"十年目の数珠" 第1話
198510、昭60のだった。
野県部のい所にある古い寺に、参籠会の参加者たちが到着した。はすでにの気配を帯びており、夕方になると杉のをたいが抜けていった。寺の根にはく落ち葉が積もり、境内には湿ったの匂いが漂っていた。
その寺は、町かられたにあった。で細いをがり、さらに段を登った先に本堂が建っている。普段からくのが訪れる所ではなかったが、に数回、をえるための参籠会がかれていた。
その、京からやって来たのが田誠、47歳だった。
田は都内でさな印刷所を経営していた。背広のにい着を羽織り、には古い革の鞄を持っていた。顔には疲れが見えたが、寺のをくぐるだけは、しだけ表をらげた。
彼は普段から仏教に関を持っていた。仕事に追われる毎ので、のらぎを求め、この3泊4の参籠会に参加することを決めたのだった。
田と緒に来たのは、義弟の田健、35歳だった。
田は田の印刷所で経理業務を担当していた。田の妻の弟にあたり、親族としても仕事の関係者としてもいだった。2は見すると穏やかに話していたが、最は会社の運営方針をめぐって何度も衝突していた。
田は帳簿を確認するたび、資運用に自然な点があると指摘していた。
広告
田はそれをくっていなかった。会社の状況が厳しいことは分かっていたが、内から責められるように言われることに、苛ちをじていたのである。
田の妻は、2が緒に寺へくことで関係がしでも良くなるのではないかと期待していた。
寺には、すでに先に到着していた参加者もいた。
名古から来た吉田茂、50代半ばの事業である。吉田も印刷業界に関わっており、田とはその初めて会ったが、業界の話をきっかけにすぐ打ち解けた。
本堂の脇の控えで、2は湯呑みをにしながら印刷業界の景気や取引先の話をしていた。最初のうちは笑い声もあった。しかし吉田が数かの取引先問題に触れた瞬、空気が変わった。
「田さんに紹介された取引先が倒産しましてね」
吉田は湯呑みを置き、声をくした。
「こちらは80万円以、損をしたんです」
田は瞬、目を伏せた。
「申し訳ないとはっています。ただ、私も被害者なんです。責任を取ると言われても、今は難しい」
吉田はそれ以言わなかった。
だが、元は固く結ばれていた。
そのにいた田は、2のに流れた穏な空気をはっきり覚えていた。
にも、30代半の女性信者が2、40代半の事業が1参加していた。寺を管理していたのは60代の職と、30代半の若い修僧だった。
広告
若い修僧の名は俊といった。
俊は数、俗世をれてこの寺へ来た物だった。数がなく、参加者たちとも必以に距を詰めなかった。誰かが、俊はかつて事業に失敗し、そのしたらしいという噂をにした。
初の夕方のお勤めを終えた、参加者たちは本堂に集まり、職の法話を聞いた。
そのの法話のテーマは、業と因果だった。
田はとりわけ集していた。膝のに帳を置き、職の言葉をいくつもき留めていた。田が横からその様子を見ると、田の横顔はいつになくかった。
夜、部に戻った田は、田にぽつりと言った。
「今回の会に、しを理したいんだ」
田は布団を敷きながら顔をげた。
「何か配事でもあるんですか」
田はしばらく黙った。
それからさく息を吐き、線を畳に落とした。
「事業が、し難しくてね」
それ以は語らなかった。
実際には、田の印刷所は数かから赤字が続いていた。ローンの返済も滞り始めていた。田は帳簿を通じてその部をっていたが、田本のからはっきり聞くことはなかった。
の夜はく暗くなった。
廊のかりが落とされると、寺全体が静けさに包まれた。くでが々を揺らす音だけが聞こえる。
その静けさので、田は眠れないまま、何度も寝返りを打っていた。
2目の朝、参加者たちは朝のお勤めに参加した。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
消えた水色の妹
2001年、姉の結婚式の日に突然姿を消した24歳の看護師・小百合。 財布も携帯電話も残したまま、非常口へ向かった彼女の最後の姿だけが、防犯カメラに記録されていた。 家族は7年間、必死に彼女を捜し続けた。 そして夫となった男も、誰よりも協力的な家族として小百合を探し続けていた。 しかし、引っ越しを前に開けられたベランダの作業部屋で見つかったのは、誰も予想しなかった7年前の痕跡だった。 壁の中に隠されていた一本の携帯電話と、残されたわずかな言葉。 あの日、結婚式の裏側で何が起きていたのか。 そして、最も信頼されていた人物が隠していた真実とは――。ミステリー|行方不明1.9萬字5 802 -
完結第10話
トウモロコシ畑に消えた母
1999年、長野の静かな村で起きた不可解な事件。 朝のトウモロコシ畑で発見された農家の女性は、周囲から「親孝行な婿」に守られていたはずだった。 しかし、現場に残された小さな痕跡と、15年後に開かれた古い証拠が、誰も疑わなかった男の裏の顔を暴いていく。 家族を支える優しい婿の仮面の裏に隠されていたものとは――。 長い年月を経て、静かな村に埋もれていた真実が、ついに明らかになる。ミステリー|行方不明1.5萬字5 250 -
完結第11話
最後の定期券
30年間、毎朝駅へ向かい続けた父。 定年後、突然姿を消した彼の行き先は、30年前に消えた小さな駅だった。 娘が父の部屋で見つけた一枚の古い切符と、「必ず迎えに行く」という謎の言葉。そこから、父が誰にも話さなかった過去が少しずつ明らかになっていく。 父が30年間守り続けていた約束とは何だったのか。 そして、あの日駅から消えた少女の行方は――。ミステリー|行方不明1.6萬字5 585 -
完結第11話
飛騨の農家に消えた嫁
1995年、岐阜県飛騨地方の山あいにある和牛農家へ嫁いだ27歳のゆき子。 よく働き、誰にも逆らわず、慣れない村で必死に暮らしていた彼女は、ある冬の日、牛舎へ向かったまま姿を消した。片方だけ残された長靴。消えた青いジャンパー。そして、家族が語った「自分から出て行った」という言葉。 警察は深く調べることなく、失踪は家出として処理された。 それから8年。村では何事もなかったように季節が巡り、義父の幻蔵は“誠実な畜産農家”として周囲から慕われ続けていた。 しかし、牛舎裏の堆肥の山から見つかった人骨が、止まっていた時間を動かす。 長年誰も近づけなかった壺のそば。夜ごと繰り返された寝言。真冬の洗車場で執拗に洗われた軽トラック。 誰も探さなかった若妻は、8年間どこにいたのか。 そして、家の体面を守るために義父が隠し続けたものとは――。ミステリー|行方不明1.6萬字5 372 -
完結第11話
6秒の着信
2019年10月、紅葉の雪岳山を訪れた若い恋人、ジフンとアリン。 翌年に結婚を控えた2人は、記念写真を残すために山へ向かった。登山口の防犯カメラには、笑い合いながら歩く幸せそうな姿が映っていた。 しかし午後3時過ぎ、2人は分岐点でなぜか正反対の道へ進む。 そして、そのまま山の中から忽然と姿を消した。 大規模な捜索が行われても、足跡も荷物も見つからない。事故なのか、失踪なのか、それとも誰かが2人を誘い込んだのか。真相が分からないまま、3年の月日が流れていく。 やがて2022年、登山道近くの泥の中から、アリンの携帯電話が発見される。 そこに残されていたのは、最後に撮られた1枚の写真と、わずか6秒間の通話記録。 「そのまま来てください。彼も着きました」 その短すぎる声が、3年間“山で消えた”と思われていた恋人たちの、本当の行き先を暴き始める――。ミステリー|行方不明1.6萬字5 390