"柿の葉の封印" 第1話
2017 、梅入りをにした湿った空気が肌にまとわりつく奈良県桜井のの麓。
そのはまるでの流れから取り残されたかのように、ひっそりと佇んでいた。
裕は錆びついた扉を押しき、が物顔で覆い尽くすのい茂る庭へを踏み入れた。
彼はこの、25 にが忽然と姿を消した母方の親族にあたる蜂の最の片付けに訪れたのだ。
解体業者に引き渡すに、何か残しておくべきものはないかと言いつかったものの、裕の記憶に残るあののいは、幼い頃に何度か見た母・千子の優しい笑顔だけだった。
玄関の引戸に鍵を差し込むと乾いた音をてて錠が回り、へ入った瞬、裕の胸を締め付けたのは単なる古びっぽさだけではなかった。
畳にく染み込んだの匂いと、半世紀のを超えてなおそこに漂う細やかな活の残り。
そして何よりも裕のを圧倒したのは、絶対な静寂だった。
のすぐそばをる国 169 号線のの音さえ、くのように聞こえる。
居のテーブルのには湯呑みがつと箸が置かれたまま、台所のまな板のには切りかけのネギが転がり、噌汁を作るはずだった鍋がコンロに乗せられていた。
すべてが 1992 、平成 4 のあのの朝のまま、が止している。
広告
壁にかけられたカレンダーだけが 25 の 6 を指してあせていた。
当の聞はこの穏な来事を集団失踪事件ときてた。
しかしこのの麓に根を張るたちは、皆様に声を潜めてこう囁いた。
神様に連れてかれたんや、神隠しや。
本最古の神社のつ、神神社が鎮座するこのは、古来よりそのものが御神体とされる神聖な所。
そこにはの理解を超えた力が働くと、々は固く信じていた。
捜査は難を極め、事件性を示す物証は何つ見つからず、やがての失踪は々の記憶の彼方へと追いやられていった。
父・蜂正隆、母・千子、そしての子供たち。
彼らがいたはずの空につ裕は、言いようのない寂寥に襲われた。
忘れられていくことのしさ。
このままが取り壊されれば、彼らがきた証は本当にこの世から消えてしまう。
その切なさが裕をの隅々まで見て回らせる原力となった。
内の理を通り終え、最に残ったのが庭の隅にある物置きだった。
い切って扉をけると、と錆の匂いがむわりとをつく。
農具や古い具が雑然と積まれた暗い空の奥、古い米袋のをどかしたその瞬だった。
壁際にポツンと置かれたつの箱が裕の目にとまったのだ。
広告
のガラクタとはらかに違う。
埃はかぶっているものの、まるで誰かが切に隠したかのように、そこだけが特別な空気を放っていた。
裕は何かに導かれるようにその箱にを伸ばす。
臓が激しく脈打った。
この箱が 25 閉ざされてきた沈黙を破る始まりの鍵になることを、彼はまだるよしもなかった。
物置きのの、息を詰めてその箱を見つめていた。
に取るとずしりとしたみはないものの、いを吸い込んだの密度が伝わってくる。
表面は驚くほど滑らかで、職の仕事による丁寧な作りが見て取れた。
これはそこらにあるガラクタとはらかに違う。
誰かがいいを持ってここに隠したものだ。
裕は埃をで払い、その箱を慎に両で抱え、の届く居へと運んだ。
畳のに座し、改めて箱を目のに置く。
陽が差し込む窓のでは、箱の目がより層はっきりと浮かびがった。
蓋と本体は吸いつくようにぴったりとわさっており、こじけるような粋な真似はできなかった。
そっと蓋の縁に指をかけ、ゆっくりと持ちげる。
の軋む細やかな音をてて、25 の封印が解かれた。
最初にをくすぐったのは、古いと虫除けのために入れられたであろう樟脳のかすかなりだった。
それは裕の幼い頃の記憶をいさせ、瞬だけ郷愁にも似たが胸をよぎる。
箱のにあったのは枚の褪せた写真と、そのに置かれた通の封筒だった。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
消えた水色の妹
2001年、姉の結婚式の日に突然姿を消した24歳の看護師・小百合。 財布も携帯電話も残したまま、非常口へ向かった彼女の最後の姿だけが、防犯カメラに記録されていた。 家族は7年間、必死に彼女を捜し続けた。 そして夫となった男も、誰よりも協力的な家族として小百合を探し続けていた。 しかし、引っ越しを前に開けられたベランダの作業部屋で見つかったのは、誰も予想しなかった7年前の痕跡だった。 壁の中に隠されていた一本の携帯電話と、残されたわずかな言葉。 あの日、結婚式の裏側で何が起きていたのか。 そして、最も信頼されていた人物が隠していた真実とは――。ミステリー|行方不明1.9萬字5 846 -
完結第10話
トウモロコシ畑に消えた母
1999年、長野の静かな村で起きた不可解な事件。 朝のトウモロコシ畑で発見された農家の女性は、周囲から「親孝行な婿」に守られていたはずだった。 しかし、現場に残された小さな痕跡と、15年後に開かれた古い証拠が、誰も疑わなかった男の裏の顔を暴いていく。 家族を支える優しい婿の仮面の裏に隠されていたものとは――。 長い年月を経て、静かな村に埋もれていた真実が、ついに明らかになる。ミステリー|行方不明1.5萬字5 268 -
完結第11話
最後の定期券
30年間、毎朝駅へ向かい続けた父。 定年後、突然姿を消した彼の行き先は、30年前に消えた小さな駅だった。 娘が父の部屋で見つけた一枚の古い切符と、「必ず迎えに行く」という謎の言葉。そこから、父が誰にも話さなかった過去が少しずつ明らかになっていく。 父が30年間守り続けていた約束とは何だったのか。 そして、あの日駅から消えた少女の行方は――。ミステリー|行方不明1.6萬字5 621 -
完結第11話
飛騨の農家に消えた嫁
1995年、岐阜県飛騨地方の山あいにある和牛農家へ嫁いだ27歳のゆき子。 よく働き、誰にも逆らわず、慣れない村で必死に暮らしていた彼女は、ある冬の日、牛舎へ向かったまま姿を消した。片方だけ残された長靴。消えた青いジャンパー。そして、家族が語った「自分から出て行った」という言葉。 警察は深く調べることなく、失踪は家出として処理された。 それから8年。村では何事もなかったように季節が巡り、義父の幻蔵は“誠実な畜産農家”として周囲から慕われ続けていた。 しかし、牛舎裏の堆肥の山から見つかった人骨が、止まっていた時間を動かす。 長年誰も近づけなかった壺のそば。夜ごと繰り返された寝言。真冬の洗車場で執拗に洗われた軽トラック。 誰も探さなかった若妻は、8年間どこにいたのか。 そして、家の体面を守るために義父が隠し続けたものとは――。ミステリー|行方不明1.6萬字5 386 -
完結第11話
6秒の着信
2019年10月、紅葉の雪岳山を訪れた若い恋人、ジフンとアリン。 翌年に結婚を控えた2人は、記念写真を残すために山へ向かった。登山口の防犯カメラには、笑い合いながら歩く幸せそうな姿が映っていた。 しかし午後3時過ぎ、2人は分岐点でなぜか正反対の道へ進む。 そして、そのまま山の中から忽然と姿を消した。 大規模な捜索が行われても、足跡も荷物も見つからない。事故なのか、失踪なのか、それとも誰かが2人を誘い込んだのか。真相が分からないまま、3年の月日が流れていく。 やがて2022年、登山道近くの泥の中から、アリンの携帯電話が発見される。 そこに残されていたのは、最後に撮られた1枚の写真と、わずか6秒間の通話記録。 「そのまま来てください。彼も着きました」 その短すぎる声が、3年間“山で消えた”と思われていた恋人たちの、本当の行き先を暴き始める――。ミステリー|行方不明1.6萬字5 405 -
完結第12話
壁の中の13年
平成3年、埼玉の小さな町で、妊娠8か月の美智子が突然姿を消した。 財布も出産準備の品も家に残されたまま。昼にはスーパーで買い物をし、公衆電話から誰かへ電話をかけ、その後、背の高い男と歩く姿を目撃されたのを最後に、彼女の行方は分からなくなる。 夫の誠、東京にいたはずの兄・茂、そして美智子を追い詰めていた山田家の沈黙。 警察は夫を疑い、町は噂に揺れたが、決定的な証拠は見つからないまま、事件は13年の時に埋もれていく。 しかし平成16年、再開発で古い家が解体された時、寝室の壁の内側から、長年隠されていたものが見つかった。 あの日、美智子は誰に電話をかけたのか。 そして、壁の中に封じられていたのは、彼女の行方だけではなかった――。ミステリー|真相1.8萬字5 760 -
完結第13話
消えた23人の観光団
2025年9月29日、福岡に約2700人の団体観光客が一斉に降り立った。 その日を境に、日本各地で不可解な失踪が相次ぎ始める。タクシー運転手、配達員、宿泊施設の関係者――いずれも夜、一人で行動することの多い男性たちだった。 やがて糸島の海岸で発見された身体の一部が、事件の扉を開く。 捜査を進める刑事・鈴木健二は、失踪した観光客、黒いワゴン車、古い倉庫、医療機器販売会社、そして横浜港へ向かう冷凍コンテナという、ばらばらに見えた点を追い始める。 これは単なる失踪事件ではない。 観光の人波に紛れ、日本の空き倉庫や港を利用して動いていた国際犯罪組織。その裏には、人間を“商品”のように扱う恐ろしい取引が隠されていた。 救える命はまだ残っているのか。 そして、海へ消えた男と「王」と呼ばれる人物の正体とは――。 福岡から始まった小さな違和感は、やがて日本全体を揺るがす闇へとつながっていく。ミステリー|真相2.0萬字5 262 -
完結第12話
床下の小さな指輪
1991年、群馬県山川町の古い油屋で、嫁の佐藤美優が幼い息子を残して姿を消した。 家族は「男と駆け落ちした」と証言し、町にもその噂は広まった。働き者で、息子を誰より大切にしていたはずの美優は、いつしか“子供を捨てた母親”として語られるようになる。 それから6年後。 借金で差し押さえられた油屋の離れを壊した時、床下のセメントの奥から、人骨と小さな金の指輪が見つかった。 美優は本当に家を出たのか。 なぜ姑は、離れを壊すことだけを必死に止めたのか。 そして彼女が最後まで握りしめていた指輪は、誰のためのものだったのか――。ミステリー|真相1.8萬字5 207 -
完結第12話
膨腹の老人ホーム
長野県郊外の老人ホーム「日和の里」で、ある日を境に高齢女性たちの腹部が次々と異常に膨らみ始めた。 82歳の梅香、78歳の静江、85歳の時子。三人は同じフロアで暮らし、夜になるたびに何かを恐れるような表情を見せていた。介護士の佐藤美咲は異変に気づき、医師への連絡を求めるが、主任の神崎さゆりは「ただの便秘」と取り合おうとしない。 やがて美咲は、三人が夜中に小さな包みを飲まされていたことを知る。 家族との面会は制限され、記録は改ざんされ、施設長と主任は何かを隠している。誰も声を上げられない閉ざされた老人ホームで、美咲だけが真実を追い始める。 しかし、彼女が証拠に近づいた時、今度は美咲自身が地下の暗い部屋へ閉じ込められてしまう。 高齢者たちのお腹に、一体何が入れられていたのか。 そして、すべての真相を知った瞬間、あれほど冷酷だった主任・神崎は、その場に崩れ落ちた――。真相|介護1.8萬字5 628 -
完結第11話
11年目のコロッケ
14歳の秋、黒田み咲の母・裕子は「夕飯のおかずを買ってくるね」と言って家を出たまま、二度と戻らなかった。 父は、母が家の金を盗み、近所の男と駆け落ちしたのだと親族に告げた。置き手紙も見つかり、周囲の大人たちは皆それを信じた。残されたみ咲は、“泥棒の娘”として11年間、父と継母、そして親族たちから辱められ続けることになる。 しかしある法要の日、裏山の古い井戸から、母が消えた日に買ったコロッケのレシートと、泥にまみれたカーディガンが見つかる。 母は本当に男と逃げたのか。 なぜ、継母の失くしたはずのイヤリングが井戸の底にあったのか。 そして、11年間沈黙していた“目撃者”が現れた時、黒田家が守り続けてきた嘘は音を立てて崩れ始める。 母に捨てられた娘だと思い込まされてきたみ咲が、封印された真実へたどり着くまでの、愛と復讐の物語。ミステリー|行方不明1.6萬字5 1594