なんですか」
ある夜、卓で優太がそう尋ねた。
浩は箸を置き、言葉を選んだ。
「建物を作る仕事だよ。でも、ただ作るだけじゃない。全に、決められた品質で、約束した期限までに完成させる。その全部を見る仕事でもある」
「図面も見るんですか」
「見る。図面通りにできているか確認するのも事な仕事だ」
父として語るよりも、1のとして誠実に答える。
浩はその姿勢を選んだ。
ひなは以として距を保っていた。会話は必最限で、何かあると幸子を通して伝えることがかった。けれど、以のように完全に目をそらすことはなくなった。
変化はわずかだった。
それでも確かにしていた。
幸子は退院、勤務を抑えながら活を続けていた。浩は計の詳細を確認し、弁当の収入に依しない形をえた。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
娘の遺した手紙
娘の葬儀を終えたその夜、43歳の佐藤陽子は夫から家を追い出された。 「もうお前を置いておく理由はない」 20年間支えてきた夫から浴びせられた冷たい言葉。さらに夫は、亡くなったばかりの娘の保険金を手に入れようとしていた。 しかし、夫が知らなかったのは、陽子が何も持たない専業主婦ではなかったこと。 祖父から受け継いだ700億円規模の資産、そして夫の裏切りを暴くために動き始めた秘密の調査。 やがて明らかになる、娘の死に隠された真実。 最後まで母を思い続けた娘が残した一通の手紙が、止まっていた家族の時間を動かし始める――。夫婦|親子関係1.8萬字5 282 -
完結第12話
家賃55万の置き土産
夫の家族と13年間暮らしてきたまゆ子は、ある日突然、義母から告げられる。 「里帰り出産で長男夫婦が来るから、あなたは明日までに出ていって」 家族のために尽くしてきたはずだった。血のつながらない息子にも、義母にも、夫にも、ずっと気を遣ってきた。けれど義母にとって、まゆ子はもう“用済み”の存在でしかなかった。 しかも夫は出張と偽り、別の女性と会っている疑いまで浮かび上がる。 翌日、まゆ子は言われた通り家を出ることにした。 ただし、何もかも置いていくつもりはなかった。 月55万円の家賃を払っていたのは誰なのか。リビングを埋める家具家電を買ったのは誰なのか。 まゆ子が引っ越し業者に告げた一言で、義母たちの“幸せな同居計画”は静かに崩れ始める――。兄弟姉妹|親子関係1.8萬字5 447 -
完結第11話
22年目の母席
7歳の時から、美緒を育ててきた高瀬京子。 血のつながりはなくても、熱を出した夜にそばにいたのも、弁当を作ったのも、卒業式や成人式に付き添ったのも、すべて京子だった。美緒もまた、いつしか彼女を「お母さん」と呼ぶようになっていた。 しかし結婚式を前に、22年間ほとんど姿を見せなかった実母・麗子が現れる。 実の母親という分かりやすい肩書。結婚祝いの200万円。そして、相手方の家族が求める“普通の形”。 やがて美緒は、京子に告げる。 「今回は、麗子さんにお願いしたい」 さらに結婚式当日だけは、自分を「京子さん」として扱ってほしいと頼まれた京子。22年間積み重ねてきた日々は、たった一言で母親の席から外されてしまう。 本当の母親とは、産んだ人なのか。それとも、そばに居続けた人なのか。 娘の結婚式を前に、京子が初めて自分の傷と向き合う、静かな家族の物語。因果応報|親子関係1.7萬字5 1784 -
完結第13話
実印を押さない母
3年前、「半年だけ」という約束で始まった息子一家との同居。 夫を亡くし、一人暮らしだった67歳の佐伯佳代子は、息子夫婦と孫たちを自宅に迎え入れた。最初は賑やかで温かな暮らしだったが、いつの間にか食事、洗濯、孫の送迎、生活費の負担まで、すべてが佳代子の“当然の役目”になっていく。 そんなある日、息子が何気ない口調で切り出した。 「母さん、この家さ。そろそろ俺の名義にしない?」 家族だから。どうせ将来は相続するから。リフォームのためだから。 そう説明されながらも、佳代子の胸には小さな違和感が残る。そして偶然見つけた一枚の書類には、名義変更後の家の売却と、佳代子を高齢者住宅へ移す計画が書かれていた。 家族のために黙ってきた母が、初めて自分の人生を選び直す。 名義変更の日、佳代子が判子を押したのは、家を渡す書類ではなかった――。嫁姑|親子関係|金銭問題2.0萬字5 1083 -
完結第11話
母に届かなかった10円
昭和55年、駅前の公衆電話の横に、毎月25日だけ10円玉が一枚置かれるようになった。 落とし物にしては場所が不自然で、誰が置いているのかも分からない。新聞売りの森田は、毎月同じ日に現れるその小さな硬貨を不思議に思い、やがて駅前の子どもたちもそれを「10円の日」と呼ぶようになる。 そんなある冬の朝、森田はついに10円玉を置く女性の姿を見つける。 なぜ彼女は、誰にも知られないように毎月10円玉を置き続けていたのか。 その理由は、何十年も前、たった一枚の10円玉がなかったためにかけられなかった「あの日の電話」に隠されていた――。昭和|親子関係1.6萬字5 403 -
完結第12話
閉店写真館の11通
閉店まで残り90日。 57年続いた高瀬写真館を片づけていた佐知子は、暗室の古い引き出しから、父の字で「未引取」と書かれた11通の封筒を見つける。 中に入っていたのは、1990年代から2000年代初めに現像されたまま、誰にも受け取られなかった写真たちだった。 夏の河原で笑う家族。クリスマスの夜に並ぶ姉妹。小学校の運動会。何気ない日常の一枚一枚には、持ち主たちが忘れたはずの時間と、言えなかった後悔が静かに残されていた。 佐知子は閉店までに、できる限り写真を持ち主へ返そうと決める。 けれど、封筒を開けるたびに戻ってくるのは、他人の記憶だけではなかった。 その中の一枚に写っていたのは、12歳だった自分の娘・真理。 写真に残っていた笑顔の外側で、母と娘の間には、長いあいだ言葉にできなかった寂しさが眠っていた。 受け取られなかった写真は、何を取り戻し、何を変えられないまま残すのか。 閉店する小さな写真館を舞台に、家族、記憶、後悔、そして写真に写らなかった時間を描く物語。親子関係1.7萬字5 170 -
完結第10話
墓前の偽息子
夫の命日、文子は一人息子の誠と並んで墓前に手を合わせていた。 その時、文子の携帯に「誠」から電話がかかってくる。 しかし、本物の誠は今、すぐ隣で父の墓に手を合わせていた。 電話口の男は、息子のふりをして言った。 「母さん、仏間の金庫の暗証番号を教えてくれないか」 相手は、文子の家に金庫があることも、最近暗証番号を変えたことも知っていた。さらに電話の向こうから聞こえてきたのは、誠の妻・和子の声だった。 これはただの詐欺なのか。 それとも、家族の中に裏切り者がいるのか。 亡き夫が残した言葉を胸に、文子は慌てず、静かに確かめることを選ぶ。 そして家へ戻った母子が見たのは、想像もしなかった妻の本性だった――。因果応報|親子関係1.5萬字5 1704 -
完結第12話
不機嫌夫の末路
夫の大地は、気に入らないことがあると黙り込む人だった。 怒鳴るわけでも、手を上げるわけでもない。ただ返事をしない。目を合わせない。家の中を冷たい沈黙で満たし、妻の望美が謝るまで何事もなかったように振る舞う。 望美はそれを、夫婦ならよくあることだと思い込んでいた。 しかしある日、大地の沈黙は4歳の娘・ひなにまで向けられる。父親に無視された娘は、布団の中で小さくつぶやいた。 「パパ、ひなのこと嫌いになっちゃったの?」 その一言で、望美は自分の幼い頃を思い出す。父の機嫌を読み、母が謝る姿を見ながら育ったあの日々。そして今、自分も同じことを娘に繰り返させようとしていることに気づいてしまう。 夫と向き合おうとした望美に、大地は言い放つ。 「そっちの方こそモラハラだろ?」 届かない言葉。変わらない沈黙。けれど、4歳の娘が口にしたある一言が、望美の中で長く続いてきた連鎖を断ち切る決意へと変わっていく。夫婦|親子関係1.7萬字5 849 -
完結第10話
消えなかった500円
昭和42年、町工場で働く佐々木正雄は、給料日のたびに茶色い封筒から500円だけを抜いていた。 家計を預かる妻・春江にとって、その500円は決して小さな額ではなかった。米代、学校の集金、娘の靴、毎日の食卓。10円、20円を切り詰めて暮らす中で、夫が理由も言わずに毎月同じ金額を消していくことが、春江にはどうしても許せなかった。 酒なのか、競馬なのか。それとも、妻には言えない誰かのためなのか。 問い詰めても、正雄はただ「俺の小遣いだ」としか答えない。夫婦の間に小さな疑いを残したまま、500円の謎は長い年月の中へ埋もれていった。 やがて時代は流れ、娘たちは巣立ち、正雄もこの世を去る。 遺品整理の途中、春江は押し入れの奥から一冊の古い大学ノートを見つける。そこに残されていたのは、昭和42年から何年も続く「500円」の記録だった。 夫が最後まで語らなかった、その金の行き先とは。 20年以上たって初めて明かされる、不器用な父の小さな秘密。人生逆転|親子関係1.5萬字5 8469 -
完結第11話
ママ卒業の代償
7歳の孫・ひなが、突然学校へ行けなくなった。 息子夫婦から頼まれ、しばらく預かることになった私は、玄関に立つひなの姿を見て言葉を失う。昔はよく笑い、庭を走り回っていたあの子が、まるで感情をなくしたように無表情になっていたのだ。 声をかけても返事はなく、夜中には眠りながら何度も「ママ、ごめんなさい」と繰り返す。学校で何かあったのだと思っていた私たち夫婦は、ひなを責めず、ただ安心できる場所を作ろうとした。 少しずつ笑顔を取り戻していくひな。そんなある日、一緒にクリスマスケーキを作っていると、彼女は涙を浮かべてこう言った。 「助けて。私を、この家の子供にして」 その一言で、私たちは本当の異変に気づき始める。 ひなが怖がっていたのは、学校ではなかった。そして、母親がネット上で見せていた“理想の母親像”には、誰も知らない大きな嘘が隠されていた。 それから16年後。 パティシエになったひなのもとへ、1本の電話がかかってくる。そこから明かされたのは、あの日すべてを捨てて“ママを卒業した”女の、その後の姿だった。祖父母と孫|親子関係1.7萬字5 730